Gran Emocion! セバスティアン・カステージャは闘牛場を墓場にしようとしていた。

2004年6月2日マドリード、ラス・ベンタス(第1級)闘牛場の結果。

 快晴のマドリード、ラス・ベンタス闘牛場。牛、サムエル・フロレス牧場。闘牛士、マヌエル・カバジェーロ、フェルナンド・ロブレニョ、セバスティアン・カステージャ。ノー・アイ・ビジェテ。ソルのテンディド5アルトにてTさんとYさんと一緒に観戦す。

 今日の闘牛は感動した。闘牛場を墓場にしようとした、セバスティアン・カステージャはラス・ベンタス闘牛場の観客に強烈なインパクトを与えた。こういう理屈ではない、戦慄するほどの感動は、どうしようなく観ている観客の心と体を揺さぶり続ける。闘牛士が受ける褒美は耳だが、耳がどうのとか、そういう物と関係ない男の生き様を今日は見せ付けられた。異常な緊張で肩のこる闘牛だったが、非常に見応えがあった。こういう闘牛もあるのだ。

 マヌエル・カバジェーロは、牛が悪く何も出来なかった。退場の時に口笛と罵声を浴びた。今日はこれ以上書かなくても良いだろう。4頭目の牛のバンデリージャの3回目にビセンテ・エステラがコヒーダされた。怪我の状態は判らない。

 フェルナンド・ロブレニョは、セビージャでは全然良くなかった。去年のようなハイテンションの牛の前に体を張った闘牛が影を潜め、やる気すら感じさせないものだったが今日は良かった。ビックリした。2頭目の牛の角は上を向いて先が尖っていた。この角は怖い。これだけでビビリそうな角だ。牛の体型角の形などを観た観客は拍手を送った。確かに美しい牛ではあるが・・・。ベロニカを繋ぐと首を振って変な動きをする牛だった。ピカは左肩後ろに2回入った。セバスティアン・カステージャのキーテは近くから牛呼んで体の近くを通すチクエリナ3回でラルガ。拍手が沸いた。

 デレチャソから始めたが、観客がザワザワしていた。その理由は直ぐに解った。右角がブスカンドしていた。フェルナンドはそれでもデレチャソを続けた。これは危ないと思った。クルサードしてパセをするが角が体に向かってくる。先の尖った角が体をかすめるように通っていく。観客は恐怖した。あんな角の牛で、しかもブスカンドしているのに。闘牛場は緊張に包まれた。去年コヒーダされても牛に向かっていったフェルナンド。あの時の気迫が今日はあった。

 どうしても体の方に来る角だったので、ナトゥラルに変えた。クルサードしてパセをすると手に低い長いパセが2回繋がって、「オーレ」がなった。左角の方はパセが長いしブスカンドしない。クルサードしてナトゥラルを2回通したらパセの後、牛が逃げていった。非常にやりにくい牛だ。牛と向き合ってクルサードしてナトゥラルを繋ぎパセ・デ・ペチョ2回。拍手が沸く。それからまたデレチャソで角2本分クルサードしてパセを繋ごうとしたが牛が動かなくなった。剣を代えると、アビソが鳴った。剣はスエルテ・コントラリアでメディアで入った。デスカベジョ2回。喝采が鳴り、挨拶をした。5頭目は省略する。

 セバスティアン・カステージャ。彼はソルテオではついていなかった。悪い牛を引いたからだ。3頭目の牛は良く膝を着く牛で、こんな牛を代えないと思っていた。マンソでインバリドだった。それでも彼はやる気だった。牛は観客に捧げられた。アレナ中央で牛を呼んだ。牛は走りだしたが、7mくらい前で膝を着いてそれから立ってまた走りだした。始めのパセをデレチャソで背中を通した。パセの後、また牛は膝を着いた。直ぐにナトゥラルに切り替えてパセを繋いだ。ムレタをはらわれる。パセ・デ・ペチョ。離れデレチャソ。牛に力がないのでゆっくりしたパセなる。クルサードし直してパセをするとまた膝を着いた。口笛が鳴り、3拍子の手拍子が鳴った。牛が悪すぎる。ナトゥラルを繋ぎパセ・デ・ペチョで剣を代えた。剣はスエルテ・コントラリアで、良いところに決まった。

 最後の6頭目の牛も悪い牛だった。ブルラデロには行かない牛。ベロニカを繋ぐと右角が長かったが、パセの時に首を振るし、パセの後、膝を着いた。ピカは真ん中前に入った。馬が怪我をして退場した。カポーテを振ると牛がまた膝を着いた。もう1度ピカが入った。とても良いファエナを出来る牛には見えなかった。ファエナの始めのデレチャソで牛は膝を着いた。続けると角がムレタを何度もはらった。クルサードしてデレチャソをするが牛が動かない。パセ・デ・ペチョ。この辺で見切りを付けて立ち上がって帰路につく観客がいた。だが、その観客はこれから行われた感動的な場面を観ずに帰ることになった。闘牛は最後まで観なければ何が起こるか解らない。

 セバスティアン・カステージャは動かない牛を何とか動かそうと、クルサードして牛の1m前に立った。隣のYさんが、「そんなところに立ったらやられるよ」と言った。パセを1回通し、またクルサードして牛の1m前に立った。牛が急に動きコヒーダされた。跳ね上げられアレナに落ちた。カジェホンで観ていた闘牛士やバンデリジェーロたちが走って助けに入った。しかし、牛は落下したセバスティアン・カステージャに角を向けて振っていた。カポーテが何枚も出される。でも、セバスティアン・カステージャの上を覆って助けることが出来ない。スーツにネクタイ姿の男が怒って怒鳴り声を上げている。前のアポデラードのカンプサーノだ。フランスからセバスティアン・カステージャを連れてきて、仕込んだ元闘牛士だ。

 牛の角は容赦なくセバスティアン・カステージャを襲った。彼の体がまた宙に浮く。それからようやくのことカンプサーノが助け起こした。カンプサーノは去年の末か、今年の始めに、セバスティアン・カステージャがコヒーダされて大怪我をしたとき助けに行って自分も大怪我をした。それくらい期待して可愛がっている闘牛士がセバスティアン・カステージャなのだ。おそらく自分がアポデラードをやっているとコントラート(出場依頼)が少ないからと言うことで、今は、モレニート・デ・マラカイ、セサル・リンコン、アントニオ・フェレーラがサン・イシドロでプエルタ・グランデしたときのアポデラードのルイス・アルバレスに頼んでいるだけだと思う。

 立ち上がると直ぐにまた牛に向かっていった。左のふくらはぎが真っ赤に血に染まっていた。自分の血なのか、牛の血が着いたのかは解らなかった。そして、また牛の目の前に立ってクルサードした。もう止めるように観客から口笛が吹かれた。だが、それを止めようとはしなかった。クルサードを繰り返し、動かない牛を何とか動かそうとしていた。パセ・デ・ペチョの後、一旦離れ、また牛の目の前に立ってクルサードを繰り返した。隣のYさんは、「止めてお願い!もういい!もういいから!ダメ、ダメ、ダメ!」と言って振っていた手で顔を覆っていた。もう怖くて観ていられない。そう思った観客が多かった。でも、闘牛士がやりたがっているんだから、やればいいと、僕は思った。クルサードを続ける闘牛士。1つ間違えば墓場に行くだろう。それでも何とかしようという気迫が観客にストレートに伝わる。そしてそれが観ている観客を感動させるのだ。

 人間は誰でもそうだが、自分の限界を感じている。しかし、自分が思っている限界を越えれると思う瞬間があるのだ。今、彼はその限界を超えようと必死になっていた。その限界の境界線から一歩踏み出したのだ。観客はそのことを理屈ではなく、感覚として感じていた。命を懸けてその限界を超えようとしている姿に観客は感動しているのだ。恐怖の戦慄、異常な緊張感、しかし何故か輝いて見える瞬間に観客は身を置いている。闘牛以外ではこういう興奮を味わうことは出来ないのだ。そして、自分が思っている限界を越える時、人間の成長する姿が、本当に新しい自分という形を形成していく姿が見えてくるのだ。観客は今、その瞬間に立ち会っているのだ。

 ラス・ベンタス闘牛場は世界一の闘牛場だ。世界一のアフィショナード(闘牛ファン)がいるところだ。命の懸け甲斐もあるところだ。牛の1m(実際には30cmだったかも知れない。)前に立ってクルサードして体の後ろのムレタをゆっくりと振って牛の動きを確認した。その場所に立ったら危ないのは誰でも判っていた。しかし、その場所に立って自分の限界を超えようとしている姿がそこにあった。口笛を吹いて止めるように促す観客がいた。実際、怖くて観ていられない人たちも大勢いたはずだ。僕は今ここで死んでも良い。ここが僕の墓場になっても良い。そんなセバスティアン・カステージャの姿に感動して、本人がやりたいようにトコトンやるべきだと思った。やらせるべきだと思った。

 こんな牛だから良いパセが出ない。ナトゥラルは綺麗ではなかったし、角にはらわれたりしていた。しかし、そんなのどうでも良いことだった。牛の前に立ち、必死に牛に立ち向かっている姿が、ただただ観客の胸に迫ってきて込み上げるような、突き上げられるような感動で一杯だった。これでもか、これでもとクルサードを続けパセを続けると牛から段々長いパセを引き出せるようになった。前で動かないならと、デレチャソで後ろから牛を呼んでシルクラールすると拍手がなりナトゥラルを繋いだ。ようやく剣を代えに行くセバスティアン・カステージャに観客から喝采が鳴った。

 アビソが鳴った。長いファエナだったが緊張と興奮で時間も忘れるようなファエナだった。それからクルサードしてマノレティーナをする。未だやるのかという驚きを感じた人は多かっただろう。丁寧にクルサードを繰り返してマノレティーナを3回繋ぎパセ・デ・ペチョをして牛の前に立つと喝采が鳴った。ここまでやるか。ここまでのパセを牛から引き出したかという驚き、そんな思いが殆どの人にあっただろう。ピンチャソ2回の後、カイーダで決まった。耳がどうのいうものではないが、1回で決まっていたら観客は耳を出していたかも知れない。でも、耳なんてどうでも良いのだ。

 これだけラス・ベンタスの、サン・イシドロの観客を惹き付け、観客の胸に迫ってきて込み上げるような、突き上げられるような感動で一杯にした、セバスティアン・カステージャと言う21歳のフランス人闘牛士は観客に、強烈で衝撃的な印象を植えつけた。

 Yさんは終わった後、「こういうのもあるんだって初めて知った。あたしなんか涙ぐんじゃったもの」って言っていた。そうです。僕も泣きました。体が震えるような感動でした。そういうことがこの観戦記を読んで感じられれば最高です。いやー、今日は本当に良いものを見せて貰いました。セバスティアン・カステージャ。ありがとう。本当にありがとう。


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