Physical






 水分を含んで重くなったセーターを脱いだら、目の前で秋良が身体を固くするのがわかった。
 ここに来たのは、今にも寝室を別にしようと秋良が言い出すのではないかと心配したのと、そんな秋良が心理的に負担を感じているのを、のびのびと過ごすことで軽くしようとしたためで、着いて早速に肉体的な印象を抱かせてしまったことを後悔した。
 肩からバスタオルをかけて、パンツの裾を折り上げて、廊下に滴を垂らさないようにする。
「お風呂に入ってくる」
 微笑みかけて秋良の横を通り過ぎる。
 ずっと秋良の視線が追いかけてくるのを感じながら、身体が熱くなるのを意識していた。
 駄目だと思うのに、理性では十分に理解しているというのに、秋良を抱きたいと思う気持ちは強くなるばかりだ。
 身体の奥で欲望が渦を巻いているように感じられる。
「ちょっと若すぎないか?」
 自嘲気味に呟く。
 恋人を見ただけで欲望を滾らせているようでは、ここに来て、穏やかに過ごすという意味がなくなってしまう。
 ざっとシャワーを浴びて浴槽に入っても、熱は鎮まりそうになかった。
 昂ぶりに手を伸ばしかけて、いやいやと首を振る。
 あまり長く浸かっていると、いつ心配して覗きにくるかわからないし、そもそも秋良が近くにいるというのに、そんなことをしても虚しさが募るばかりだろう。
 中学生なら九九でも唱えるところだろうが、目を閉じると浮かんできたのは、作りかけのプログラムだった。これはいいとばかりに、続きを考えていると、浴室のドアをコンコンと叩かれた。
「洋也?」  控えめな呼びかけに、何?と聞き返した。
「あのさ……一緒に、入っても……いいかな」
 申し出られた内容に困惑する。
 できれば断りたいところだが、これを断ることのほうが秋良には精神的に負担だろうと思い直して、どうぞと返事をした。
 ドアの向こうで秋良が服を脱いでいる。細いシルエットが、信じられない言葉を聞いたと思っていた洋也に、真実味を伝えてくる。
 おさまりかけていた熱が再び集まってくるのに時間はかからなかった。
 仕方なくタオルを浴槽に浸けて、秋良が嫌がる場所を隠した。







 洋也が自分を気遣って身体を隠してくれたことはわかった。
 けれどそのバスタオルに隠れてしまったことで、余計に見たいと思う気持ちが強くなった。
 洋也が浴室に向かうのに、その後ろ姿を追ってしまう。
 目が離せないのだ。
 ドクン、ドクンと鼓動の一つ一つが大きく感じられる。
 視界から完全に洋也が消えても、その裸体が残像のように見えてしまう。
 とても美しかった。
 初めて見るわけではないのに、今更ながらに、その綺麗さにドキドキしてしまう。
 もっと見ていたいと思ったときには、足は浴室に向かっていた。
 どうすればいいのか、わからない……。
 いや、わかっているはずだ。
 身体が熱くなり始め、息をするのにも胸が震える。
 触れたい……。
 心に強く感じたのは、あの腕の中に抱き込まれたいという、紛れもない欲望だった。
 洋也は嫌がるだろうか。散々できないと言って困らせてきたのは自分だ。
 これが反対に、向こうからできないと言われたら、今の自分に引けるだろうかと不安になった。
 でも……。
 止められずに、浴室のドアをノックして名前を呼んでいた。
「何?」
 心臓が速くなったのは、断られる心配だろうか、それともさらに熱が上がったせいだろうか。
「どうぞ」
 一緒に入ってもいいかと聞くと、優しい答えが返ってきた。
 洋也が秋良の頼みを断ったことなど、本当に一度もないような気がする。
 それだけわがままを言い、受け入れられてきた事に、本当に今頃気づいたような気がする。
 ドキドキしながらドアを開くと、洋也が浴槽の半分を空けてくれた。
 シャワーで簡単に汗を流して、開いたスペースに入ると、洋也が後ろからゆったりと抱きしめてくれた。
 そうじゃなくて……、抱きしめて欲しいんだと思ったのだが、言葉にすれば震えてしまいそうで怖い。
 でも、この熱を逃がしてしまえば、きっとまたできなくなるように思った。
 それに、久しぶりに肌と肌を直接合わせて、その熱さに息苦しくさえなっている。
 秋良は思いきって自分で向きを変え、洋也に抱きついていった。
 バシャと水面が揺れる。
「秋良……?」
 強く抱きしめられて、洋也の耳の後ろに鼻先を埋める。
 まだ少しだけ雨の匂いがした。
 背中に回された手で、洋也がまだ戸惑っているのがわかる。
 きっと自分の言葉で言えればいいのだろうが、焦りのほうが強くなって、もどかしく感じる。
 洋也の膝に乗り上げようとして、その熱い塊に膝が触れた。
「洋也……」
 触れたい、感じたい……。抱かれたい……のだと強く思った。
 震える唇で、洋也の唇にキスをする。
 ぐっと腰を引き寄せられて、口接けが深くなる。
 そうするともう、自分の熱も隠せそうになかった。
 そこに洋也の手が伸びてきて、優しく包まれるともう、何も考えられなくなった。
 ザバッと湯面が揺れて浮遊する。
「洋也……」
 抱き上げられていた。見つめてくる洋也の視線も、熱を帯びて秋良を見つめていた。
「ベッドに行こう……。ここじゃ、狭い」
 浴室は広かったが、確かに抱き合うには狭いと感じられた。
 優しくキスをされて、二人の身体から水が流れるのもそのままに、洋也は肩でドアを開けて、浴室へと移動した。
 別荘でよかったと思う。主寝室の隣に浴室があるから。
 それほど早く洋也が欲しかった。
 もう、一分一秒も待てないほどに。
 ベッドに下ろされると同時に、洋也の重みを受け止める。
 口接けは最初から貪るように強かった。





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