ブランケット




 冷たい土の上で、ずっと待っていた。
 誰かが温かい手を差し伸べてくれるのを。
 時折、近くのドアがカラランという音をたてて開き、温かい風と一緒に、『可哀想』という声が聞こえる。
 けれど、その声はすぐに消えていく。
 何日も、何日も、そんなことばかりだった。
 すっかり諦めていた。
 そのままこの冷たい土に戻っていくと思っていた。
 目も見えなくなって、声も出なくなって。
 とても寒くて、冷たくて。
 そのまま闇に溶けていけると思っていた。

 とろとろと……、
 静かな眠りが訪れようとしていた。
 カウベルが優しく鳴る。
 遠くに聞こえるその音も、もう耳にするのは最期だと思った。
「何か聞こえない?」
 天使の声だと思った。天使が迎えに来てくれた。やっと楽になれる。
『ここだよ』
 そう告げるつもりで、最後の声を振り絞った。
 がさがさという木を掻き分ける音のあと、抱き上げられる。
 天使は、柔らかで、温かくて、いい匂いをしていた。
 同じ匂いのする布に包まれて、温かいミルクをもらって、僕はその家に迎えられた。
 ミルク、という名前までもらって。



 僕の名前はミルク。
 僕の飼い主は二人いる。
 大きい人と、小さい人。
 大きい人は僕がこの家に来てから、ずっと世話をしてくれた。
 小さい人が大きい人を、僕の『ママ』って呼んでる。
 だから、この人は、ママ。
 もう一人の人は、天使。とてもいい匂いで、優しくて、柔らかくて、大好きな人。
 天使の匂いのするものは全部好き。
 特に僕を最初に包んでくれたあの毛布(?)は、離したくない。
 けれど、あれはたまにしか見つけられない。
 それに、やっと見つけて、僕の籠に持っていっても、すぐにママに見つかって取られてしまう。
 ママはいつも言う。
『秋良の物を取っちゃダメだ』
 僕は『はい』と返事をする。
『返事はいいんだよな』
 ママは笑って、僕を撫でる。
 ママが撫でてくれるのはとても気持ちがいい。
『秋良もこんなふうに撫でさせてくれればなあ』
 ママは天使を撫でたいみたい。
『ミルク、これあげるよ』
 天使がある日、僕にあの毛布をくれた。
『いいのか?』
 ママが聞いている。
『だって、ライナスの毛布なんじゃないの? 最初にこれで包んできちゃったから、ないとミルクは不安なんだよ。新しい体操服買ってくるから』
 毛布は僕の物になった。

 ママと天使、
 もう僕にもわかる、二人はヒロヤとアキラという名前だ。
 二人はとても仲がいい。
 僕をとても可愛がってくれる。
 競争するように抱いてくれる。
 僕はどちらに抱かれるのも好き。
 ヒロヤの手は大きくて安心できるし、アキラの手はやっぱりいい匂いがしてうっとりする。
 二人とも大好き。
 二人はよく、唇を合わせる挨拶をしている。
 僕にもしてくれる。
 僕はヒロヤのもアキラのも、唇を舐める。
 僕には家族が出来た。
 あの、寂しい、寒い夜はもう来ない。

 二人は一緒に寝ている。
 僕も一緒に寝る。
 二人の間に入ったり、壁際にくっついたりして眠る。
 でも、時折、ヒロヤが寝室のドアを開けて僕に自分のケージへ行けって言う。
 そんな日は天使の匂いのする毛布に包まって眠る。

 今夜も追い出されてしまった。昨日も追い出されたのに。
『えっ、今日も……?』
 アキラがびっくりしていた。
 ドアが閉まって、ヒロヤがなんて言ったのかはわからない。
 僕は階段を降りて、自分の籠に入った。
 天使の毛布に包まって目を閉じる。
 ふわふわと、優しい眠りが僕を包んでくれた。




寝室へ……


注意;寝室は、性的描写を含みます。
苦手な方はここからお戻り下さいませ。
ここから先の苦情はお受けできません。