鳥インフルエンザ問題の今後(192)



今後の予測はつかぬが宮崎県、岡山県の発生地周辺のブロイラー、鶏卵出荷に対するせめてもの処置は産地にとって有り難かった。國の《清浄国論》はあくまで建前主義である。しかしその建前が有ることで汚染国からの輸入もくい止められて生産者は保護されるし、消費者にも安心感を植え付ける。その代わり、一旦国内に病気が発生すれば、無いとされたものが出たのだから其の現場と周辺は酷いことになる。サルモネラでもそうだったが、その場になって実は普段から有ったんだよと云っても通用しない。通用しないことは分かるのだが、それにしても茨城の場合はひどかった。清浄国論の建前と実態の乖離を無視して、科学的と称してひたすら厳格にやられたら、生産地は保たない。善し悪しは別に政治的判断とか行政判断の落としどころがもともと必要な、日本独自の理屈なのだ。だから繰り返すが、あまり厳密に運用されると生産者も参って仕舞うし、消費者だって逆に不安に駆られることになる。

さて、EUが事実上清浄国でのワクチンを是認している今、日本は独自に、強毒株の侵入を隠して潜在的流行を起こしかねないということで、相変わらずワクチンを否認しているが、隣接国のどこを見ても、さまざまな弱毒株が浸潤しているのはもう事実だし、度々言う動研の資料からも現場とすれば我が国もまた同様であると認識せざるを得ない。もはやワクチン株だけがどうのこうのという環境ではない筈である。また公衆衛生上の懸念については馬、豚、それに人それぞれで特別危険性のないことは証明済みである。仮にH1,H3を除外して考えても、哺乳類の馬のH7N7ワクチンでさえも何の影響も無かったことを考えれば、鶏のそれを殊更問題にする理由はどこにもない。考えてみれば鶏を通り越して、人間用のワクチン1000万人分を準備するというのもおかしな話で、緊急どころか、またぞろ無駄使いにならねばいいが。

《笹山政策道場》の論争を鶏の現場から覗いてみる。
たまたま人間が鶏に接して、やられた形のいわゆるサイトカインストームでの症状はインフルエンザウイルスによる症状とは似ても似つかないという(感染研、田代部長)。鶏での攻撃試験の結果も潜伏期間もなくいきなりの全身症状であったり脳症脳炎であったりする。これが同じようにサイトカインがらみだとすれば、サイトカインとはリンパ系とそれ以外の種々の細胞から産生、放出される炎症や免疫応答に係わる液性因子のことだから、甚だ非科学的だが、いっそのこと液性免疫の関与を避けて局所粘膜の細胞免疫に頼ろうと画策したのが競合排除でもある。それにしてもH5N1株も度々の発症を経て次第に馴致するのは事実だろうし、もともとH5N1のすべてが鶏に対して強毒というわけではないのだから如何に仲良くするかという喜田さんの本音に沿って現場も試行錯誤を続けるのであるが、茨城のように発症もなしに焼け跡調査で引っ括られるのだけは御免こうむりたい。またそこでの調査で、結果的に少なくともウインドウレス鶏舎の優位性はなくなったと思われたのに、その事実は一向に浸透していない。公的報道、プロパガンダの強さを良い意味でも悪い意味でも痛感させられる。レッセフェールの問題は、むしろ実態からどんどんずれて来る《清浄国論》そのものに向けられるべきであるかも知れない。  

H 19 2 3. I,SHINOHARA.