Physical






 口内に侵入してくる舌が熱く、絡ませあうだけでのぼせそうになる。
 洋也の手がゆっくりと首筋を撫で、肩をたどり、下へと移動していく。そしてその手の動きをたどるようにキスまでも移っていく。
「あ……、……ん」
 唇からこぼれる吐息は、自分でも驚くほどに熱を感じる。
 右手で腰を撫でられ、左手で胸の小さな飾りを含まれる。
 秋良の両手は洋也の頭を引き寄せるように抱きしめていた。
「……んん、……洋也……」
 今は焦らさないで。
 すぐにも極めたい。
 そんな想いを知っているはずの恋人は、呼ばれた名前に呼応するように伸び上がってきた。
「僕も……余裕が…無い……」
 いつも余裕を感じさせる優しい恋人の掠れた声に、同じ想いでいてくれたのかと喜びがこみ上げてくる。
 唇を甘噛みされ、腰を押し付けられる。熱い塊同士がふれあい、眩暈がしそうだった。
「……ぁあ」
 熱い手が秋良のものと洋也のものを一緒に包み込む。
「や……、……んん」
 苦しいほどの熱さに耐えられそうにない。
「秋良も、触って……」
 普段なら絶対に言わない恋人の要望を聞いて、秋良はきつく閉じていた目蓋を開いた。
 目の前に潤んだ恋人の瞳が、熱を孕んで自分を見ていた。
 そろりと手を伸ばす。
 恥ずかしくはあったが、洋也の身体に触れたいと心が望んでいた。
 洋也の握っていた二人分の欲望。手を沿わせると、掌ごと包むように上から握られた。
「……ぅあ……、……んんっ」
 自分の愛撫に追い上げられる。洋也の熱が移り、自分の欲望との境界がなくなる。
 握り締める手がきつくなったのは自分か洋也か。愛撫の手が速くなったのは自分なのか、洋也なのか。
「……いや……、まだ……、…………もっと」
 果てたくない、続けたいと思うのに、高みはすぐに訪れた。
「……秋良」
 吐息のような声で名前を呼ばれると堪えきれなかった。
「んんっ……!」
 握り締めた手にぎゅっと力がこもる。
 迸る熱に身体が震えた。
 頭の中で弾ける光と、突き抜ける快感。久しぶりに感じる極みに、涙がこぼれた。
 その涙を唇で吸い取られる。
「……お…願い……、続けて……欲し……」
 止まらないで、優しくしないで、求めるままに抱きしめて欲しい。
 優しい恋人に、今だけはむき出しの愛情を見せて欲しいとねだった。
 熱い口接けとともに、身体の奥に手が伸ばされる。
 秋良は再び洋也の熱に手を伸ばし、早く欲しいと愛撫する
 耳朶を噛まれ、首に熱い痛みを感じる。
「……んっ」
 身体の中に潜り込んだ指は、最初は優しく、撫でるように抜き差しされる。
「……っあ」
 もっと欲しいと腰が揺れる。
 指はすぐに増やされ、秋良の愛撫とシンクロするように指の動きも速くなる。
「……ぃ……や、……もう……」
 堪え性のないように、身体が洋也を求めている。早く感じたいと焦れている。
「もっと慣らさないと」
 洋也の声も欲望に掠れているくせにと思う。
「……いい……から……もう……」
 見たことのない秋良の嬌態に、洋也もひどく煽られたようだった。
 いつにない忙しさで指が抜かれ、両足を抱え上げられる。
「あ……ああっ……んんん」
 ぐんと潜り込む熱に首を振る。嫌なのではない、無理なのではない、でも、きつくて苦しい。
「……秋良…」
 全てを埋め込み、洋也は抱えた足の膝の内側にキスをする。
 ピクピクと震える内壁に、快感を全て持っていかれそうになるのを、洋也も首を振って堪えた。
 ゆっくり引き抜き、勢いをつけて押し込む。
「……あっ……んんっ……んんっ」
 秋良の手が洋也を掴もうと伸ばされる。
 指先を口に含み、甘く噛み締め、舐める。
 秋良の目が薄く開き、涙で濡れた瞳で見上げてくる。
「洋也の……ん……身体……、んんっ……きれい……」
 唇から逃れ、秋良の指先が洋也の胸に添えられる。
 逞しい胸板で汗が仄かな光を放っているようだ。
「秋良のほうが綺麗だよ」
「……ああっ!」
 これ以上はというほど欲望を埋め込み、愛しい言葉を紡ぐ唇を塞ぐ。
 このままだと欲望に終わりが見えなくなる。大切な人を傷つけそうで怖い。
「……んっ……ああっ……洋也……」
 けれど、それは秋良も望んでいることのようだった。
「……ん…秋良っ」
「……あぁ……んんっ」
 秋良の中で達するのと同時に、二人の間で秋良もまた達したようだった。
「秋良……」
 息のおさまらぬ中、秋良の頬を撫でる。
 秋良はまたあらたな涙をこぼし、小さく微笑んだ。
「…………よかっ…た……」
 抱き合えて。
 愛しくてたまらなくなり、唇を触れ合わせる。
 啄ばむように何度も口接け、ぎゅっと抱きしめる。
 胸の呼吸の整わぬままに抱きしめ、抱き返されると、繋がったままの欲望がまた熱を持ち始める。
 止めなければと思うのに、理性は少しも働こうとしない。
 深く唇を合わせていると、秋良が腰を押し付けてきた。
 驚いて顔を覗き込むと、頬を赤くして、秋良からまた唇を合わせてきた。
 今度はもっと、ゆっくりと。二人の快感を極限まで高めて、熱を奪い合い、与え合いたい。
 伸び上がるようにして、繋がりを深めると、秋良の喘ぎが溢れ出す。
 この欲望に終わりが見えないような気がして自分が恐ろしくなるとともに、どこまで行き着くのか確かめたくなった。
 それはどうやら、秋良も同じだったようで、洋也の名前を何度も呼びながら、縋りついてきた。









 目が覚めると、日付が変わろうという時刻だった。
 別荘についてからすぐに抱き合い、そのまま快感に溺れるように眠ってしまったらしい。
 秋良はまだ眠ったままで、何か軽食でも作っておこうかとベッドを降りた。
 一階に降りると、ミルクが擦り寄ってきた。よほど寂しかったらしい。
 別荘に着いてすぐ、秋良が餌を用意していたらしく、お腹は空かせていないようだったが、おやつを少し与えると、自分のかごに持ち込んでいった。
 サンドイッチを作ってラップをして、寝室へ持っていくと、秋良が目を覚ました。
「洋也?」
 秋良の声も掠れていた。
「何か食べる? サンドイッチを作ったんだけど」
 ベッドに腰掛けて尋ねると、秋良は首を横に振った。
「……起き上がれない」
 そう言って両手を伸ばす。
 抱き寄せられるように、秋良の隣に潜り込む。
「眠い……」
 言ったかと思うと、すぐに寝息をたて始める。
 隣に洋也がいないことで目が覚めたのだろう。そう思うと、可愛くて仕方なくなる。
 抱きしめると、眠っているはずなのに、胸に擦り寄ってくる。
 まるで禁忌のタガが外れたようだと思えてくる。

 その感想は間違ってなかったようで、翌朝、秋良は起き上がれなかったのだが、洋也がベッドを出ようとすると、自分もついていくと無理をする。
 じゃあと、抱き上げると抵抗しない。
 一階のリビングでソファに座らせると、ミルクを膝に抱きながら、食事の用意をする洋也をじっと見ている。
 それからも、横に座れば肩に頭を預け、洋也が立つとどこに行くのかと目で問う。
 いつになく甘い時間を洋也は堪能した。









 別荘から戻ると、途端に日常が押し寄せてくる。
 そんな中、夏休みの終わりに、新聞の経済欄に小さな記事が載った。
 とある学校法人の人事異動だった。
 ま、秋良がこれを見ることはないだろう……、と洋也は新聞を折りたたむ。
 秋良は一面と社会面、文化面などを読むだけだ。文化面に載ったとしたら、何か理由をつけて新聞を隠そうと思っていたが、そこまでしなくても大丈夫だと胸を撫で下ろす。
「洋也、ミルクの砂の予備、どこかな?」
 リビングに顔を出した秋良を洋也は急に抱きしめる。
 以前なら恥ずかしがって、もう!と怒られた行為も、今の秋良は少し驚きながらも抱き返してくれる。
 同棲以来、初めて訪れたような新婚気分をしばらくは楽しませてもらおうと、洋也は優しく恋人に口接けた。  




                         おわり………………