Glory −3−



 泉はヒデトにバラエティー番組の出演を受けさせることに成功すると、他にも仕事を入れ始めた。
 それらはどれも、歌とはあまり関係のないものばかりだった。
 雑誌……それも音楽雑誌ではない、ファッション系やギャル系の軽いノリのものだった。
 新曲やCD、コンサートのことを聞かれる事はなく、好きな食べ物、普段着、休日の過ごし方など、ほとんどがプライベートに関することを根掘り葉掘り聞かれる。
 特に恋人関係の質問に対して、適当に誤魔化せば、なんとしてでも食い込んでこようとする。
 途中で何度か大谷がNGを出すが、どうして駄目なんだと逆切れさえするようなマナーの悪さだった。
 しかも泉は、それらの撮影に、大谷しか同伴させなかった。
 ヒデトは大谷のほかに付き人とスタイリストを専属につけていたが、その二人は連れて行かせなかった。写真撮影などの時には有馬にも来てもらうようにしていたのに、それすらも駄目だと言った。
 雑誌社が用意するスタイリストとヘアメイクで十分だと言った。
 経費の節減なのだそうだ。
 そんな仕事が三日も続いて、ヒデトは神経をすり減らしていた。
 そしてシュウに連絡が取れないことも、ヒデトを苛立たせていた。
 毎晩のように電話をかけてみたが、呼び出し音の後に、留守番電話に切り替わるだけだった。
 復帰してから長い間シュウに会えなかったじゃないか。
 あの時も耐えられたんだから、というのは詭弁に過ぎない。
 連絡の手段すらなかったときとは違い、今は語り合おうとすればできるのに、距離と時間に阻まれる。
 しかも嘘をつかれているのかもと疑いが生じれば、もうどれほど我慢をしようと思っても、気持ちを抑えることは辛くなっていた。


 真夜中、ヒデトの電話が鳴った。
 シュウからだというのはメロディーでわかった。
 シュウが打ち込んでくれた、ヒデトの大好きな曲だから。
『ごめん。もう寝てた?』
 しっとりと響く甘い声。
 控えめなのは、真夜中にかけてしまった申し訳なさなのだろう。
「いや、まだ起きてた」
 嬉しいはずなのに、どうしても声が硬くなってしまう。
『何度か電話くれたんだよね。出られなくて、ごめんなさい』
「いいよ、忙しかったんだろう?」
 今までなら思いやりを込めて言えた台詞が、どうしても厭味っぽくなってしまう。
『英人?』
 シュウの声が不安げに揺れる。
『疲れてる?』
「…………なぁ、シュウ。お前、今、どこにいる?」
 ヒデトの声も震えそうだった。そ知らぬふりで、騙されていることはできなかった。
 それに一縷の望みもあった。泉がヒデトを騙しているのでは、と。
『ホテルだよ』
「どこの?」
『どこって……。どうして?』
 聞きたいのはこちらだ。どうして言えないのだと叫びそうになる。
 苦しくて、喉の奥が熱くなる。
 信じさせて欲しい。
 何を心配してるのと笑って欲しい。
「そっちに海棠さん、いるのか?」
『っ…』
 小さく息を呑む音でわかってしまった。
 それをヒデトに知られたくなかったこと。
 ヒデトに隠せると思っていたこと。
『龍兄さんが……どうして? いないよ』
 あくまでも隠しておきたいらしい。
 ばらすのなら今のタイミングしかなかったんじゃないのかとヒデトは思う。
 けれど、隠された。
「いや……、最近、海棠さんを見かけないからさ」
『本社のほうが忙しいんじゃないかな?』
 お前、それを俺の顔を見ても言えるのか?
 問い詰めたくなる。
 けれどもう駄目だ。
 きっと何を聞いても、もう信じられない。
「そうだな……悪い。やっぱり疲れてるみたいだ」
 これ以上喋っていると、自分でも何を言い出すかわからなかった。
 ひどく詰って、責めてしまいそうだ。
『うん……ごめんね』
 何のための謝罪なのだろう。その言葉を素直に聞きたいのに。
「俺もごめんな。今日の雑誌の撮影がさ、嫌なカメラマンと記者でさ。気疲れしちゃったみたいだ」
 軽く笑って誤魔化した。笑い話のようにして、電話を切るタイミングを計っていた。
『雑誌? ……え?』
「疲れたからもう寝るよ。明日も撮影があるから」
『あの……』
 シュウに嘘をつき続けられることが辛かったから、彼の言葉を遮った。
「帰って来る頃にはきっと、雑誌が出てるから楽しみにしててくれよ。んじゃあな。シュウも気をつけろよ。おやすみ」
 一気に喋ると、シュウの答えも聞かずに電話を切った。
 好きだよとも、愛してるよとも言えなかった。
 いつもなら電話を切り辛くて、シュウから切れよと勝手なことを言うのに。
 また電話をするとも約束もしなかった。
 その約束が消えてしまうような気がしたから。
 長くホールドボタンを押してしまったために、電話の電源が落ちてしまった。
 震える指をなんとか引き剥がす。
 身体も心も疲れきっていた。
 瞼は重いのに、気持ちのいい眠りは訪れてくれない。
「こんな時に……飲めれば……な」
 ナイトキャップ程度に飲むなら……と思いかけて、首を振る。
 駄目だ。絶対駄目だ。
 ほんの少しの酒は、すぐに次の酒を身体に要求させる。
 そう注意されていたじゃないか。
 医者にもかかり、カウンセリングにも通って、依存症を乗り越えたつもりだったし、気持ちを落ち着かせる方法も学んだ。
 絶対に飲んでは駄目だ。
 そう思うのに、手が、身体が、震えてきた。
「あ……あぁ……あぁぁぁ!」
 喉から声を絞り出す。
 枕に顔を押し付けて叫んだ。




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