Cosmos −後編−
鳥羽に誕生日プレゼントを教えたまでは良かったが、洋也の誕生日に何を贈ろうかと考えて、やっぱりそこで行き詰ってしまう。
本人は『一緒にお風呂』でいいと言ったが、それ「だけ」ではあまりにも手抜きだ。いや、手抜き以前に、それではプレゼントにならない。
何がいいかと一人でデパートにも行ってみたが、結局は洋服やネクタイといったありきたりな物を見てしまう。
「別にさー、普通でもいいよな? っていうか、それくらいしか庶民は思いつかないし」
うーんと考え込んで歩いていると、いつの間にかフォーマル売り場まで入り込んでしまっていた。
はっと顔を上げて、慌てて通路まで出ると、そこに立っているマネキンが目についた。
ディスプレイされたフォーマルはさすがに上品な物で、しかも人目を引くためか、豪華ともいえるほどに飾り付けられていた。
……そういえば、洋也もこの前、パーティーに行ってたんだよな。
父親に頼まれて顔を出したパーティー。そこで秋良の誕生日プレゼントとして贈られたプラネタリウムを借りる会社の仕事を受けた。
そんなことを思いながら、マネキンが着ているタキシードの襟元を飾っているブローチに目を奪われる。
キラキラと光るブローチは小ぶりながらも、黒いスーツを引き立てている。
……洋也って、カフスしかつけないよなぁ。
タキシードを着るだけで、溜め息が出るほどカッコ良かった姿を思い出す。本人はタキシードはあまり好きじゃないと言いながら、それであの着こなしをするのだから、同じ男として、羨望と同時に嫉妬を感じてしまう。
……洋也に似合いそうなアクセサリーにしよう。
そう決めて、秋良はデパートを出た。
アクセサリーを買おうと思って、思いつく店は一つだけだった。そもそも他の店を知らないし、他の店を探してもいい所を見つけられる自信はない。
だから洋也に連れて行ってもらったことのある店へと向かった。
二人の時計と指輪を買った宝石店だ。そこで時計のメンテナンスをしているので、秋良も入ったことがあるのだ。
店のショーウインドーを見ながら、少し入りにくいなと躊躇っていると、中から穏やかな笑みを浮かべた紳士がドアを開けてくれた。
「いらっしゃいませ、安藤様」
黒のスーツをピシッと着こなした店長に名前を覚えられていたことに驚きながらも、秋良はそろそろと店内に足を踏み入れた。
「そろそろ時計のメンテナンスの頃ですね」
最初の誕生日に貰った時計は、いつも誕生日の頃にメンテナンスに出すので、今日もそのために来店したのだと思われたらしい。
「いや、あの……。今日は別の事で」
「失礼いたしました。ではこちらにどうぞ」
恭しく案内されたのは、店の奥の応接コーナーだった。
「どのようなものをお探しでしょうか」
「えっと……プレゼントなんですが、タキシードの衿とかの飾りになるアクセサリーで」
そこで言葉に詰まった秋良は、恥ずかしいなと思いながらも、予算を口にした。自分ではボーナスも出たことだしと、思いきったつもりだが、店の雰囲気を考えれば、その程度の値段で買えるわけがないと思い始めていた。既に後悔もしていた。
「それくらいの値段で買えるもの、ありますか?」
笑われて帰れと言われたらどうしようと思っていると、店長は優しく微笑んで立ち上がった。
「少々お待ち下さいませ」
今からでも逃げ出しい気持ちでそわそわと座って待っていると、爽やかな香りのハーブティーが運ばれてきた。
温かな湯気をたてているが、緊張してしまって飲めそうにもなかった。
「お待たせいたしました」
たいして待ってもいないが、店長は丁重に詫びて、秋良の前にビロードのトレーを差し出した。そこにはいくつかのピンブローチが並んでいた。
「タキシードのカラークリップという事で、いくつかのタイプを勝手に選ばせて頂きました。ピンタイプのものと、クリップタイプのものが今は主流のようでございます。パーティーに着て行かれるのでしたら、やはり光る石の方が良いかと思いまして、こちらの石を持って参りましたが、ご希望のものがございましたら、他にも持ってこさせていただきます」
そんなに種類があるとは思わなかった秋良だが、既に目は一つのブローチに惹きつけられていた。
それはトレーの真ん中でひときわ美しい輝きを放っていた。
宝石には詳しくない秋良だが、それがダイヤモンドであるだろうということはわかった。そのダイヤは星型の台座にはめられていて、流れ星のように一粒だけがインビジブルループで吊り下げられて、衿につければ揺れて煌めくだろうと思われた。
それを見てしまえば、他のものが欲しいとは思えなくなった。
これはそう、洋也に貰った星空から、零れ落ちた一粒の星だと思えた。
黙ったままその星を手に取る。
店長もそれを選んでもらえる自信があったのか、秋良が手に取ると満足したように頷いた。
「三池様でしたら、さぞかしお似合いになるかと存じます」
贈る相手が洋也だというのはバレバレだったようだ。けれどそんな指摘をされたことも、ダイヤに心を奪われていた秋良は、赤面ものの台詞もうっかり聞き逃してしまった。
「これ、本当に僕の予算で買えるんでしょうか」
これしか欲しくないと思いながらも、そちらのほうが心配になる。多少オーバーしようとも、もうこれを買うつもりではあったが。
「小さなダイヤを使っておりますので、合計カラットよりはお値段が手頃になっております。いつもご贔屓にしていただいておりますので、少しお勉強させていただく分も含めまして、ちょうどご予算でお買い求めいただけます」
「これにします!」
他の品物はどうでもよかった。その星が欲しかった。
「プレゼント用に包んでまいりますので、もう少しお待ち下さいませ」
丁重に腰を折って、店長はブローチを持って奥へ消える。
秋良の心は、早く洋也に渡したいと逸っていた。
綺麗にラッピングしてもらった箱を小さな袋に入れてもらい、ウキウキとした足取りで店を出た。
洋也の誕生日まであと数日、どこに隠しておこうかとか、渡したら喜んでもらえるだろうかと考えながら家に向かって歩いていると、うしろから呼び止める声がした。
「安藤せんせーい!」
秋良が驚いて振り返ると、円谷が制服姿のままニコニコと自転車で駆け寄ってくる。
「今お帰りですか?」
「はい。円谷さんはパトロールですか?」
「そうです。あ、先生、近くまでお送りしますよ。前におうちはこの辺だって仰ってましたよね」
「でも、パトロールが……」
「大丈夫です。ちょうどこの辺を回る予定だったんです」
そこまで言われると断る事もできずに並んで歩き始めた。後から呼び止められたのなら、確かに歩く方向は同じである。
「お買い物に行かれていたんですか?」
自転車を押して歩きながら、円谷は秋良の持っている紙袋に目を止めた。
「え、ええ、まぁ、ちょっと」
そっと反対の手に持ち替える。あまり人の目に晒したくないと思ってしまうのは、これが洋也のものだという所有欲のような気がして、少し恥ずかしいからだ。
「もしかして、恋人へのプレゼントとかですか?」
「ええっ!?」
紙袋の口からちらりとリボンが覗いて見えたらしい。
「見えちゃうかなー」
秋良は慌てて袋の口を閉じて、上着の中へ隠すように持った。
その様子を見て、円谷の表情からにこやかな笑みが消えていく。
「家へ……帰られるんですよね?」
「え? そうですけど?」
それがどうしたのだろうかと、秋良は不思議そうに頷く。
円谷が思わず立ち止まったところに、うしろからクラクションが響いた。
住宅街の真ん中で、道の端を歩いているのにどうしてと、円谷は注意するつもりで振り返った。
「洋也!」
銀色のアウディーが左に寄ってハザードを点滅させていた。秋良が嬉しそうな顔で運転席を覗き込む。
「出かけてたんだ?」
「あぁ、買い物に。乗っていく?」
運転席から顔を出した男性と、秋良は親しげに話している。
「もう家はそこなのに? 歩くよ」
秋良が楽しそうに笑ったところで、車の男は円谷を見た。
思わず竦みそうになる鋭い視線に、円谷はごくりと唾を飲んだ。
男から感じる威圧感に、思わず後退りそうになる。
「ほら、いつも話してるだろ。校区の見回りをしてくれているおまわりさん。円谷さん」
いつも話してる……と言われて、喜ぶべきところなのに、何故か二人と自分の間に、一本の線を引かれたような気がした。
「お世話になります」
秋良と話すときとは別人のような冷たく鋭い声に、足が震えそうになる。
「こ、こちらこそ」
そういうのか精一杯だった。
「車を入れておいでよ。その間に家に着いちゃう」
「わかった」
軽く会釈をして、ウインカーを出すと、アウディーはすっと走り出した。またすぐにウインカーを出して、二軒向こうの家のガレージに入っていく。
「じゃあ、ここなので。送って下さってありがとうございました」
ガレージから出てきた男が玄関で秋良を待っていた。
「また見回りにきて下さいね」
屈託なく秋良は家へ入っていく。
玄関の前で円谷に会釈をして、二人で家へ入る。
安藤・三池と並んだ表札を見て、なんだかなーと溜め息をつく。
友人が遊びに来ただけ。そう思えなくもない。いや、誰が見ても、そういう場面だった。
けれど、違うのだ。
そう、あの自分に向けられた冷たい視線と、彼を見る安心したもう一つの瞳。
そういう目で見て欲しくて頑張っていたからこそわかった。もうその視線を向けられる男がいるという事実。
「そりゃ、恋人がいるとは思ってたけどさ」
ぽつりと呟いて、自転車にまたがった。
失恋決定でも、またあの笑顔を見たくて学校へとパトロールをしてしまう自分を予想して、円谷は自虐的に笑った。
秋良が上着の中に隠そうとしている袋には気づかぬ振りをして、玄関に入ったところで愛する人を抱き寄せる。
「もうー、こんなところで」
軽く睨まれるが、それも楽しく甘い駆け引きの一つ。
「そういう秋良こそ、どこにでもフェロモンを撒き散らさないようにね」
「フェロモン?」
秋良はクスクスと笑う。
「そんなもの、僕にあるわけないじゃない」
そういうことにしておこう。
ペットショップの店員も、派出署勤務の警官も、パン屋の店長も、コンビニのアルバイトも、必要以上に秋良に愛想よく振る舞う。
彼らが秋良の口にかかればみんな、「とっても仕事熱心で優しい店員さん(おまわりさん)」になるのだから、みんなは一種の魔力に囚われたと言ってもいいだろう。
その笑顔一つで、下僕のようにサービスする。なのにされている本人は、自分が特別だとは思わずに、一様にいい人で済まされているのだ。
ちなみに秋良と一緒に顔を出す洋也のことを知っても、彼らは奉仕をやめられずにいるのだから悲しい。
「もっとも、その筆頭は僕だけれどね」
最初に囚われた自分。いや、弟達生徒だっただろうか。
「何?」
抱きしめた腕の中で、聞きそびれた秋良が不満の声をあげる。
「愛してるよ」
それ以外の言葉は今は言いたくない。
秋良の手にあるプレゼントをもらえる権利だけは、誰にも渡さないと強い決意を込めて、愛する人に口接けた。
洋也の欲しかった誕生日プレゼントが隠しページであります。
Cosmosのどこかを探して下さい。
隠しページは18禁です。見つけたとしても18歳未満の方は読まないようにしてくださいね。
……おわり