『清浄国論の落とし穴』



病気を早く摘発して淘汰していく清浄国論の前ではワクチン即汚染と見なされる(鳥取大、大槻公一教授)。国が勧めるこの方針は、感染病の初期根絶の為には絶対無二の方策であるとして1980年頃より世界的合意のもとに取り入れられてきたそうである。そして何よりも清浄国を主張することにより、ワクチンを使用した他国からの畜産物輸入を阻止して国内生産者を守ると云う事がむしろ主目的と解されるようになってしまっていた。

無論これには前提があって、ワクチンを接種しなくても国内の生産が安全に行われる確実な見通しの立って居ることが大切であるが、今回の鳥インフルエンザ発生では周辺諸外国に対してワクチン使用が遅れた分、抗体を持たない我が国の鶏は、より危険な状態にあると危惧されている。この為、養鶏業界、識者の間では以前より鳥インフエンザワクチンの必要性が叫ばれ、2002年には都内で大規模なシンポジュームが開催された。しかしその後も一部の警告を無視した国の無策は続き、遂に今日の事態を迎えるに至った。

繰り返すように、清浄国論とワクチン接種は相反する立場にある。この為、国は事実上の箝口令をしいてワクチンという言葉さえメディアから追放し(このことは当場の初期のテレビ取材で主張したワクチン要求の言葉をすべて関係ないナレーションに置き換えられた事実から強い印象を受け、その後同じことで各方面に疑問の声が上がった)特定の学者を度々登場させて、消費者に対しワクチンは危険であるとするような、洗脳活動に等しいコメントを繰り返させたことが特に印象付けられた。其の際、ウイルスが鶏肉等に付着することはないとしながら、一方でワクチン接種で汚染した生産物が出回る危険を示唆するなど恣意的な自己矛盾を繰り返し、消費者を混乱させてワクチンそのものが人体にとって危険だと感じる人がいても、その訂正は生産現場に投げ返すような無責任振りであった。よって我々現場は、すでに啓蒙しつくされていたワクチンについて、生物製剤と抗菌剤等との違い、人体への安全性、その必要性までも、かつてその研究者達から学んだことを、改めて消費者に伝えねばならず、これは彼らの裏切り行為に等しいと憤りを隠せなかったのである。

さてインフルエンザは鶏→豚→人への関連が取り沙汰され危険視されて居て、ここでも鶏へのワクチン投与がその変異を促進する危険ばかりが強調されている。確かにWHOの一部などにはその論調も見られる。しかしそれには現在日本国内で、自らの研究達成の為か、いわれのない現行ワクチンの反対を続ける学者グループもその主要メンバーであることで割り引く必要があり、やはり2月のFAO本部での三機関の共同声明にみられる、鶏に対するワクチンの使用は、これ以上の鶏の減耗を防ぎ、環境中のウイルス量を減少させ、そのことで人類の安全を図るとしている勧告に従うのが筋道と思われる。

そのことに関連し政府の鳥インフルエンザ清浄国論を無視して我が国の汚染の実態を、人→豚→鶏の順に探って見たい。

人のインフルエンザに関しては1月に厚生労働省から都道府県等に対し、H1N1,H3N2以外の亜型の患者サーベイランスを強化するよう通知が出されているので、この2つの亜型は人のインフルエンザとして、既に定着しワクチン接種が行われて居ることが分かる。次ぎに豚の場合はH1N1は豚型(SIFスワインインフルエンザ)と呼ばれ大正7、8年のスペイン風邪以前に、豚での流行があった所から人型との関連は早くから指摘されていたらしい。もう一つのH3N2型は今年になって、その変異株がヨーロッパなど各地で流行したとあり、我が国でも昨夏より関東地方でSIFが流行しワクチンが不足する状態であると聞く。そして鶏では1996年に岩手、鹿児島で同じH3N2が発生し、翌年にかけての、当時の農林省家畜衛生試験場の調査では、そのH3N2とH1N1型が東北以西に広く分布していることが報告されている。ただ不思議なことにその後その型についてサーベイランスが実施された報告がない。

これらの事実から、それぞれ変異はあるにしても同じ亜型が鶏、豚、人に分布しているのにワクチンが許可されていないのは鶏だけと云うおかしな構図がそのまま放置され、いわゆるMPAIとしてのそれに対し、補償もワクチンもないと云う無責任極まる行政は、到底納得出来るものではない。
因に養豚ではワクチネーションの費用が一頭当たり2500円以上と高額な為、基礎免疫に必要なワクチン以外は省く傾向が有り、其の為、当時、豚コレラの再発が時々あったと云われて居るが、(鶏関係では、分業が徹底していることもありフルバージョンを指定する場合が多い。)これまで全くSIFVを使わなかったところも、子豚の損耗が激しいことから今年は、マイコ、PRRSなどと併せて使うところが多いと動薬関係者から聞いた。

話題を鶏に戻せば、H3N2,H1N1に関して人、豚、鶏の間にかなり密接な関係があることが予想されるにも係わらず1997年以後、前述したように政府によってサーベイランス、或いは調査が行われたとする記録はない。若し今回、国内で発生したH5N1を含めて、それらの間に免疫の交差、干渉等があるとすれば、その調査も欠かせない筈なのに、交差免疫を一切認めない学者と高病原性鳥インフルエンザ清浄国に固執する行政当局の姿勢が相俟ってその辺をおろそかにしたままである。若しH3N2,H1N1など人、豚に共通した、インフルエンザ が鶏にも分布していることが判明すれば、政府としては、それを根絶すべく処分を補償するかワクチンを使用させるか選択を迫られることになり、甚だ都合が悪いことに成りかねない。しかしそのことで豚に例をとれば、ワクチンの接種率は決して高くないにも係わらず、野生のイノシシを含めて80%以上が抗体を持つ事実から、鶏も例外ではないと想像されるのである。それを何故明らかにしないのかと云えば、繰り返すように、そのことで清浄国論が崩れ去るからに外ならない。

これらの考察から養鶏現場としては、H5N1の国内発生をみて、政府の云う、清浄国が事実ならば、無抵抗の高病原性鳥インフルエンザはさながら燎原の火のごとく広がりかねないが、H3,H1などが分布して居れば、それらを迂回する形で飛び飛びの発生になるだろうと予想した訳である。其の際ヒナに対するマイコワクチンを含む、基礎免疫付与のプログラムの効果は養豚の場合でも認められるとあって、近年特に重要視されている。

このようにざっと考えただけでも、実態を無視した清浄国論と交差免疫、干渉作用を認めない学説が どのくらい野外での対策をやりにくくして居るか分かる筈である。

以上を要約すれば、島国としての我が国では、人、豚、鶏を通じて、期を同じくして同じ型のインフルエンザウイルスが分布していたと考えられるのに、鶏だけは調査もせず、ワクチンの準備も行われて居ない。人畜それぞれに変異しやすいインフルエンザウイルスであれば尚更、三者に同じレベルのワクチネーションを施すことが重要で、最も効果があると思われ、今回の鶏に対するH5N1の侵入に対しても協調して撃退出来たかも知れない。そう考えて、他の二者に合わせた同じ型のワクチンを鶏に投与しようとするとき、国の清浄化論と、それを主導する学者達の頑なな交差免疫、干渉作用を認めない古い考えが障害となって、世界各国で認められて居る先進的な試み、実際の事例の応用が一切許されず、大規模、団地化した我が国の養鶏形態に最も不適合で、育成時に業者の負担で実施すれば一羽15円程度で済むワクチンを、汚染の実態を無視してまで2000円以上もかかる殺処分に置き換え、今後とも継続しようとは、国の経済、国民感情、業界の実態を無視した暴挙であると感じて居る。

その業界の実態を知って貰う意味で、もう一つ気になったのは、前記、大槻教授の3月5日「毎日の視点」インタビュー記事である。教授は其の中で浅田農産の廃鶏処分を批判して「現場の鶏舎では、強制換羽の鶏もバタバタと鳥インフルエンザで死んでいました。業者は卵を産ませるために強制換羽をかけた鶏も食用として出荷しようとしており、矛盾してます。とにかく鶏が生きているうちに処理業者に渡し、カネをもうけようとしたのでしょう」と語っている。

採卵養鶏業者の、鶏搬出入のローテーションに沿った廃鶏処分は有償で行われ、食用肉としての販売出荷ではないことを、当初の報道があった時から指摘してきたが、その重大な誤解が、こともあろうに業界の指導者で養鶏場を知り尽くして居ると取材側も信じて居る同教授の口から出て居たのだとすると、あまりの不勉強さに唖然とし、養鶏現場をここまで疎んじる学者が専門家として業界を紹介することの危険さをしみじみ感じるのである。誤解をそのままにしておくと、廃鶏搬出をカネもうけとされかねない危険性を、鶏飼いとしては度々訴えて来たつもりだったが、業界として今後も大槻教授を指導者として仰ぐつもりなら、少し養鶏場に住み込んで修行して貰う必要が有るだろう。昔の当地の家保の獣医さん達は神奈川の斎藤農場に住みこみ、アラ養鶏を学ばされたと当時の所長に聞かされたものだ。よく知らしめることは業界の責任でもある。


H 16 3 28 I、SHINOHARA.


後記
1月15日以来、昔の鶏飼いの心意気とばかり、その実、悪態をつき続けて、さぞ顰蹙を買っただろうが、今日の手記で一応終了させたい。これからは、鳥インフルエンザの強毒型の発生の他に、根本的対策を欠いたまま、去年以上にヒナの育成率が低下するような複合的慢性疾患が流行すると思われる。そして何れは政府行政も、病性鑑定の結果から、MPAIの存在、絡みを無視出来ず、むしろ豚と同様にH1N1,H3N2辺りのワクチンを使わざるを得なくなるだろうと大胆予測する。無論これ以上のH5の猖獗、H7の侵入を見ないで済むことが条件だが、幸いこのまま強毒型の続発をみなければ、消費者は安定して来るだろうが養鶏業にとっては問題の先送りに過ぎない。今のところ、一向に動いては呉れず、当てにもならない政府や学者たちへの働きかけも諦めることなく、現場の智恵も結集して、困難を乗り切って行くことを心から祈って居る。