決行(出発
〜 下山 )
今年(2003年)は,梅雨が長引き,夏がようやく来た感があった。
今回は,夕方まで娘が外出していたこともあり,当初予定から1時間ずらして,
2003年8月3日(日)19:00
東京某所を車で出発。
今回も,すこぶる順調に 中央高速/スバルラインを経由し,五合目・河口湖口に
到着したのは 22:00 だった。
毎回思うのだが,どうやっても3時間かかってしまうが,道路が空いている分
かなり楽チンである。(中央道上り(反対車線)の渋滞は相変わらず凄かった...)
今回は,このスバルラインを走っている時から,星空の片鱗が窓越しに
見えており,五合目に着いてから見上げたところ,昨年以上に降るような星空を
堪能することができた。(あんまり星が見えすぎて,星座がよくわからない状態)
娘も,初めて見る星の数に,ただただ感動していた。
と,普通ならここで,デジカメによる星野写真撮影に入るところだが,今回は
日中忙しく所用をこなして昼寝の機会も逃していたのと,初の車中泊を経験する
娘を起こしたくなかったため,早々に仮眠に入った。
(結局,娘は間髪を入れず睡眠に入ってしまったので,少々のことでは起きる
心配もなかったのだが...父親も眠かったのだ)
翌 8/4
04:40頃に目を覚ました父親が,まず自分の準備からと,
ごそごそしていた気配に娘も目覚め,手早く準備を完了して,05:20
過ぎに
五合目を出発。
娘の,予想通りの目覚めのよさに気を良くした父親は,娘に懸念のトイレを促し,
恒例となった五合目「小御嶽神社」参りを終え,御来迎記念写真後,一路,
六合目を目指して出発した。(五合目:2305m)
今年は,この時点で見事な快晴で,気持ちいいを通り越して,既に暑い状況に
達しつつあった。予想以上の日差しの強さに,日焼け止めクリームを塗るタイミング
が頭の中をかすめる程だった。娘はここで上着を脱ぐ。
(娘の肌を焼けど状態にするわけにはいかないので。どうも,女の子は気を使う..)
今回は,「話しながら歩ける」くらいの余裕のテンポを心がけたのが良かったのか,
割とあっさりと,第一の難関と思っていた六合目
の新築の安全指導センターに到着。
(06:00 2390m)
昨年と道が変わっているのに驚きながらも,いつもの地図をもらって,特に休まず
登坂続行。
毎年,気になっている,登山道/下山道の分岐もあっさりクリアし,ひたすら
ゆっくり歩行 →
角々での小休止+深呼吸を繰り返して登りつづけた。
七合目までの道は,単調なつづら折れが続くため,割と精神的負担が大きいかと
思ったが,小休止の度に下方,つまり今まで登ってきた道を確認させることで,
「もう,こんなに登ってきたの?」という手ごたえがあったのか,比較的元気に
七合目,花小屋 に到着。(07:00
2700m)
ここで,ようやく待望の朝食(手作りおにぎり)を食した娘は,第二の難関の
岩場登りに取り掛かった。
歩幅に合わない階段状の岩に悩まされながらも,先行させた娘は,一生懸命
ルートを探しながら(よじ)登って行く。
(このルート取りが,わざわざ難しいところを選んでしまいがちになるのは
ご愛嬌。これも経験である)
今回は,初めて「金剛杖」を買い,山小屋毎に焼印を押してもらうことにした
ため,他の子連れ富士登山のHPにも書かれていたが,収集は楽しいみたいであった。
ただ,うちの娘の場合,多く焦げた焼印をこすることで,よい風合いになるのが
壷にはまったらしく,押される度に,軍手の甲の方(イボイボのない方)でこすり
まくっていた。おかげで,軍手がすすだらけになっていたが,まあ,楽しければ
いいやと傍観。
(一応,「帰ったら,自分で洗え」といってみたが,耳に入っていなかったみたいである)
懸念のトイレだが,小屋に着く度に観察したが,どこもひどい臭いである。
娘の場合,よほどの臭いで無ければ,(文句はいうものの)特に問題はないの
だが,個室内を飛び回る虫(ハエ)の大群だけは我慢ならなかったらしく,
途中のトイレをすべてパス。 以下,通過時刻等..
日の出館 07:10
七合目トモエ館 ???? 2740m
鎌岩館 07:35
富士一館 07:55
2800m
← 鳥居館
08:20
東洋館 08:35
3000m強
困ったなぁ...と思いつつ,引き続きトイレを観察していたが,ついに,
臭い,虫ともに皆無のトイレを発見。娘も納得して小用を済ませることができた。
他の山小屋とは一線を画した感のあるキレイなトイレに感動した父親は,
どこの「小屋様か」と再確認したところ,驚く無かれ..
「太子館」 (09:37
3100m)
そう,一昨年,息子と今回同様八合目までの登山に挑戦した際,富士登山(10歳♂・リベンジ)参照
昼間の小屋番の若者の態度にむかつき,父親の中で,哀れワースト1にランクイン
された小屋だったが,このトイレによって,ベスト2にランクアップしたのだった。
「太子館」様,キレイなトイレをありがとう!!(もちろん,100円も入れた)
何故,ベスト1ではないのか?
だが,一位は,毎年カップヌードルを食べる
ことに決めている蓬莱館があるからで,これの一位はしばらく揺るぎそうにない。
(
ただ,蓬莱館のトイレがキレイなわけではないし,太子館のカップヌードルが
不味いわけでもない)
この後,待望の「蓬莱館」に到着し,念願のカップヌードルを中心にブランチ
大休止。(09:55 3150m)
このカップヌードルだが,昨年2個買ったところが,息子が残したこともあり,
少食気味の娘となら一個でいいか..と思ったところ,スープの程よい塩分が
心地よかったのか,ほとんど食われてしまった....
まあ,食えることはよいことであるので,父親は名残惜しかったが,提供した
のである。(伝説の「一杯の掛けそば」を彷彿とさせる美しい話である)
この頃になると,娘もそろそろ疲れてきたのか,しきりに「下山道」の存在を
口にし出した。顔にも疲労の影が..
↑ 熊ちゃんがザックから顔を覗かせている。
そもそも,今年の当初の目標が,「一昨年の兄の到達高度までは行きたい」
だったので,これだけはクリアしようと,頭上に見える目標の山小屋まで
「あと,つづら折れ
*回だ!!」などと適当な言葉で励ましながら(いいかげん)
白雲荘(11:00
3200m)を通過し,ついに目標の
元祖室(11:25
3250m)に,無事到達した。
ここまでの時間を考えると,昨年の兄の登頂ペースには,やや遅れるが,
このまま
15:00頃には充分登頂可能とも思われたが,娘の疲労の顔を見て,
しばし悩む。
娘の場合,早起きの上,歩き詰めだったので,小一時間も昼寝をすれば
体力回復は可能だと思われたが,まずその昼寝できる場所が存在しない,
この先下山道へのエスケープコースもなく(※),ここで無理して初回からつらい
思い出にしても仕方ないし..と,想いが下山に傾きかけたそのとたん,
ふもとからかなり濃いガス(雲)が湧き上がってきて,それまで見えていた
山頂方向の視界が無くなった。この,切れそうにないガスをみて,
「山の神様(富士山の神様は女性!!)が,今日は帰れと言っているな」
と,判断した父親は,躊躇なく下山を決定した。
(※) 正しくは,九合目,九合五勺からもエスケープルートは存在する。
この時,隣に座って休憩していた,ゴミ拾い登山をされてきたご老体
(どこかの山岳会のお方か?)にこれからどうするか尋ねられ,
「娘が不調そうだから降りる」旨を伝えたところ,「ここまで来て
この時間で下山を決意するのはなかなかできない。お父さんは偉い」
などと,やけにベタ誉めされてしまい「何度も登っているし,
後でもう一回くる予定だから問題なし」とも言えず,「それでは,失礼します」
と,なんとなく敬礼するような感じで下山道へ向かった。
← 最後の下山道への分岐点看板
ここから後は,一昨年息子と歩いた道そのままであるので,足,特に
ひざに注意しながらゆっくり歩いていけば,時間もたっぷりあることだし
特に問題ないわいとザクザク歩いていく。
つづら折れの角々で適当に休憩を取りながら,追いかけて降りてきた
荷物運び用ブルドーザを先に行かせて「乗せてほしいなぁ」などと
軽口をたたいていたが,途中の緊急避難所が見えようかというあたりで
事件勃発..それは,娘の,
「トイレって,遠いの?」
の一言から始まった。
下山道には,つづら折れ終点付近の獅子岩まで,トイレはおろか,
山小屋一つなく,下山時の水分不足に気を取られて,出す方のことを
すっかり忘れていた。
娘の顔色を伺うと,「結構きている...」のが手にとるようにわかる。
幸い,携帯用トイレを持ってきているので,「岩陰でもあれば
上着でカバーすれば,他の人にもばれずに処理できるかも」という
考えが頭をよぎったが,そもそも下山道にはそういう物陰自体がない。
唯一あった岩では,どこぞのカップルがストーブ(携帯用ガスコンロのこと)
にて自炊昼食中だったりして,タイムリミットが刻々と迫ってくる感じ。
一瞬切れたガス(雲)の間から,トイレの屋根を確認させ,
「もうちょっとだから」などと慰めながら(実際はその先つづら折れが20回
以上あったのだが),またガスに隠れて目的地が見えないことを良いことに
ひたすら降り続けるしかなかった。
ただ,この時の娘の歩くペースが凄まじかった。
毎年,ひざや足を痛めてつらい想いをしている父親は,今年こそ
足を守りながらのんびり降りたい..と思っていたのだが,そんな
思惑など知る由もなく,ずんずん父親の手を引っ張って降りて行く。
さすがに,こちらの足にも大分きたかぁ!!と思った瞬間,眼下に
大きく公衆トイレの屋根が見えた時には,嬉しさと共に,驚きで
一杯だった。 「到着が早すぎる...」
何はともあれ,間一髪間に合い小用を済ませたところで(本当に
ギリギリだったらしい),ふと我に返ってよく考えて見ると,今までなら,
こんなハイペースで降りた日には,ひざがガタガタになってしまう
筈だったのだが,何故か今回は平気...
これも「火事場のくそ力」なのだろうか?
何はともあれ良かった。
状況が通常モードに戻った後は,残りの長い道のりを,毒づきながら
歩いたのは,恒例の行事である。
ただ,登坂時にも紹介したが,6合目付近の登山/下山道分岐付近の
ルートが変わっているおかげで,ちょっとだけ楽になった気がした。
後は,恒例の五合目までの登り道を歩いたわけだが,今回も,
これから登るツアーの団体さんと多数すれ違った。
この団体さんの「この人たち,登ってきたのかしら?」というような
目線に答えるべく,娘に,焼印で埋まった金剛杖をこれ見よがしに
(目立つように)持って歩くように指示したところ,これが効果てき面で,
ツアーのおばさん達の「あの子供さんも登ってきたのねぇ〜」などと
いうセリフが後ろから聞こえてきた時には,「してやったり」の気分だった。
そして,ついに,五合目帰着。「小御嶽神社」へのお礼参りも忘れなかった
のは言うまでもない。 無事,終了..
この後,車で軽く仮眠をとって,元気が復活した娘の要望により,
河口湖畔の「石ころ館」というところに立ち寄って,宝石すくいを
するはめになった。
以前,一度家族で来た時によほど気に入ったのか,今回もおおはしゃぎで
宝石をすくって集めていた。なんとも元気なやつだ。
八合目で仮眠さえ取れれば,登頂も充分可能だとの感触を再認識して
今回の,娘の「富士登山
初挑戦」は無事終了した。めでたし,めでたし。