『鳥インフルエンザ問題の今後(]]])』



NHKテレビや表立った報道では早期に移動禁止を解除された養鶏場の安堵感が強調されるが、実際に飼育鶏を殺されたり、その作業をする人達の苦悩は察するに余りある。そしてそれが本当に公衆衛生上の効果があることなら仕方がないとしても実際には疑問視する声も多い。

OIEをはじめ世界の趨勢は明らかに鶏の虐殺に対する反省期に入っているとき、実際には出来もしない全国的なLPAIの監視などより、最も軽い形で発生した今度の事例を慎重に観察したほうがよほど効果的ではないかと思う程だ。確かに今回一件のウイルス分離は認められたが、殺処分そのものはAGP陽性の疑似患畜に対して行われたことになる。尤も初発の養鶏場でHIに比較して感度がにぶいとされるゲル内沈降反応で100%の陽性ということだから、そこでの処分は妥当かも知れないが、当該6件の養鶏場は狭い範囲にあって理屈の上からは疫学的に同一農場と解釈出来ても実際は水平感染があったものと理解するのが常識で、現状では一切が憶測の範囲ではあるものの1996年のH3N2の事例から見ても、覚悟としてはかなりの広がりを予想しなければならない筈で、その辺りを勘案すれば、矢張りかなりの慎重さが要求されたように思われる。

特に今回のH5N2亜型で連想されるのは1997〜8年のイタリアでのHPAI,1994年以来一貫しているメキシコ、それに1983年から84年にかけて大発生したアメリカの事例など、なにか手ごわそうな感じのする相手であるのに、たまたま今回は超弱毒の形の出現で、繰り返すようにLPAIはコントロールしてかかるのが世界の趨勢であるだけに水平感染が疑われる後続の5件については殺処分は避けた方がこれ以上の虐殺を防ぐ意味で賢明な選択になったのではないかとどうしても思ってしまう。

ただちょっと不思議に感じるのは業界団体の出方である(今日届いたFAXによる)。殺処分を受け入れるのであれば、ワクチン使用の早期の実現か、しっかり範囲を定めた補償を担保させるべきだと思う。もちろんその実現が大変なことは分からないことはない。しかし殺処分に係わる人達のためにも少なくとも声を上げて呉れるべきではないか。処理をしている人達の声を伝えるネット新聞の記事は決して偏向とは思えない、身につまされる感情である。

こんな、見方によっては暴挙を続ける結果、どうせ殺されるならと皆が隠してしまうようになれば、そのあげくHPAIになって噴き出すかも知れない。その結末を一方的に養鶏家に押し付けるのは酷である。そうならないことだけを祈りたい気持ちだ。

H 17 7 2 I,SHINOHARA