ひとつのひかり −2−
少年はドアのところに立ち、大きな目を見開き、じっと真っ直ぐにヒデトを見つめてきた。 少し長めの黒髪は柔らかそうで、艶やかで、光の輪を輝かせている。 大きな目は髪と同じ深い黒の瞳。長い手足は細く、彼の年がまだ成長期の途中にあることを教えてくれる。まだ十代、高校生くらいに見える。 綺麗な少年だった。トレーナーとパンツ姿というごく普通の姿なのだが、シンプルな衣服が少年の美しさを際だたさせていた。 アイドルか、モデルか。同じ事務所の新人だろうか、とヒデトは思った。 「お前、誰だ。ここは、どこなんだ」 ヒデトは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて、ドアのところに立ったままの少年を見た。 「俺は……シュウ。ここは、どこかは言えない」 少年はヒデトが訊いたことのみを簡潔に答えた。綺麗な響きの柔らかい声に、先ほど聞こえた歌はこの少年が歌っていたのだとわかる。 「ふざけんなよ。どこなんだよ、ここ」 ヒデトは抜け切らない酒と、頭痛、吐き気も手伝って、不快極まって、シュウと名乗った少年を睨む。 けれど少年は、小さく首を振る。その質問には答えられないということだろう。 「じゃあいいや。車呼べ、タクシー。一人で帰るから」 「それはできない」 きっぱりとした答え。ヒデトは眉間に縦皺を刻む。 「てめえ、いい加減にしろよ。車を呼べ。早くしろ!」 「あなたはここから出られない。俺もこの家から出る方法は知らない」 「何言ってやがる!」 ヒデトはもう二日酔いの気分の悪さも完全に忘れて、ベッドを降りた。 いつの間にかパジャマを着せられていた。白い柔らかいパジャマが似合わなさ過ぎて、二日酔いの自分が余計惨めに見える。 ベッドを降りると、さすがに頭痛も襲ってきたし、足元もふらついたが、それでもなんとかドアへと辿り着く。 少年を押しのけて廊下へ出た。 寝室の真向かいのドアを開けるとリビングだった。簡単なソファーセットが置いてあるが、リビングボードらしきものは見えず、殺風景な部屋がヒデトを迎える。 ドアは開けたままにして、その隣を開ける。 ダイニングキッチンだった。ダイニングテーブルは二人用の小さなもので、テーブルの向こうに対面式のキッチンが覗いて見えた。 そこも開けたままに、ヒデトはよろめく足取りで寝室の隣を開ける。 サニタリースペースがあり、左右のドアはそれぞれにトイレとバスだった。 廊下に出て90度に曲がると、二つのドアが正面と左手に見えた。 正面に見えるのが玄関へのドアだろうと見当をつけて、ヒデトはノブに手をかけた。が、それまでは簡単に開いたドアが、ここだけはノブすら回らなかった。 「オイ、鍵は?」 うしろをついてきていた少年を振り返って、ヒデトは鍵を出せと手を差し出した。 「ない」 無口ではないのだろうが、余計なことは一切喋らない少年は、ここでも答えだけを述べた。 ちっと舌打ちして、ヒデトは両手でノブを掴んで、力任せに回そうとした。が、びくともしない。 「鍵は! オイ! 鍵をかけたのはお前だろう!」 他に人のいる様子はない。ならば、鍵をかけたのは少年以外にいない。ヒデトは乱暴にドアをガチャガチャと揺らす。 「俺じゃない。外からかけられてる」 落ち着いて喋る少年とは反対に、ヒデトは額に汗を滲ませ、焦ってドアを叩く。 少年の言ったように、確かにドアに鍵穴は見つからなかった。外から鍵をかけられたなら、かけた奴がむこうにいるのではないかと、ヒデトはわめきながらドアを叩いた。 「誰もいないよ」 「ふざけんなっ!」 ヒデトは少年を睨んで、もう一つ残っているドアを開けようとした。 が、こちらのドアも開かない。 「なんだよ! これ!」 ヒデトはなりふりかまわず開けようとして、ドアの脇にある数字盤に気がついた。1から0までの数字が3桁ずつ並び、液晶の文字盤がある。 ヒデトは闇雲に数字を押す。8桁の番号を入力するらしいその暗証番号がわからず、何度もエラー音と、エラーの文字が浮き出る。 「ックショウ! オイ、番号は!」 「知らない」 ヒデトはもう少年の答えには期待せず、ドアを蹴って寝室へと戻った。 もうそれだけでハーハーと肩で息をするほど疲れてしまった。それでもヒデトはベッドを乗り越え、窓へと這うように進んだ。 窓枠に縋りつくようにカーテンを開ける。 しかしヒデトは目の前の光景に愕然と目を見張る。 「なっ、なんだよっ、これっ!」 窓の内側に細い格子がはめ込まれていた。腕すら通らない細い隙間に、ヒデトは格子を握りしめて揺さぶった。が、びくともしない。 何故? どうして? 自分がこんな目に? ヒデトは半狂乱に陥り、ふらふらと他の部屋へ進む。 リビング、キッチン、トイレ、バス、すべての部屋の窓が同じように格子が嵌められている。ご丁寧に窓ガラスも防犯用の鉄網の入ったものだった。 「出せ、出してくれよっ。これじゃまるで監獄じゃないかっ!」 ヒデトはパニック状態のまま、ずっとうしろをついてきた少年の胸倉を掴み、必死の形相で叫んだ。 「出してくれーっ!!」 |