決行 (登頂 〜 下山まで)


23:57 富士宮口頂上到着 (3700m 4℃)

  万歳 !! BANZAI !! 

 ..の筈なのだが,今回はこれでは終わらなかったのである。


  富士宮口頂上・浅間大社奥宮の鳥居をくぐった私は,まず
 フリースの上着を着込み(これで,下着+ボタンシャツ+ベスト+
 フリース+雨具上着の五重装備),下にもハイク用ズボンの上に
 雨具ズボンをはいて,持ちうるすべての衣類を着込んだ。

  そうしている間にも,突如湧き起こってきた雲に巻かれ,視界が
 3〜5mほどにまで落ちてきた。

   ← ガスってよく見えないが,浅間大社奥宮の鳥居である。

  寒さ対策も一応終わった時点で,改めて周囲を見回して見ると,
 浅間大社・郵便局・冨士館に囲まれた場所には,私以外に5人ほど
 居た。みんな,冨士屋の壁を背にうずくまって,防寒体制をとろうとしている。

  最初,この建物で囲まれた場所で夜を明かそうかと思ったのだが,

 ・ この後人が続々と登ってきた場合,邪魔にもなるし,騒がしくて寝られない。
 ・ 持参のストーブで暖かいものを作るため,木の建築物の近くはまずい。
 ・ 雲が,建物の囲みから見て唯一開けた方向から吹き付けて来ているので避けられない。

 との思惑から,郵便局裏手の方向に移動した。

  念のため,冨士館裏手のトイレにも行ってみたが,いつもながら堆積した○んこ達が
 穴(田舎のポットン便所を想像されたし)の縁ぎりぎりまで迫っており,気温が低いおかげで
 臭気はそれほどではないが,なんともひどい状態である。
  おまけに,ヘッドライトを消すと,鼻をつままれてもわからないような暗さになるため,
 なんとなく『学校の怪談』の花子さんの便所..なんてのを想像しながら,小用だけをさっさと
 済ませ,すぐに退散した。

  トイレから出て,ふと冨士館の裏手の壁にライトを走らせると,なにやらもごもご動く影が。
  目をこらして見てみると,多分登坂途中で先行していただいた女性のようで,ガサガサと
 何かを足にはいていた。音からすると,大きめのビニール袋か,エマージェンシーブランケットの
 ような感じで,この方も野宿の防寒対策中だったのだろう。

  ただ,悔しいことに,その女性?のいる周辺が,非常に居心地のよさそうな場所で,
 私もその近くで仮眠したかったのだが,なんとなく変に思われそうな気もして,少し離れた
 郵便局裏手に移動した。(途中,このしろ池を発見したが,状況的にどうでもよかった)
  そこには,すでにシングル用テントが1張り張られていたので,もう少し離れた比較的
 地面の様子のよい場所を確保。早速夜食の準備にかかる。

  夜食は,暖かいものがよかろうと,小型ストーブを持参していたので,これで湯を沸かし,
 (ここで,実験のひとつをクリア),そこに持参したおにぎりとスープの元を入れ,簡易雑炊を
 作って食べた。この時のストーブの炎の暖かさは格別だった。

  
  ↑ ストーブで沸かしたお湯の中におにぎりを放り込んで溶かしている最中。
    地面に置いてある卵スープの袋が気圧の関係でパンパンに膨らんでいる。
    ちなみに,ピンクのスプーンは,余っていた 『31アイスクリーム』のものである。
    ついでに,雑炊を沸かしているカップは,100均の蓋付きステンレスマグである。

  この暖かい夜食をペロリをたいらげたところで,計画通り,100均の携帯座布団を
 尻に敷き,ポンチョを頭からかぶった。
  この際,ザックにもたれると非常に寝やすく感じたので,手足の先がはみ出したが
 登坂の疲れもあって,ついつい眠り込んでしまった..Zzzzz...

  ハッ と目が覚めると,時刻は01:30をまわったところ。一時間位寝込んでしまった。

  と思ったその瞬間,猛烈な痺れが手の指先を襲っているのに気づいた。10本の指
 すべての第一間接から先の爪のあたりが,まるで『マイクロフォンの風防』大に膨れ
 あがったかのような感覚で,ジンジン痺れている...凍傷である。

  寝ている間に,またもや濃いガスに覆われており,時々強風と小雨も混じっていて,
 ポンチョからはみ出していた手袋の指先がびしょびしょになっていたのだ。
  心なしか,指先の爪のあたりが黒ずんでいるようにも見え,頭の中の回転灯が
 クルクル周り始めた。(爪の黒ずみは,ライトの加減でそう見えただけと後で気づいた)

  これはやばいと,急いで濡れた軍手を脱ぎ,持参したフリースの手袋(子供用の
 小型の手袋で指の2/3くらいしか入らないのだが,暖かさは抜群である)をはめ
 その上に替えの乾いた軍手を...と思ったが,たまたま防水用ビニール袋のくちが
 開いた状態でザックに収納されていたため,ザックを通して雨で濡れてしまっていた。
  こんなのをはめるくらいなら,先ほど脱いだ指先だけ濡れた軍手の方がましと,再度
 フリース手袋の上からはめ直す。

  この二重手袋作戦で,外気の寒さの防御はほぼ完璧だったのだが,すでに冷え切って
 いた指先を暖め直すことはできず,ジンジンと冷え切ったままだった。  
  (一生懸命,グッパグッパしたけれど,なかなか...)

  御来迎の時間は05:00と予想していたので,まだ2時間以上この状態で耐え切る必要が
 あると思うとうんざりしたが,「まあ,あろ2時間ちょっとだ」と考えれば大したことはないと,
 発想を転換し,ごそごそとポンチョ内の体の位置を建て直すが,どうも上手く体が納まらない。

  自宅で確認した時には,上手く入って,隙間もなかったのだが? と考えていて,はたと気づいた。

  自宅での確認時には,ポンチョのフード部分に顔を出した状態で,肩から下をすっぽり覆う
 ことを想定していたのだが,実際には,

  ・ フード部分に頭を入れると,顔だけが外気にさらされることになり,気温4℃以下の中の
   強風にあおられた霧雨には堪えられない。
  ・ ザックがポンチョ内に入らない(自宅では体だけで試していたので気づかなかった。先ほどの
   軍手の一件もありザックもこれ以上濡らしたくなかった) 

  ということもあり,通常膝までしか覆わないポンチョに,頭も入れた状態で体を丸めてザックを
 抱きかかえながら,横部分の開口部を手で押さえ続けるという,至極無理な姿勢を強いられる
 結果となった。(自分のヘソを眺めるような状態で頭を前に倒し続けたが,これが一番つらかった)

  そんな感じで堪えつづけていたが,次第に,時折ライトの明かりや足音,声が濃い霧と雨音の中に
 聞こえ始めた。

  普通,他の人の存在を知ると勇気づけられるところなのだが,この時は,今の自分の奇妙な
 格好がばれることがなんとなく恥ずかしく,息を殺して過ぎるのを待っていた。
 (このあたりで昔遭難した人の足音...なんてことは,不思議なことにこれっぽっちも浮かばなかった) 

  結局,03:30過ぎまで孤独な状態で耐えてきたが,その頃,突如二組のカップル(中年と熟年)が
 突然私の両横の壁に陣取り,色々着込んだり,「寒い寒い」と連呼したりして苦労を共にし始めた。
  その一組(熟年)のカップルの女性が到着した時に,私を見て,「これ,人?」とのたまったのが
 一番恥ずかしかった。(その格好のおかげで,少なくともその人たちよりはましな環境だったのだが)

  そんな中,雨音が止んだような気がして,意を決してポンチョから頭を突き出してみると,そこには
 明るすぎるくらいの満天の星空が広がっているではないか..

  今までの富士山からの星空で,一番きれいだった.....15分ほど,ボーっと眺めていたが,
 流れ星も数個見えて,なんともいえない,プチ幸せな気分だった。
 (ここで,もうひとつの実験を...は,あきらめた。まだ手が上手く動かんのだもの..)  

  ただ,頭を突き出したせいか,ポンチョの暖気保存の役目は完全に失っており,急に体全体が
 冷え切ってきた。

  その時,近くの冨士館の発電機のエンジンが突然動き始めたため,ようやく山小屋がOPENする
 のかと思い,ポンチョをザックに詰め込んで,小屋の入り口方面に移動する。
  そこには,先ほどとは打って変わって,大勢の人がいて,若い?女性数人が,冨士館の扉を
 ドンドンとたたいて 「すみません。開けてください!!」 と,訴えていた。

  冨士館も,確か05:00頃までは,宿泊者のために門戸を閉ざしていた筈だったので,そんなに
 ドンドン鳴らされても困るのではないかとも思ったが,たたいている女性の気持ちもよくわかった。
  みんな,そのくらい,寒さの限界の状況に置かれていたのである。

  「開いてくれるかな?」と期待して入り口付近をうろうろしていたが,小屋の中の電気がついて
 小屋の衆がうろうろしているのが見えるだけで,一向に開ける気配がない。

  そうこうしているうちにも,私も体が勝手にガクガク震えだしてきたので,これはいかんと,とにかく
 鳥居のあたりをうろうろ歩き回って,なんとか体を温め続けた。

  そうしているうちに,04:00をまわった頃から,なんとなく東の空が明るくなってきたことに気づいた。
  すでに,手馴れた団体は,高台の御来迎ビューポイントを確保しており,この狭い富士宮口頂上では
 きれいな御来迎が見える可能性は少なかった

 一口メモ: 富士宮口頂上は,南方向に向いており,御来迎(朝日)を見るには,限られた場所しか
        よいところがない。御来迎を見るには,東向きの河口湖口の方が,どこからでも見られて
        初心者向きである。

  当初は,剣ヶ峰(最高峰3776mの三角点のあるところ。冨士宮口の近くにある)に登って御来迎を,
 と考えていたが,まだ,かなり強い風が吹いており,火口に吹き飛ばされてもかなわんと思い,急遽,
 河口湖口方面へ移動することに決め,そそくさと身支度を整え(デジカメを身につけただけだが),
 御殿場口頂上を通り,東へ移動する。

  04:30頃,強風が崖にさえぎれている場所に着いたので,一昨年と違うアングルでもあることから,
 そこに居座って御来迎を待つことにした。(富士宮口と河口湖口の中間あたり)

           

     ↑ 04:27              ↑ 04:46               ↑ 04:59  

  かなりの人が崖にへばりつくように待ちつづけ,

   
   ↑ 05:02 ようやくの御来迎である。ものすごくきれいだった。

  
  今回は,余裕を持って御来迎を待つことができたので,御来迎写真を一杯撮るとこができた。
  どれもこれも,見事な自然美である。(上記4枚はほんの1例である。もっときれいな写真もある)

   このあと,御来迎を堪能した私は,混まないうちにと,河口湖方面へ歩を進めたところ,河口湖口
 山頂手前の大日岳に着いたところで,あたりの風景が一変した。

  あたり一面...人,人,人...である。

    ← 大日岳の上で突然団体が現れた。

  この後,河口湖口頂上山小屋へ,恒例の帽子につける登頂記念のピンバッチを買いに行くが
 あまりの人で歩けないほどの混雑である。

   ← 河口湖口頂上山小屋付近。人だらけである。

  ここ,河口湖口頂上は,団体登山のメッカであり,大量の「冨士登頂ツアー」が組まれているため,
 御来迎時のみこのような大混雑になるのである。
  写真中,真中上から右中央に向けて斜めに続く人の列は,まだ山頂に向かっている登山者の渋滞
 行列である。

  疲れもピークに達していた私は,須走口砂走りを下山すべく,河口湖口下山道へそそくさと入った。

  が,そこはすでに下山し始めているツアー客の団体による渋滞が始まっていた。

   ← ツアー客に混じって降りるの図。

  左上方向に続いている人の劣は,先ほど紹介した今だ登山中の列である。
  (と言っても,まだ 05:35 なのだが...)
  登山中の人の列を追ってみると,(野次馬...)

   
    ↑ 山頂付近の最後の登山道あたり          ↑ 左の写真のワンカット下あたり

  

   いやぁ.,みなさん,頑張ってください。

  こちらは,河口湖口←→須走口の分岐点もクリアし,フリース上着を脱いで足にスパッツをつけて
 砂走りの準備を整える。

  須走り口は,この期間中も交通規制がないため,もっと混んでいるかと思っていたが,思いのほか
 ガラガラであった。(その方が歩きやすいが...)

  ← 下山途中の一コマ..終始こんな空いた感じだった。

  結局,

  05:17 河口湖口(吉田口)から下山開始
  06:00 河口湖口←→須走口分岐店到着      06:20発
  06:49 須走七号目太陽館着 (2950m 18℃) 07:00発

  ここからが,砂走りがある区間となる。

   
  ↑ 見づらいが,写真中央を右から左へ横切るのが砂走りである。

  ただ,みんな砂走りに慣れていないのか,足が疲れて言うことを聞かないのか,
 ほとんど歩いていた。(砂走りの意味がないではないか...)

   当然,そんな人たちは,ガシガシ追い抜いて,ひたすら走り降りる。
 (ここで,以前の御殿場口・大砂走りでの経験がものを言った)
    

  07:30 砂払五合目吉野屋着(2300m)
 
  ここで,敬意を払って,コーラを一本所望する。すでにかなり暑い。07:35発

  ここからは噂の林道を,木々の間を抜けて五合目まで歩いていく。
  このあたりは,普通の低山のハイキングコースと大して変わらないので
 富士登山の一環とは言いにくいのだが,一応コース上である。
  よく,この林道の木の根の階段状部分が下山時にこたえたとの話を耳にするが,
 御殿場口・大砂走り終了後の大石小屋までの2キロ弱の最後の道のりに比べれば
 屁でもないと思った。

  この後, 08:02 須走口新五合目(2000m) に,山頂から2時間24分で無事到着し,
 売店で「しいたけ茶」のサービスを受けた後 (御殿場口でも貰ったような気がする。この
 あたりの名物だろうか?) 08:30発のJR御殿場駅行き臨時バスに乗ることができた。
 (当初の予定では,09:30発に乗る筈だった)

  バスが来ていると聞いて,早く座りたかったばっかりに早々にバスに
 乗り込んでしまったため,お土産物一つも買わなかった(見なかった)。
  親切な山小屋の方,ゴメンナサイ。また今度来たら買います。

  小型の路線バスだったが,全員広々と着席できた(そのくらいの乗車人数だったのだ)。

  バスが発車して,唯一の途中停留所でふと気が付いた時には,お客全員がぐったりと
 寝込んでおり,,映画「バトルロワイヤル」で修学旅行中の学生がガスで眠らされる
 シーンがあったが,まさにそんな感じの崩れた寝かただった。(みんな,疲れているのだ)

 そして,JR御殿場→(御殿場線経由)→JR松田 乗り換え 小田急新松田→小田急新宿

 と乗り継ぎ,新宿で昼食とヨドバシカメラでの買い物までして,13:00前には帰宅した。

 なんだか,回を重ねる度に楽になっていくような気がする。慣れだろうか?...

                                          (完)


  さて恒例の実験結果報告である。今回は3点予定したが,

   (1)  山頂での「沸点」の測定
  昔,理科の時間に「気圧が低いと沸点が下がる」というのを習った記憶があると
 思うが...本当か? 地上の60%強の気圧で,どこまで沸点が下がるのか?

 <結果> 山頂での雑炊作りの際に沸かしたお湯の温度を測定したところ,
       沸騰状態の時点の温度が82℃であった。(640ヘクトパスカル)
        同じ機材で,自宅で測定したところ 95℃(1008ヘクトパスカル)だった
       ことから,明らかに沸点は低下していることがわかる。

       本当だった...

       ちなみに,この実験で使った温度計は,自宅に唯一あった,よく理科の実験で
      使ったであろうのと同じ,30cmくらいある真面目な温度計である。
       こんなのを山頂に持ち込んだのだ...科学の道は厳しいのだ。


  (2)  富士山のパワーの測定
  「富士山は.日本周辺のパワーの集積点である」というのが,レイラインハンターの
 中では定説であるが,実際にその「パワー」なるものを感じることができるか?
  − 電子式磁力センサー(愛用の腕時計CASIO PROTrekの方位センサー)
  − シルバーコンパス(山行用,高級方位磁石の名前。元は製品名だが今では名詞化している)
  これを駆使して,御鉢巡りの各ポイントで物理的方位磁針と,電気的方位磁針のブレの度合い
 を測定する。

<結果>  この実験に関しては,登頂記本文中にあるように,強風により御鉢めぐりが不可能
       だったため実行不可能であった。
        もっと的を得た測定方法を確立して,再度試みたいと考えている。

 
  (3)  山頂の降るような星の写真の撮影
  デジカメにて長時間露出に挑戦する。

<結果> こちらの実験に関しても,凍傷にかかり指が満足に動かないような状況であったため
     実行不可能であった。
      簡易赤道儀の作成も間に合わなかったし(2003.8.15 にようやく作成完了),シャッターが
     押せなかったのだから問題外であった。。
      今度は,このためだけに山頂の夜を過ごしてみたいものである。


  今後に向けて

  今度,山頂で夜を明かす場合には,少なくとも,ちゃんとしたツェルトテントを持参するか,
 もしくは,小型テント+シュラフ(カバー)を持参しようと思った。

  テント+シュラフ持参の場合,子供と共に15:00頃からボチボチ登り始め,遅くとも22:00頃には
 山頂について,そのままテント泊というのもいいかもと思った。(高山病の心配がなく,天気がいい場合だが)
  来年が楽しみである。

 P.S.
    今年の,富士登山2連発の様子を見ていた下の息子(4歳)が 「自分も登る」と参加を表明したが,
   「幼稚園で体を鍛えて,小学校に入ってからでないとだめ」と却下した。(登録はOK)
    昨年の娘といい,まったくどいつもこいつも,という感じだが,結構体力がありそうなやつで,
   言ったことはやり遂げる性格なので,
案外,期待の星なのかも知れない。

  

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