家に帰り着いてから、吉本親子に何を言われたのかを説明していると、洋也の眉間の皺がぐんぐんと深くなっていった。 「そんな話だとわかっていたら、もっと徹底的に言ってやったのに」 秋良としては(十分では?)と思ったのだが、自分まで怒られるのは避けたい。 「入ってきたときにはわかってたみたいに見えたけど」 だから適当に誤魔化すつもりで話を振った。 「僕が聞こえたのは、秋良が教師を辞めると宣言したときからだよ。それだけでも絶対許せないとは思ったけれどね」 言いながら洋也は電話をかけ始めた。 相手はすぐに電話に出たようで、会話の内容から、洋也が顧問契約をしている弁護士だと思われた。 話が大袈裟になっていくと感じたが、自分の撒いた種なので、強く引きとめることもできない。 「きっぱり断ったんだし、もう大丈夫だと思うけど……」 洋也に余計な負担をかけたくなくて、窺うように申し出ると、ジロリと睨まれた。 「そもそも、どうしてついていったの。しかも一人で」 「いや、だって。教育論のことで話をどうとか、洋也には連絡を入れておくから大丈夫だとか、簡単に済ませるって言われて……」 言い訳だとわかっているが、洋也に心配をかけるつもりではなかったことだけはわかって欲しかった。 「これからは気をつけるから」 どれだけ言葉を重ねても、心配をさせたことには変わらず、ごめんと呟いた。 腕が伸びてきて引き寄せられ、とんと顔が洋也の胸に当たる。 「頼むよ、秋良」 うんと頷くと、溜め息が聞こえる。 「それと、僕のために教師を辞めるとか、考えなくていいから。どんなことをされようとも、秋良と秋良の生徒のことは守ってみせるから」 心強く、優しい言葉に、胸が熱くなる。 けれど、守りたいのは秋良だって同じなのだ。 「僕だって洋也を守りたいんだよ。それに、たとえ嘘だとしても、洋也のことを裏切りたくない。だから、あの言葉を後悔してないし、これからもずっと同じだから」 抱きしめられていた手に力がこもる。 「痛いよ、洋也」 強く抱きしめられ、苦しかったが、抗議は甘く掠れた。 翌日には弁護士と相談し、吉本と話し合いを済ませてきてくれた。 その日のうちに報告に来てくれ、来週のうちには今後の接触の禁止、その他の保障についても念書が取り交わされることになると言う。 秋良はもう相手と会わなくても済むといわれ、すべて委ねてしまうことに恐縮しながらも安心できた。 対面当初から上に立った吉本の物の言い方、人を騙して平然とした態度、十和子のずっと他人事のような存在感の薄さ、すべてが理解の範疇外だった。 正直なところ関わらなくていいとわかり、心からほっとしたのも事実だ。 もう心配ないからと洋也に笑顔で言われて、何もかも解決したと思っていた。 サンルームで昼寝をし、愛猫と遊び、美味しい夕食に舌鼓を打ち、ゆったりと入浴して、ベッドで肩を引き寄せられた時には、恥ずかしくもありながら、幸せな気分に浸っていた。 唇を軽く何度も合わせながら、洋也の手が胸に滑り込んでくる。 温かく大きな手に、それだけで身体が熱くなるはずだった。 昨日は慌しさと秋良も疲れているだろうからと、一緒にベッドに入ったものの、おやすみのキスだけをして寝てしまった。その前も洋也の仕事が忙しくて、身体を合わせてはいなかった。 だから数日振りの優しい手を、待ちわびているはずだった。 掌が小さな飾りをゆるりゆるりと回すように撫で擦られ、ざわりと肌が細かな粟を浮かべる。 快感を肌が感じているからではなかった。 秋良は自分でもその感覚に戸惑う。 何故と自分に問う。 愛する洋也の手だ。気持ちいいと、身体よりも心が知っているではないか。 すぐに身体が追いつく。そう自分に言い聞かせ、淡い声を出す。 そのつもりではなくても、それは間違いのない演技だった。 「秋良?」 洋也が問うように秋良を覗き込む。 「ん……」 秋良は目を閉じ、洋也に抱きついた。 続きをしてくれないと困る。間を空けられると、どう反応していいのかわからない。 洋也は頬にキスをしながら、下へと手を這わせた。 いきなり、まだ熱を感じない秋良を掴んだ。 「んっ…」 優しく包まれて、そこに熱が集まっていく…………そう信じていたのに、それは反応を見せず、秋良は焦りを感じていた。 撫でるようにソフトなタッチで上下に擦られる。 秋良は目を固く閉じ、熱くなれ、熱くなれと念じていた。 「……秋良?」 洋也の手が離れ、目尻に浮かんでいた涙を拭われる。 「気分じゃないなら、嫌だって言ってくれていいんだよ?」 そうじゃないんだと秋良は首を振った。 「なんだか……わかんない……。嫌じゃないんだ……」 今の気持ちを必死で伝えようとする。 「でも疲れているんだろう? 無理をしなくていいんだ」 「違う……、そうじゃなくて」 焦る気持ちで何とか説明しようとする。 「今夜はもう寝よう。また明日……秋良を襲うことにするから」 冗談に紛らせて、洋也は穏やかなキスをする。 「…………洋也は?」 その気になっていたのではないだろうか。何とか続けていれば、自分の身体も反応するのではないだろうか。 そう思うのに、洋也は小さく忍び笑って、秋良を懐深く抱き込んだ。 「明日の楽しみにするよ」 堂々と宣言されると、明日一日どういう態度でいればいいのだろうと、そちらのほうが心配になる。 それでも大好きな腕の中に包まれていると、ゆっくりとまぶたが閉じていく。 ことんと意識が眠りに引き込まれる瞬間、意識の中に嫌な声が響いた。 次頁……………… |