鶏飼い時事(じじい)…『養鶏新生日本への道』



世間では報道などを真に受けて、鶏の処分も一段落ぐらいなことを云ってますが、その現場では苦行が続いています。今日も彼岸中というのに、焼却が行われそれに反対する周辺住民の抗議と作業員のノイローゼになりそうだとの声が伝えられて来ます。

茨城、埼玉の大量の鶏処分のお陰で人間の危機が免れたと本当に考える人が居るとは思えなかったのですが、当局や小委員会は少なくともそう考えてやったのでしょうし、国民も格別疑問に思わないようです。それどころか政府は日本人の安全の為にここまでやってくれる、と感謝する人達がマジョリティであることは事実らしく、世界の危機的状況をそっちのけで、あんなことにうつつを抜かして居ていいのかと呆れるのはほんの一握りの人達のようです。これもお国柄のようです。

インフルエンザも鳥インフルエンザも、人動物それぞれにとって、種が存在する限り、付き合っていかねばならぬ究極の病に間違いはなさそうです。世界が出来るだけ歩調を合わせて対策を考えるべきで独りよがりは慎まなければならないのははっきりしています。ただ国によって事情が大きく違うのには我々さえも心配します。鶏にワクチンを打ちたくても、ワクチン代がないとか政府が殺処分の補償も出来ないとか。人の治療薬が買えないとか。
いっそ日本は鶏なんか飼わないで、全部を困った国から輸入してあげたほうが良いとさえ思いますし、そのほうが大多数の民意にも沿うような気がします。

奢り高ぶっているのはわれわれ生産者も同じです。日本ではワクチンなんか、認可されればいくらでも使えます。本来、人間の食えない未利用資源を家畜の腹を通して、うまい肉や卵に変えるという畜産本来の意味を履き違えて、100%の安全性を追求する贅沢な手法で競争しています。世界が飢えたら日本も飢えるべきです。日々の報道に接しているとどうしてもニヒルな気分になって来ます。
日本人は、いまのところ食料もタミフルも、何一つ苦労しないで手に入ります。それだけ逆に日本人でいることが怖くなります。もうもとに戻れないでしょうし、この国がこのまま栄える方が不思議です。そろそろ第三次石油ショックでチリ紙の買い占めも始まりますか。

鶏のAIワクチン問題も、世界の三機関がそろって、向こう10年の目標でワクチンでコントロールしながらHPAIの突発を押さえ、清浄化に向けて努力すべきだとしているのですから、我が国も素直に従うべきです。ただ繰り返すように、中国の反日教育と同じで、清浄国論の旗のもと、反ワクチン教育をまるで国是のようにやって来た手前、その同じ学者達が、この段階で手のひらを返したように反対の方向に行く訳にはいかない。譬えは悪いが軍事大国日本が原爆を落とされ、一億玉砕の瀬戸際まで行かないとポツダム宣言は受け入れられなかったのと同じです。

われわれ鶏飼いはそれを察した上で、敗戦で焼け野原になった後の(A級OOはどうかな)新生日本の養鶏を考えるべきかなと思います。いえ、あくまで我々だけの問題です。

H 17 9 22. I,SHINOHARA.