夏とハーレー
バイクの殆どはエンジンが剥き出しである。エンジンのシリンダー内では気化されたガソリンが適度な空気と混合され燃焼・爆発する。これによってバイクは、いやエンジンは全てそうなのだが、出力をアウトプットすることが出来、意のままにスロットル開度に応じて走るわけである。
エネルギー交換の法則、エネルギー保存の法則に従い、エンジンは非常な高熱を発する。その熱を冷ますために、殆どのエンジンは水冷(一部は油冷)という冷却方式によりエンジン効率を保とうとしているわけである。
ハーレーのエンジンは「空冷」である。冷却水やオイルを強制的に循環させてエンジンを冷やそうとする多くのエンジンと異なり、エンジンを冷やす媒体は「空気」なのだ。つまり、走ることによって必然的に生じる「風」を直接エンジンのシリンダーまわりのフィンで受け、放熱するという原始的な方式である。
速く走ればそれだけ生じる風の勢いも強くなるため速度に比例した冷却効果が期待できる。
しかし、停止している時は強制的に風が生じない状況であるから、長時間停止したままエンジンをかけていては徐々に冷却効果が限界を越えることが予想される。救いは停止中はアイドル状態でエンジンがかろうじて止まらないレベルで回転しているため、発生する熱量も抑えられている。それに、自然に吹く風が多少なりともあるので、フィンの表面積が大きければそれなりの冷却効果が得られるのである。
エンジンの大きさと発生する熱量はやはり比例する。従って、50CCより90、125、250CCの方がエンジンからの発生する熱量は大きい。更に400、600、750CCとなるともっと大きい。ハーレーのエンジンは1340CC(ニューモデルは1.4リッターをこえる)もあるため、その巨大なエンジンから発生する熱量は半端ではない。
とはいえ、冬の寒い時期はさしものエンジンからの発熱も周囲の冷気には勝てず、効率のいいフィンのおかげで適度にシリンダーの温度は維持されている。
ところが夏ともなると様相は一転する。これが同じエンジンかと思うほどの高熱を発生する(ように感じる)のだ。油温計が示す温度は確かに夏場のほうが冬に比べて高いのは事実であるが、夏場が異常高温というわけではないのにである。
しかし、エンジンの真上にシートがある関係で、エンジンから発生する熱気はエンジンを跨ぐ両足の大腿部の内側で先ず感知される。さらに、エンジンからの熱気は高温の熱風としてヘルメットから露出している顔面でも感じることになる。
真夏の炎天下、トロトロと渋滞に巻き込まれたら最悪の事態となる。ギラギラと照りつける太陽はそれだけでも容赦なくヘルメットで覆われた頭を射り、脳みそはフツフツとたぎり始める。頭の天辺から粒のような汗が次々と溢れ出てヘルメットの中を伝い、額からも粒のような汗がほとばしり出るのだ。汗を拭こうにもヘルメットが脱げないのではどうしようもない。むなしく、顔面に流れ出る汗を拭うしかないのだ。それでも出てくる汗の量は多く、否応なく目にも汗がしみてくる。
これだけで済めばいいが、今度は両股の間にはまるで「火鉢」を抱えたかのような熱源が鎮座しているのである。「我慢比べ」ではないのだ。上からも下からも容赦なく熱攻撃を受け、体全体がボイルされる。この苦行に耐えなければならないのはドライバーだけではない。エンジンそのものも先ほど述べたように「空冷」の故にじりじりと「風」による冷却効果を凌駕する熱攻撃を受けるのである。やがて、エンジンは悲鳴をあげる。オーバーヒートである。
このような炎天下では、渋滞や停滞はハーレー乗りにとってはもっとも忌み嫌うべき状況である。ある程度の速度でハーレーを走らせることがライダーにもハーレーのエンジンにも必須なのだ。
真夏のツーリングではルートの選択を誤るとこういった「地獄」に飛びこんでしまうことがある。車のようにエアコンが効いていればいいが・・・・・。
しかしやむを得ず苦行を強いられる羽目に陥ることもあり、このような時はさっさとその状況よりの脱出をはからねばならない。高速道路などの様に、側道があれば、たとえそこを通過するのが違法とわかっていても利用することになる。そもそも側道はエマージェンシーのためであるのだから、我々も非常事態を避けるために利用しているのだと言いたいところである。
真夏には開放感があり、バイクの季節としては「気持ちがいい」はずであるが、それはあくまでも「快適に走ることが出来て」という条件付である。普通に走れる状況でも信号待ちなどで停止している間、すぐに暑さ(熱さといいたい)が応えるのも「夏」である。「火鉢を抱えて走る」という状況はやはり止まらずに走りつづけている間だけ我慢できるといえよう。
サウナ風呂の経験があれば、「真夏のハーレー」はこれに通じるものがある。サウナで暑いのをこらえてしこたま汗をかき、サウナの外に出たときその爽やかさを体感することが出来る。暑さをこらえた後はビールも美味い。まさに真夏の炎天下でハーレーでツーリングするということはこれに通じるものである。苦行ともいえる暑さを辛抱して途中で休憩したり、あるいは目的地にようやくたどり着いたとき、それまでの苦しさが大きいほど充実感が味わえるという構図なのだ。
「バイクの愉しみは途中の経過にある」とはよく言うが、愉しむだけではなく「耐えて後で愉しむ」ということも含めなくてはならないだろう。
