『鳥インフルエンザ問題の今後(]]W)』



鳥類と人間をふくめた哺乳類とでは構造が大分違うから、お互いの疾病で直ちに影響しあうものは少ないが、それでも生産物の安全を守る上と同時に、経営の安定の為に養鶏現場では昔から鶏の疾病対策を第一に考えて来た。だから研究機関や人間の医者との交流も多くなるのが当然だった。但し過去形である。

特に近年は採卵養鶏では一切の抗菌剤、抗生物質を使えず且つ鶏の経済寿命が始産後一年程度と短くなったことで病気に罹っても治療は一切行われず全て淘汰されるようになった。そのせいでワクチンの重要性は増すばかりである。その中で病気によっては一つの型しかなく一つのワクチンで事足りるものもあるが、気管支炎のようにいろいろな型があって単独のワクチンでは効果がなく、さりとて幾つもの型を併用すると互いに干渉しあって返って効果の薄れるものもある。そこで自場での体験を重ねながら脱感作や競合排除の方法、そして自場にあったワクチンの組み合わせや回数を模索することになる。そんな時、何らかの学術的な裏付けがほしいのだが日本の学者からは得られない。そこであれこれ模索するのだが複雑な免疫機構のことなど現場の手には負えない。B細胞による体液免疫、Igの作用、T細胞の細胞免疫など頭でっかちにはなっても概念くらいは持っていないと、例えば南中国でのH9N2とH5N1の絡み合いなど摘発障害と捉えられて居ても、現場にとっては重要な情報を見逃すことになる。それにミネソタ大のハルバーソンさんの論文にあるHもNも違う不活化ワクチンを使う例など分からないことが多すぎるし(シムズさんの話のなかにもある)、その上、特異、非特異免疫のことなどついこんがらがってしまう。

しかし実際講演会などで討論を聞く際なども、その中身くらいは分かるようにして置かないと話自体がつまらなくなる。例えば青森大会、島田さんがワクチンを打つことによるアンチゲニック・ドリフトの危険性についてカプアさんに訊ねたと云ったら喜田さんがクレイジーだと口をはさむ。危険なのはサイレント・エピデミックによる遺伝子再集合の形でのアンチゲニック・シフトだと舌を噛みそうな理解を要求されるし、それにしては民間のワクチン試験では、何のためだか分からない厳重な隔離が行われていること。喜田さんの口からH1,H3を除いた形の再集合だと説明されれば、人間も混合容器に成り得るとするウイルス学界の意見と違うじゃないか、と疑問が出て来たり、同じ喜田さんが北海道の自然養鶏の人達相手に、ウインドレスは耐性が出易いと云えば、冗談じゃない抗菌剤の使えないウインドレスで何で耐性が出来るのか、もう少し養鶏の実態を知って話をして貰いたいと注文をつけたくなったりもする。

しかし現場にとって一番必要なことは実際にどんなワクチネーションなどが、自分の環境に有効なのか判断することで、トリフルのような新しいものに対しては、また新しい現場の対策を自分で考える必要がある。それには協約上のH5,H7の差別でどうこうするのではなく、環境的に日本発のパンデミックの危険性は著しく低いものと計算した上で、すべての亜型を睨んだ家畜衛生面での有効な手段を模索すべきと考える。其の際、現行制度でのH5,H7のワクチンはモニター鶏が陽性になれば全群淘汰されるのだから、結局鶏を守ることにはならない。それにH5,H7以外は疑似患畜や、みなし疑似患畜として摘発、補償の対象から外されるとすれば、公衆衛生上の懸念からも、あまり意味のあることとは思われない。まあ喜田さん周辺で云われる、あまり亜型に左右されないワクチンが実際に開発されることも期待はしたいものだ。

しかしそれにしても清浄国の旗の下、下手をすればアジア各地に風土病的に住み着くおそれのある亜型が、将来的にも我が国ではワクチンをやってもモニター鶏によって摘発淘汰の対象になったままだとすれば、最近のように法定感染症そのものの同定を避ける動きが加速するのも仕方のないことだと思う。