なぜ富士山に登るのか?
富士山は,日本一高い山である。
幼い頃から,必ず本などで目にした富士の威容は,嫌がおうでも
心に焼き付いてしまって離れなかった。
関西在住だった私は,高校生になって修学旅行で東北地方へ行った際に,
生まれて初めて,この目で富士山というものを見た。
写真からでは伺えない,その圧倒的な大きさに,すっかり心を
奪われれしまったのであった。
実際は,そのあと修学旅行で登った会津磐梯山の,片面吹き飛び/
硫黄シュボシュボの光景も大変心に残ってしまったのだが,何故か
富士山の威容からは一般人が近づけないという畏怖の念を受け,
その後,しばらくは見て楽しむ山であると思い込んでいたのだった。
関西在住の身からは,富士山はあまりにも遠い存在だった・・・
年が過ぎて1996年,何の因果か突然の東京転勤が決まった。
東京には,山がない。
関西,それも六甲山の中腹で,四方を山に囲まれた生活を送っていた身からすれば,
山が見えない生活の違和感に慣れるのに,かなり苦労した。
そんな生活にも慣れたある冬の日,つい遠くの山を探すように
通勤の車窓に目を走らせていた私の目に,それが突然飛び込んできた。
白い雪帽子を深くかぶって,朝日に燦然と輝いている,孤高・富士山。
それは,今までみた中で,最も富士山らしい富士山だった。
「なんて美しい,なんて立派な山だろう...」
それからの私の日課に,朝の富士山チェックが入ったのは言うまでもない。
年間を通して,見える日自体が少なく,運良く見えた日にはそれこそ大吉を引いたような
喜びを味わったものである。
そうしたある日,色々なHomePageを見ていた時に,富士登山に関する体験記を見つけた。
そして....驚いた..
「富士山って,普通の登山として登れるんだ....」
私は,自分の無知を恥じ,それこそ片っ端から諸氏の作成されたHomePageを読みまくった。
それは,どれもこれも非常に楽しい生の体験記であり,私をバーチャル富士
登山にいざなうのに充分な迫力があった。
自分の足で,富士山に登りたい・・・
そうはっきりと自覚したのは,1999年8月も終わりの,要するにシーズンオフであった。
登って登れないこともないが,それまでの色々な雑知識から,「富士山を
なめてかかってはいけない」と心に深く刻み込んでいた私は,それから1年後の
西暦2000年ミレニアム夏登山を目指して,長い準備を開始したのであった。