その拾六 羨望の歌

風をだに 恋ふるは羨し 風をだに 来むとし待たば 何か嘆かむ
巻第四 489 鏡王女
現在語訳

 風だけでも、恋しいと思うあなたがうらやましい。例え風の音だけでも、恋しい人が来ると思うなら、何をお嘆きでしょう。

解説
鏡王女は、天智天皇の妃の一人であったが、後に藤原鎌足の正妻となった女性である。この歌は、鏡王の娘の額田王に送った歌である。「鏡」だから、おそらく姉妹か乳姉妹だろう。当時は乳母の夫の名か出身地が通称になるからだ。つまり、中大兄皇子の通称は葛城皇子。葛城氏出身の乳母の皇子と言う意味だ。当時、乳兄弟の方が実の兄弟より親密で仲が良い時代である。
 おそらく二人は、同じ夫としても、仲が良かったに違いない。多分、時期的に言うと鎌足の正妻になったが、肝心の夫が、同じ天皇の采女を下賜されたりして、訪れが遠ざかっていた頃だろう。その采女との子が不比等であるらしい。(天皇のご落胤説もある)
 鏡王女は、運命のまま、激しい恋にあこがれつつもしないまま、流れに添っていくタイプの女性だったのだろう。一方、妹分の額田は、女流歌人として、また、恋多き女として名高い。額田より年上で、大人しいタイプ。それにもう若くはなかったのだろう。額田のように、自由で奔放な生き方をしたかったが、出来なかった。諦めているが、諦めきれない。今の私の心境に合った歌なので、つい取り上げてしまった。

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