*5月19日。どしゃ降りの雨の中、闘牛が行われた。

ノビジャーダ・ピカーダ。牛ーブエナビスタ。

     ホセ・アントニオ・イニエスタ、アニバル・ルイス、ミゲル・アベジャン。

1頭目。ホセ・アントニオ・イニエスタ。

 牛が出てきた。始まったのは定刻を30分過ぎてからだ。今19時35分だ。何故なら雨が降っているからだ。少し小降りになったところで砂をまいて始まった。アレナは大分水を吸っている。足場が悪い。イニエスタがベロニカをやるがあまり良くない。雨の為それも仕様がないか。始めのピカは丁度真ん中に入る。牛が足場が悪いので滑っていた。2回目のピカはちょっと左側、首の後ろくらいだ。アニバルはベロニカの時にコヒーダされる。大丈夫そうだ。彼はちびで軽いから不死身に近い。

 バンデリジェーロがバンデリージャを打った後に牛に追われてコヒーダされそうになって、タブラを越えた。キーテに入っているバンデリジェーロは危なっかしいカポーテ捌きだ。今日はコヒーダ合戦になるのだろうか。それは見たくない。TOROパサードでの刺し。

 ブリンディースはラス・ベンタス闘牛場付きの医者に捧げられた。思えば去年の9月28日にここで、ホセ・アントニオ・イニエスタとミゲル・アベジャンのマノ・ア・マノが行われた時、1頭目で右足を角で突かれて大怪我をしたのがホセ・アントニオ・イニエスタだ。怪我の大小は見ていても実際には判らない。分かるのは出血が多い時だけだ。しかしあの時は現場にいて見ていたが50m位離れていても物凄い量の血がアレナに流れ落ちていた。

 その日はミゲル・アベジャンが6頭の牛全部に剣を刺すウニコ・エスパーダになった。イニエスタは非道い怪我だった。肉が破け、大動脈が切れて、しかも神経もずたずたにされていた。直後の10月に6TOROS6に杖を突いて暗い顔をした写真が載っていた。右足切断と言われていた男が、もう一度闘牛場のアレナに立てたのは、最初に処置をした医者が良かったからだ。

 イニエスタのブリンディースはその医者に捧げられた。闘牛場から拍手が起こった。闘牛士と医者。それは切っても切っても糸で縫い合わされ接合される患部の様に密接に繋がっている。そこにはお互いに対しての尊敬の気持ちと信頼が同居している。

 技術と科学は、結びついてこそ初めて現実を乗り越えられるのだ。今日はこれを観れただけでも雨の中、観に来た甲斐があったと言うものだ。闘牛士よ、ありがとう。こんなどしゃ降りの雨の中で、ぬかるんで滑りやすい足場の条件で”命懸けで”牛に向かっていくのだから。

 テルシオ・デ・ムエルテ。膝を折った右手のパセから始まった。右手のパセの時に牛が通ると闘牛士が捜して角を振る。イニエスタは牛の首に巻き込まれそうになって靴が脱げた。次のパセの時に角が脇腹に刺さりそうになった。牛はパセの時に闘牛士の体の方に角を向ける。危なくてパセが出来ない。剣を替えに行った。さっきムレタを落とした時には剣を替えていなかった。良い剣刺しだ。牛はすぐに倒れた。

 彼はタブラに歩いていって医者からモンテラ(帽子)を受け取って何か言葉を交わした。そしてお互いの肩を叩き合った。

 2頭目。アニバル・ルイス。

 牛が出てきた。ブルラデーラ脇のタブラに2回ぶつかって行った。アニバルは良いベロニカをやってラルガで決めた。牛がまだ着いてきた。右手で持ったカポーテをアレナに垂らして牛を誘い、足を止めたまま右手だけでカポーテを振ってパセした。マヌエル・カバジェーロみたいだ。雨が強くなってきた。牛が滑って膝を着いた。パセの途中でカポーテを牛の引っかけられた。

 ピカは左肩前に入った。風が強い。雷が上空で光っている。ゴロゴロと鳴ってどこかに落ちた音がした。さっきのピカよりもちょっと真ん中寄りに刺さっている。出てきた時は良い動きをしていたのに、牛の動きが悪くなった。左脚がおかしいみたいだ。アニバル中央で牛を誘ってベロニカをやるところ。雨が強くなっている。パセは体の凄く近いところを通している。最後ラルガでパセをする。危なかった。拍手を受ける。

 バンデリージャは頭の前で刺さったが、牛の追いかけられてタブラを越えて助かった。最後のバンデリージャも上手く決まった。

 テルシオ・デ・ムエルテ。中央で牛を誘っている。20m位距離がある。来るのだろうか。来ない。牛が動かない。アレナ全体に水が浮いてきた。浮いてない所は砂を入れた所だけだ。当然牛が走ると水しぶきが上がる。アニバルは右手の低いパセで、オーレの声をかけて貰っている。さっきの距離を取った誘いは結局2m位の所まで近づいてパセを始めた。

 雨も強いし、風も強い。アニバルのムレタは風で地面とほぼ並行に成っている。とても出来る状態じゃない。闘牛士が可哀想だ。風が収まって、クルサードしてムレタを牛の前に出した。右手の低いパセを繋いで牛の前で見栄を切る。かなり近い所に立っている。ナトゥラルで牛を誘う。雨はどじゃ降りだ。

 アニバルはムレタを牛にはらわれて落としたが、廻っていって1人でムレタを取った。ムレタも雨に濡れて相当重くなっているはずだ。スエルテ・ナトゥラルでムレタを高く上げて、それから振ってピンチャソ。牛が全然言うことを聞かない。ちゃんと立ってくれない。またピンチャソ。今のはスエルテ・コントラリア。デスカベジョに代わり、刺すがはらわれて手から落とす。2回目も駄目。3回目でようやく決まる。ご苦労さん。

3頭目。ミゲル・アベジャン。

 ミゲル・アベジャン両膝を着いてラルガ・カンビアールを2回右手でする。ベロニカは腰が動いていまいちだ。定位置に着いていない馬に牛が行って背中に軽くピカを1回、別の馬に行ってまた1回受ける。アベジャン腰が逃げる。アレナはドロドロだ。牛が滑って膝を着く。また膝を着いて前に進んでいった。パセの後だ。ピカは左肩のちょっと前に入った。

 中央に行って距離を取ってチクエリーナをやる。中心点がずれる。しかし牛は体の近くを通っている。チクエリーナの後、体の向きを変えずカポーテの裏側のパセ。このくらいの年の闘牛士はセサル・リンコン全盛期にTVを観て来たのだろう。91年6月6日のセサルのパセそのままだ。その後コヒーダされそうになったが大丈夫だ。カポーテを離す。場内が沸く。

 テルシオ・デ・ムエルテ。膝を折ったパセから始まる。長いパセが出来ない。それと左手でパセ・デ・ペチョをするときには脇が開く。ナトゥラルで誘うときクルサードしていない。だからか、牛がちゃんとした動線を描かない。コヒーダ。牛が内側に巻き込んできた。ミゲルは、まだ中央でやっている。ピコになっている。

 ナトゥラルだ。クルサードしてパセしたら牛の動線が良くなった。クルサードして右手のパセ。牛が体の前を通ると闘牛士の方に角を振る。ムレタは雨で相当重くなっているはずだ。またムレタをはらわれた。良い剣刺しだ。

4頭目。ホセ・アントニオ・イニエスタ。

 イニエスタのベロニカは牛が通る方の反対側の脚が動くので腰が揺れる。ダビラ・ミウラと一緒だ。左首にピカが入った。皮がむけて白くなった。チクエリーナの時に脚を横に一歩引く。アニバルがチクエリーナから裏側でのパセの時にコヒーダされる。ちびで軽いのでかなり上に飛ばされたが大丈夫だ。腿の裏に角が入ったように見えたが傷1つない。アニバルは不死身だ。

 バンデリージャはTOROパサードで刺された。牛が追って来ても逃げなかったので拍手を貰っている。イニエスタのブリンディースは観客に捧げられた。

 テルシオ・デ・ムエルテ。牛滑って転ぶ。すぐ立ち上がって右手のパセが続く。パセは一見綺麗そうに見えるがちゃんとやっていない。右手のパセを続けて拍手を貰っているが、そんなに良いパセではない。ナトゥラルの時ムレタを牛に踏まれていた。牛が通過した後に角がムレタに引っかかる。今のパセは良かった。イニエスタの良いところと言えばテンプラールになっているところだ。

 ナトゥラルのパセの時に牛が突くものを捜している。最後のパセ・デ・ペチョの牛の動線は良かったが、その前の誘い方はクルサードしていない。今のパセの繋ぎ方、パセ・デ・ペチョの動線はは凄く良かった。オーレの声が唸った。拍手喝采。さぁ剣刺しだ。耳には少し足りないと思う。スエルテ・ナトゥラルで牛を置いた。今のはちょっと左に刺さっているみたいだ。

 白いハンカチが沢山振られている。口笛が鳴る。しかし、プレシデンテはペティシオンには応えなかった。牛が退場した後プレシデンテに抗議の口笛とブーイングが起きた。それが収まった後、プレシデンテの決定に対する拍手が起きた。公平に見れば今のは耳で無くて良かったと思う。

 イニエスタに拍手が送られてカポーテを左腕に抱えて出てきて観客に挨拶をした。カポーテを持っているので当然ブエルタ(場内一周)をするつもりだ。ブエルタしようとすると煩いぐらいの口笛が吹かれた。彼はブエルタを辞めてプレシデンテに挨拶をして下がった。沢山のハンカチが振られていたのに可哀想に思った。ここは本当に厳しい。ペティシオンがあってもブエルタさえ出来ないこともあるのだ。

 しかし人生が厳しいものであることを彼は良く知っている。去年の9月28日ここで、コヒーダされた傷が彼にその事を教えたからだ。そしてめげずにやることが大切だと言うことも。ホセ・アントニオ・イニエスタ。今日はどしゃ降りの雨の中で、足下が滑りやすい状態でやってこれだけお客さんの支持を受けたのだから25日のアルテルナティーバに時まで耳はとっておきましょう。口笛を吹いた人間だって、君ががんばっていたことは解っているのだから。

5頭目。アニバル・ルイス。

 良いベロニカが1回だけあった。ピカを突いたが牛の物凄い力で馬は上に跳ね上げられてピカドールが落ちそうになった。馬は後ろ脚が蹄で立てないでいる。刺さった所は尻と肩の中間だ。ピカドールが2回目の牛の突きで振り落とされる。水たまりの上に落ちて尻のあたりに泥水が着いた。慌ててタブラに逃げる。ピカは左肩ちょっと前、首の後ろだ。

 ミゲルは中央でベロニカをやろうとしている。良いチクエリーナだ。右側で誘ってこなくて左側で誘ってパセをする。良いチクエリーナが続いたが牛にカポーテをはらわれてしまった。最後はラルガ。拍手。

 逃げながらのバンデリージャ。さっきのキーテで危なっかしいカポーテ捌きをしていた奴だ。最後の刺しも良くなかった。アニバルのブリンディースは観客に捧げられた。

 テルシオ・デ・ムエルテ。足を着けて直立不動で立って、ムレタを角に触れさせて牛の首を上げさせるパセを続ける。パセの後の牛の啼き声が凄い。牛は「折角、突きに行ったのに何もないじゃないか」とでも、言っているかのように、吠えるように啼く。まさに肉食獣の様だ。

 ちゃんとクルサードしていない。背が低いのであまり良く見えない。どうしても脇が開いて見えるのは低い背の為だ。パセの時、牛にはらわれてムレタが牛の背中に乗ってしまった。良く声を出してパセをする奴だ。牛の前で両膝を着いて、片膝だけでのパセ。アニバルが今出来る事はファンサービスと自分のやる気を見せること。

 牛の動きが悪くなってきた。パセで体を過ぎると、牛は突くものを捜している。剣刺しは牛の置き方が上手い。が、牛は相当へばってきている。よろよろしてちゃんと立っていられない。1回ピンチャソの後、決める。

6頭目。ミゲル・アベジャン。

 ミゲルのベロニカは良くなかった。ピカは少し左だが良いところに刺さっている。次は、ほぼ真ん中。牛は左足がおかしい。おそらくパセの時に痛めたものだろう。

 アニバルのキーテが良かった。バンデリジェーロが転んだ時に助けに行った。

 テルシオ・デ・ムエルテ。中央部分で両足を付けて右手で誘う。牛にムレタをはらわれて落としてしまった。バンデリジェーロがサポートに入ってムレタを取る。右手のパセが始まる。手が高い。右手の良いパセが2回出た。そしてパセ・デ・ペチョ。脇が開くが、拍手が沸く。シルクラールからパセ・デ・ペチョ。あまり良くない。

 ミゲルは右手を前に出して、左足が前、右足が後ろで重心は右足に置くスタイルでパセをする。重心は右手の時は右、左手の時は左になり牛に向かって後ろにある足に置いている。これは牛を誘う時からそうなので独特だ。牛の前に立って見栄を切る。良くない。アジュダード・ポル・バッポ気味のパセを繋ぎ、マノレティーナ。剣刺しは、スエルテ・ナトゥラル。1回で決める。しかしちょっと右側にずれている。

===今日の一言===

 凄い雨の中での闘牛。ホセ・アントニオ・イニエスタ、アニバル・ルイス、ミゲル・アベジャン、こいつらは本当に馬鹿だ。こんな雨の中で命を懸けて闘牛をやるんだから。途中からは、まるで田んぼの中でやってる様だった。

 しかしおいらは馬鹿が大好きだ。今日の3人はよくやった。そんな3人にどしゃ降りの雨の中、ずぶ濡れになって2時間以上も付き合うおいらも馬鹿の1人かも知れない。

 「闘牛とは、何が起こるか決まっている事と、何が起こるか解らない事を観に行くものだ」これは昔の有名闘牛士のマノロ・バスケスの言葉だ。当たり前過ぎるほど当たり前な事だが、味わいのある言葉だと思う。こんな雨の日にその事が感じた。


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