『鳥インフルエンザ問題の今後(40)』



Virology誌に掲載されたDavid Suarezチームのレポートの中で、彼らは確かに1995年以来メキシコのワクチン接種された鶏の中でウイルスのmajor antigenic differencesが見られたと述べている。ただそれが危険な変異かもしれず、接種を始めた中国も同じ経過を辿るだろうとしたことと現実は大いに異なる。特に最近の国際会議では、そのようなワクチン危険論は陰を潜め、それを唱える喜田さん達は明らかに孤立している。喜田さん自身もそのレポートを利用しながら、それをナンセンスだとする矛盾に陥っている(後述)。

メキシコは1994年12月から翌年6月にかけて二つの州がH5N2HPAIに見舞われ、直ちにワクチン接種を開始、以後少なくともHPAIの発生は見ていない。ただ当時の主としてヨーロッパでの考え、即ちAIはすべからく家禽群の摘発淘汰によって絶滅させるべき(92/40/EC)との方針と合わず、EC方式を遵奉するわが国も清浄国論の旗を押し立て学者を総動員してメキシコのやりかたを非難し、今日まで来たわけである。我々現場での不満は壮大な国家プロジェクトによって、この10年間、公的にはLPAI一件のみの発症に封じ込めて人的被害も0のメキシコと目下散々な形の中国を同列に論じて失敗例だと片付けようとしている点である。

メキシコは10年間も同一ワクチンを使って、未だに根絶出来ずウイルスはその間大きく変異してウイルスはグヮテマラなど周囲の国まで汚染して風土病となっている。というスワレス等の非難を改めて取り上げて見よう。

日本でNDのワクチンを使い始めてもう40年近くになるのに、まだ根絶出来ない。アメリカでは新しい所謂ENDに対してワクチンが効かないのでやめようと云っているが、日本では最初から内蔵型だった。立派に効くしワクチンは未だに必需品だ。(但し無理解から接種率が落ちていて危険視されている)

AIVは抵抗勢力があれば変異するのは当たり前だ。あのスペイン風邪のH1N1だって連年のワクチン接種で当時より遥かにマイルド化されている。生ワクチンの効果のひとつは、このように無害な弱毒株を接種して強毒ウイルスと置換させホットハウスをクールハウスにすることである。

メキシコについて私も当ホームページ(XV)で、「私自身はメキシコのやりかたを支持します。学者はかの国は9年間もワクチンを使い続けて絶滅出来ず、その間ウイルスは大きく変異したと貶しますが、ウイルスの危険な変異はワクチンを徹底しない東南アジアのほうがひどく、この間、強毒型の発症を押さえ、2、3年で浄化するとする現実的でない目標を掲げ、姑息に対処する先進国より、究極の家禽疾病として真面目に捉えて努力するメキシコのほうが余程ましであると思います」と述べている。

この、不活化ワクチンが野外ウイルスを危険な方向に変異させないかという同じ質問に昨年9月の青森大会で当の喜田教授ははっきりナンセンスと答え、危険なのはあくまでサイレントエピデミックだとしている(当ホームページXIV参照)。そして静かな伝播はワクチンより寧ろ野外の未知をふくめた数知れぬウイルスによるほうが可能性は大きいことも論を待たない。

しかし人にとって一番の危険は中国や東南アジアに見られるように、激しく発症している家禽を含めた鳥類、もしくは不顕性感染でも10の6乗というようなウイルス量を排泄するガンカモ類に接触することである。通常、鶏は10の4乗位のウイルス量で発症するというからワクチン接種で発症していない鶏ははるかに少ないウイルス排泄量の筈である。

またメキシコを非難するさい必ずいわれるのがモニター鶏を使ったサーベイランスの不徹底である。しかし一方でLPAIのそれがうまく機能している国などどこにもない。もともといつも云うように自然環境を含めた監視など出来っこ無いからだ。カプアさんもモニターを農家が差し替えて仕舞うからうまく行かないなどと農家のせいにしたり、イタリア政府が理想論で長期間のワクチン使用は好ましくないとしながら実際は止められそうにない。ニューカッスルと同じである。止めればやられるに決まっている。

ひるがえって日本の現状はどうかといえば、現場で国の処置が良かったから昨冬のHPAIが広がらずに済んだなどとプロパガンダを信じている者など恐らく皆無だろう。では何故広がらなかったかについては、ここでも度々書いたが諸説紛々である。そして改めて国の処置が良かったとするのが一番無事で大人の考えだというところに帰結してはいる。

しかし今回のサーベイランスの結果如何に係わらず、改めてこの冬は危険だと大多数の養鶏場は感じているらしい。周辺国の状況をみればさもありなんである。

繰り返すように日本で人への鳥インフルエンザ感染をふせぐためには、取り敢えず急激な発症を防ぐことであり、その意味でメキシコがそのお手本である。逆に考えれば甚だ乱暴だが、一人の人的被害も出さず、実際のサーベイランスにかかるモニター鶏設置等に要する費用の何千分の一かのワクチンの直接費だけで、早く云えばND並の費用で、あれだけの実験を為し得たという評価も出来る。昨年6月15日の国際シンポジュームの時も云ったが中国、東南アジアとメキシコを同列に置くのは小沢さんも偏見に過ぎる。実際は鳥インフルエンザそのものによって鶏と人的被害を出すか出さないかが当面の一番の問題であり、パンデミックの危険は日本だけでの対策ではどうにもならないくらい 子供でも分かることである。日本発のパンデミックなど本音では誰も思っては居らず、ただ無為無策の言い訳にしているに過ぎない。

H,17 7 25. I,SHINOHARA