Call 1
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  <SIDE 洋也>

 新月の真夜中。潮が退くその時間、星が長く尾を曳いて、灯りのない夜空に吸い込まれていく。
 主のいない部屋に、コンピューターの機械音が、辺りをうかがうように控えめに鳴り響いた。ピピッ、ピピッ、ピピッとそれは重要なメールを受信した報せだった。
 ほどなくして、ガウンを羽織った長身の影が部屋のドアを開けた。
 スクリーンセーバーを解除し、メーラーを立ち上げる。
 とても、短い電子メール。
 英語で書かれたそのメールは、ある人物の訃報を伝えるものだった。
 精悍な表情を少し曇らせて、洋也は弔電を送った。


**********

 洋也に届いたその短いメールが、やがて巻き起こる騒動の発端になるとは、誰にも予想できなかった。

 物語は、このメールから2ヶ月後、誰もがクリスマス気分に浮かれている、12月22日から始まる……。

**********


  <SIDE 拓也>

 駅前のパーキングに車を置いて、待ち合わせ場所である駅構内のツーリストの前で立ち止まる。腕時計で確かめると、待ち合わせの時間まであと15分もあった。歳末、クリスマスということで、道路が混んでは大変だと、時間に余裕を持たせたのだが、道が予想外にすいていたこともあって、早目に着いてしまった。
 恋人を待たせるよりはいいかと思って、拓也は見るともなしに辺りを見回した。
「クリスマス一色だな……」
 駅前のロータリーには、大きなクリスマスツリーが飾りつけてあった。6時より少し前のこの時間、既に小さな光がツリーから溢れるほどに灯っている。幻想的なその光景に、目を奪われる。
 一緒に眺めるのもいいなと、拓也の唇がわずか、微笑む。
 まだ付き合い始めたばかりの恋人は、とても可愛い。拓也の言葉一つ一つに敏感に反応してくれて、初々しい。それがとても可愛くて、多分……、普段の自分からは想像も出来ないくらい、でれでれになっているのだろう。
 甘やかしたい。どんなわがままも言って欲しい。
 けれど、そんなに可愛い恋人も、実のところ芯は強く、しっかりしていて、一人で何でもこなしてしまう。しかも、マシンのことに関しては、拓也の兄、洋也が驚くほどの知識を持っている。
 だから……、彼のことを甘やかしてくれる人はいなかったのだろう。
 きっと友人達からも尊敬され、敬遠されてきたのかもしれない。
 しかも、同性から見ても、とても綺麗だし……。
 身長は高いけれど、肉付きの薄い身体は華奢で、頭も小さめの八頭身。ダイビングをやるらしいが、肌は白く、切れ長の目に、細く高い鼻。ふっくらとした唇は艶のあるピンク色で。
 けれど拓也が惹かれたのは外見だけではない。彼、京の持つ独特の空気が自分と似ている気がして、目が離せなくなった。
 思いもかけない彼からの告白で、幸運にも手に入れてしまった恋人。
 まだどこか遠慮しあう仲の二人だけれど、これからの長い時間を通して、心を近づけていきたい……。
 はじめて二人で過ごすクリスマス……。そして……。
 ふと、ツーリストの入口の外に設置されているラックに目が止まる。華やかな写真と、色とりどりの文字が踊るパンフレット。
 どこかゆっくり旅行に行くのもいいなと思った。
 遠慮がちな京は、良く聞いてみれば、本当にごく普通の家庭に育てられていた。両親と祖父母の揃った、今時には珍しい三世代同居の家庭だ。自分を強く押し出すことのない、相手を立てるような姿勢は、だからなのだろうと納得した。
 旅行に誘ってもいいだろうか。外泊とかにはある程度放任されているらしいが……。
『なんだー、今年はみんな、デートなのー?』
 4人の息子がそれぞれにデートだと言っても、あっけらかんとしている母親の、自分の家とはずいぶん違っているのだろうと思う。何しろ、『自分の人生でしょう? 好きな相手の性別くらいで悩まないでよ。私たちのほうが先に死ぬのよ? そんな親の言うことを聞いて、自分の人生捨てちゃうの?』と言うような母親である。
 それでも尊敬しているのは、『私たちより先に死ぬのと、自分を大切に出来ない生き方だけは許しませんからね』と、堂々と言い切るところである。
『今年はパパと二人なのかー』
 言葉だけをとってみればとても残念そうに聞こえるが、実際は『いつものことじゃん。俺たちが残ってても、二人で出かけるくせにさ』と末っ子に突っ込まれるくらい、二人は仲が良い。
 去年は一緒に過ごす相手のいない拓也を気の毒そうに見たくらいである。
 僕たちの誕生日だって、わかってんのかな?
 一応ケーキだけは用意してくれたが、味気なかったのはいうまでもない。一番上の所へ押しかけようとする勝也を捕まえて、無理矢理つきあわせた。
 今年は……。勝也も出かけるらしいし、自分も……。
 ふと、物思いから抜け出し、時計を見た。
「……?」
 時間には遅れたことのない京が、既に5分、遅刻していた。
 けれど、何か用事があると言っていた。付き合うよと言ったが、いろいろ回る所があるからと、この場所を指定してきたのは京だった。どこかで予定をオーバーしているのかもしれない……。
 たまには待つのもいいだろう。改札から慌てて飛び出してくる京を見るのも楽しいかも。自分を見つけて、どんな顔をするだろう……。
 拓也は待ち遠しそうに、改札から出て来る人波の中に愛しい人の姿を探していた。


**********


  <SIDE京>

京は足早に次の目的地へと向かっていた。

まだ、薄暮には遠い時間だったが、気持ちが焦りに囚われてゆく。
理由は一つ。
待ち合わせ時間に間に合うかどうか...という事のみ。
週末をゆっくりと過ごせるよう、立て込んでいた用事を午前中から順次片付けていたのだが、1時間以上余裕を持って動いていたにも関わらず、すでにかなり時間が押していたのだ。

「...呼びつけておいて...それから資料を用意するなんて」

うめく様に口の中に悪態を押し込め、一つため息を吐く。
今更言っても仕方の無い事なのだが、先ほどまで居た場所での「仕事」の打合せに時間を取られすぎた。
京が学生という事で甘く見られている事は間違いない。そうでなければ散々待たされた挙げ句、目の前で「学生さんは時間があってイイよネ〜」などという嫌味な台詞を言われなくても済んだのだ。
知人のどうしてもという頼みでなければ誰があんな胸くその悪い会社のプログラムなど...と思うのと同時に、確実に余裕を失って行く恋人との待ち合わせ時間までの容赦の無い時計の針の進み具合を見れば、ため息の一つも出てしまっても仕方の無い事だろう。
残すはあと1個所。
それを終わらせれば恋人との待ち合わせ場所へと向かうことができる。
幸いにも最後の目的地である次の場所には、京にとって厭な気持ちを抱かせる要素は何も無い筈だ。
自分の為にも、どうしても外せない最後の「用事」を済ませる為、京は駆け出した。

**********

こじんまりとした静かな店内。
前もって連絡はしていたが、約束の時間に遅れた事を改めて詫びると店主は「気にするな」と笑ってくれた。
奥の部屋に通され目的のものを見る。

「...奇麗...」

思わず笑みが零れる。
想像通りのものだ。
写真でしか見た事の無かった”それ”を、どうしても手に入れたかった。
クリスマス間に合うように求めた「それ」が、無事目の前にある事を手にとって確認する。
「それ」はひんやりと冷たかったが、不思議なくらいしっとりと手に馴染じんだ。
あとはこれに、ある細工をしてもらい24日に受け取れば良いだけ。
その希望は既に店主に伝えてあり、快諾も得ている。

クリスマスに浮かれ、ましてや自分がこんなロマンチックな事をする日が来るなど京は思っても見なかったが、照れくさい反面幸せも感じていた。
長い間、恋とも気付かず焦がれていた人。
自覚した後も一生叶う事の無い想いと諦めていたのに、思わぬタイミングでその機会に恵まれた。
言わば言い逃げにに近かった告白。
それも彼にしてみればまったっく寝耳に水で、想像も付かなかい出来事だっただろう。
それでも不器用にしか表わせない自分の気持ちを、優しくありのまま受け入れてくれた。
京は自分を世界一幸せな人間だと思う。

小さな塊を手につつみ込み、日に幾度となく呼ぶ愛しい相手の名前を胸の中で唱えてみる。

(拓也さん...)

記憶の中のその人が自分に微笑んでくれたように見えた。

「...」

あまりにも浸りきった行動に気付き思わず赤面してしまう。
それをどう取ったのか、店主が静かに微笑ながら言った。

「大丈夫ですよ。パーツは全て出来ていますから、クリスマスには...24日の朝には間に合います」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

動揺を押し隠し、店主の言葉に心からの礼を述べた。

恋人と呼んでも構わない愛しい人と始めて過ごすクリスマス。それは一体どんな時間になるのだろう。
普段でも彼と一緒に居るだけで満たされてしまう京には、「幸せ」というそれ以上の想像は出来なくなってしまった。

「それでは...よろしくお願いします」

未だ続く動揺と赤面を勤めて冷静に押し隠し、すっかり手に馴染んだ品を名残惜しく感じながら主人に手渡し席を立つ。
本当はこの店での時間を多く取りたかったのだが、あの失礼なクライアントのせいでそうも言っていられない状態だ。
店主に礼を言い店を出ると、外は大分薄暗くなっていて、時計を見れば恋人との約束の時間までほとんど余裕が無い。
焦る気持ちを押さえ、厭な気分を一掃できた先ほどの幸せな時間に感謝しながら、京は再び駆け出した。

(このまま電車に上手く乗れたら、待ち合わせまで...なんとか...間に合うかな?)

早く拓也に逢いたいという気持ちと、待ち合わせギリギリになってしまうかもしれない状況を恋人に伝える為、携帯電話に手をかけたその時、

「Mr.TSUKINO?...月乃サマでいらっしゃいますか?」

馬鹿丁寧なくせに妙なイントネーションの声に急に呼びとめられ、京は思わず振り返ってしまった。

その瞬間見えたもの。

薄暗い道に散った火花。

痛みさえも感じる間もなく一気に闇に沈んだ意識は、自分を抱え込む腕さえも認識する事は出来なかった。

 


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