ひとつのひかり −16−
歌を完成させた興奮状態のまま、ヒデトはシュウの細い身体を抱きしめた。 甘い息を吸い取るように唇を重ねた。 息を奪い、口中を犯しながら、これが二人のはじめてのキスなんだと、ヒデトは頭の片隅で思っていた。 何度も身体を奪った。力でシュウを支配した。 けれど、愛撫などは一切なく、自分の快楽のためだけだった。だからキスなどしなかった。 唇を重ね、舌を絡め合う。散々貪るようにキスをした。 背中にシュウの手が回るのを感じた。 控えめにシャツを握られて、ヒデトはゆっくりと唇を離した。 シュウのまぶたが開いていく。黒い大きな瞳が、ヒデトを見ていた。 いつも真っ直ぐに、どんな感情も見せず、ヒデトを見続けてくれた瞳。ヒデトを支え続けてくれた視線の元。 その瞳は潤んで、ヒデトの顔を映し出していた。 胸と胸はぴたりとくっつき、互いの鼓動を伝え合っていた。二人のユニゾンのように。 「シュウ……」 名前を呼ぶと、シュウの瞳がきらめいた。 「抱きたい」 細い肩に縋るように顔を埋めた。 奔放に鍵盤の上を駆ける指が、ヒデトの頭に乗せられる。髪を絡め取るように、ヒデトの頭を撫でた。 「今更、断らなくてもいいんじゃない?」 少し笑を含んだような、けれどどこか寂しそうな声の響き。耳元で囁かれたからこそわかる、シュウの感情が伝わってきた。 「大切にする。酷いことはしない」 自分に言い聞かせるようにヒデトは告げた。 「貴方の好きなように、抱いて」 崩れるように床に膝をつき、シュウの頭を抱えるように床に倒れこんだ。 深く口接け、何度も角度を変えて舌を吸った。荒い息をも飲み込むように、顎へ、頬へ、まぶたへとキスを重ねる。 耳をくすぐり、甘くかみながら、シュウの衣服を剥いでいった。 大きく息を繰り返す胸に口づけるのもはじめてだった。いつも……うしろから自分の欲望を叩きつけるだけだったから。 女性のように柔らかなふくらみはなく、薄桃色の飾りがあるだけだ。けれどそれはヒデトをひきつけた。 壊さないように口に含むと、シュウの身体がピクンと跳ねた。 シュウの反応が嬉しくて、もう一方を指で摘んだ。痛くないように、指で挟み、押すように愛撫する。 「……ぁ」 淡い声が響いた。 伸び上がって、シュウの顔を覗き込んだ。 濡れた唇が薄く開き、熱い吐息に紅く染まっている。 頬に手を添えて、唇を吸った。 シュウの両手がヒデトの頭をかき擁き、身体を震わせた。 何もかもを急ぐように、性急に、二人は互いを求め合った。 ヒデトも着ているものをすべて脱いで、肌を重ねた。 二人の身体は熱かった。その熱さに震える。 人の身体の温もりと、熱さ。その違いもシュウが教えてくれた。 シュウにとってはこの行為は辛い思い出でしかないのではと思ったが、その心配は不要だった。その中心は熱く、固くなっていた。 その熱塊に手を伸ばす。 シュウは咄嗟に中心を隠そうと両膝を閉じる。 ヒデトは笑って、その丸い膝頭に音をたててキスをした。 「隠すなよ、シュウを全部見せてくれよ」 両手を膝にかける。ゆっくり左右に開いていく。微かな抵抗があって、ヒデトはシュウを暴いていった。 脚の間に身体を割り込ませ、シュウを手で包み込んだ。 「んっ……」 ゆっくり上下に手を動かす。 「あっ……んん」 吐息に混じった喘ぎは淡く、甘くヒデトの耳に届く。 指で滑らかな肌をなで、小さな窪みにキスをした。 「あぁ……」 シュウの両手がヒデトの髪に差し込まれる。悪戯な指がヒデトの髪を掴む。ピアノを弾くように耳を弾く。 そんなシュウの仕草に、ヒデトはさらに熱を煽られる。 指を捕まえ、甘く齧る。 握り締めたシュウの欲望を、負けまいと強く擦りあげる。 「好きだ……」 唇から頬を舐め、耳に囁きを吹き込む。 先を割るように指で擦ると、小さな悲鳴とともに熱が吐き出された。 「シュウ……」 苦しそうな息の合間に、シュウの唇が何かを囁くように動く。 「何?」 聞き取りやすいように耳を寄せる。 「…………」 それでもシュウの唇は微かに動くだけで、言葉にはならなかった。何かを言いたいわけじゃないのかもしれない。 だからその唇をキスで塞いだ。 シュウの放ったものをうしろに塗りこめる。 濡れた感触が気持ち悪いのか、シュウの眉が寄せられた。 「嫌か?」 手を止めて問うと、シュウは首を振って抱きついてきた。 「痛かったら言って」 ヒデトの言葉に、シュウは小さく笑う。ヒデトも今更だなと思うと、おかしかった。 それだけ酷いことをした。取り消せるわけもないが、せめてその分、快感だけを与えてやりたい。 指を潜り込ませると、シュウは回した腕に力をこめる。 異物を吐き出そうとするのか、指を締め付けてくる。 「力を抜いて……、傷つけたくないんだ」 意識を痛みから逸らそうと、ヒデトは深いキスをする。舌を絡め、唾液を混ぜ合わせる。 シュウの身体を余すところなく、キスで埋め尽くしたいとばかりに、たくさんのキスを贈った。 はぁはぁと漏れる息の合間にキスを重ね、快感のうねりの中で、身体を繋げた。 「んっ! ……っぁ」 シュウは痛みに眉を寄せ、歯を食いしばる。 ヒデトは愁眉を開かせようと、身体の動きを止め、頬から咽、咽から胸と、緩く優しく撫で下ろす。 「力、抜いて……」 きつい締め付けは、ヒデト自身を悦楽へと走らせようとする。奔流を堪え、シュウの身体を愛しそうに何度も撫でた。 短い息を繰り返していたシュウは、やがて食いしばっていた歯を解き、まぶたを開いた。 熱い吐息の向こうから、唇が何かを告げようと動く。 「もう一度言ってくれ」 息ばかりがもれて、それは言葉にならない。 涙が一滴、こめかみから零れ落ちた。 辛いのだろう、苦しいのだろうと思うが、ヒデトも限界だった。零れた涙を吸うと、その熱さと甘さに、繋ぎとめていた自制は焼ききれた。 「……っぅ、……っく」 喘ぎはヒデトの律動と共鳴し、もっとシュウの声を聞きたくて、強く、速く、深く、腰を打ちつけた。 「っあぁ……。……も、……ぁっ」 シュウの踵が床を蹴る。手がヒデトの腕を掴む。 背中が反り、腰が跳ねて、限界を知らせていた。 「あぁ……、シュウ……」 激流に飲み込まれるように、ヒデトはシュウの中へと精を放った。 ぶるりと腰が震える。 「……ぁ」 シュウは強すぎる波に達せないのか、苦しそうに息を詰めている。 牡の部分は先走りに濡れ、張り詰めて震えていた。 ヒデトはシュウの中から抜け出し、その張り詰めたものを口に含んだ。 「……っああっ」 先を舐め、緩く扱くと、それはすぐにヒデトの口内で弾けた。 荒い息の向こうで、ごめんなさいと小さな謝罪が聞こえた。 ヒデトは口の中の熱く苦い液体を、ごくりと飲み込んだ。 シュウの横に寝転び、細い身体を抱き寄せた。 しっとり汗に濡れた身体は、ヒデトの肌に、優しく馴染んだ。 シャワーを一緒に浴びて、一緒にベッドに寝た。 二人がここに閉じ込められて、はじめてのことだった。 言葉少ないシュウにヒデトも、「これから」のことは口にできないでいた。自分自身、先の見通しなど真っ暗なのだから。 だが、ヒデトはまだこの暮らしが続くと思っていた。 終わりなど考えられなかった。 「俺、お前のために立ち直る。それがどんな形になるかわからないけど、そうしたら、お前のこと、教えてくれるか?」 ここから出たときの約束が欲しかった。 今はまだ一人の少年さえ繋ぎ止めることはできないけれど、何も持たない男だけれど、どんなことをしても自立したいと思えるようになっていた。 シュウのために。 「俺、手がかかるよ、とっても。貴方は俺に振り回されるよ」 手がかかるのは自分のほうだと、ヒデトは笑う。シュウに振り回されるのは、それも楽しいと思えた。 「どうしたら本当のお前を手に入れられる?」 そう聞いたヒデトに、シュウは抱きついてきた。その身体を抱きしめる。 「貴方が、もう一度、トップに立てたら……」 ヒデトの胸の中で囁くシュウの声は、微かに濡れていた。 「頑張るよ」 「俺は……それがどんなに辛い要求だと知っている。……それでも、貴方は約束してくれるの?」 「する。お前に……、シュウに俺の名前を呼んでもらえるように」 シュウはますますしがみついてきた。 「約束だよ……」 「あぁ、約束する」 ヒデトはキスをした。唇を重ねるだけの優しいキス。その味にやはりシュウは泣いていたんだなと思った。 涙のわけは聞かなかった。聞いても答えてくれないと思ったから。 ここを出るまでに、まだ残されているその時間の間に、打ち解け合えればいいと考えていた。 シュウを抱きしめ、抱きしめられながら、二人で眠った……。 朝の陽射しが、カーテンの隙間から差し込み、ヒデトのまぶたを焼いた。 「ん……、シュウ」 抱きしめて眠ったはずの細い身体を抱き寄せようとして、腕が空っぽなのに気づいた。 「シュウ、もう起きたのか?」 声を出せば聞こえるはずだった。 いつも呼べばすぐにシュウが顔を出した。 「シュウ!」 だが、少年はやってこなかった。 「シュウ? シュウ!」 胸がざわついた。嫌な感じがする。 ヒデトはベッドから降りて、向かいのリビングを開けた。 「シュウ」 その名前にソファから立ち上がった男を見て、ヒデトは愕然とした。 「ゆっくりなお目覚めだな」 にやりと笑う。その薄い唇。 室内だというのに、サングラスをかけている。 背は高く、スーツを着たその姿は、どこのモデルだと思わせるほどの美男子で。 「お前は……!」 それは間違いなく、ヒデトをあのクラブから連れ出した男だった。 |