その廿壱 武蔵国の歌(東歌 相聞)

 多摩川に  晒す手作り さらさらに 何ぞこの子の ここだかなしき
巻第十四 3373 詠み人知らず
現在語訳

多摩川でさらさらと流れる水に晒す布、晒していた娘と別れて久しい。なぜ別れたあの娘の事を、こんなにも懐かしく思うのだろうか

手作り=布のこと。染めた布を川に晒すこと
かなしき=今のかなしいではなく、懐かしく思っても簡単に逢えないことをもどかしく思う情感のこと

解説
 いわゆる「東歌」である。尾張以東の国々のことを上代では東国といった。武蔵国の歌という事なので、昔から歌われている民謡のようである。多分、布を晒すとき、冷たい水で凍えそうになるし、リズムをとるために歌われたのではないかと思われる。そういう名もなき作者の歌も、収集して取り上げる、万葉集の撰者に人間的な感性を感じる。
 なお、昔は関東地方の多摩川や神田川などの「川」を、今のように「がわ」と濁音ではなく「かわ」と清音で読んだという。そこでそのようにルビをつけさせて頂いた。

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