『鳥インフルエンザ問題の今後(]\-U)』



いかに國が《清浄国論》を掲げようと人間も、野生を含めた豚の場合も、そして野鳥に限らず鶏に於ける過去の調査からも、ある種の亜型のそれぞれのインフルエンザが広く存在していることは情況証拠としては分かって居る。ただその実態が、例えば我が国の場合温暖期には人のインフルエンザウイルスは何処に隠れてしまうのか一つを取っても、よく分かって居ないという。だから常時ウイルスを保有する形の真の風土病でなくても、特定の亜型が出たり入ったりしているのも風土病化の形の一つに違いない。

その場合ワクチン株の有る無しに関係なく野外のウイルスは抗原連続変異を繰り返すだろうから、メキシコの例だけをとりあげて、その國が長期間同じワクチンで免疫して来たから(as so)the virus has mutated in a process called antigenic drift と殊更メキシコを非難するのは当たらないように思われる。むしろそのことが、より危険なAntigenic shift(抗原不連続変異)を防いで居る様子が南東アジアと比較して見て取れそうである。同じワクチンを使い続けてもantigenic driftしているウイルスに効果的で、相変わらず強毒型の発症を防いで居る事実に注目するほうが、より重要ではないのだろうか。

そして二言目にはサーベイランスとモニタリングの重要性が喧伝されるが、実際問題としての病気の発見はその発症(outbreak)に頼って居るのが現実で、だから研究者達はみな発症を防ぐワクチネーションに反対するのである。

確かにあれだけ広いしかも家畜衛生の面では後進国扱いを受けて居るメキシコの事例を先進国を自称する国々の研究者達が受け入れ難いのは分かる気もする。しかし、そんなことを言えば、イタリアのカプア博士の話のなかの試行錯誤(失礼)よりメキシコのガルシアさんの話のほうが聞いて居てまぎれがない。

事実イタリアの場合はH5N2のHPAI型発生に始まり、H7N1のLPAIからHPAI移行、その間隙をついてニューカッスルの発生、大淘汰を経てDIVAの技術を確立してH7N3ワクチンによる防圧に初めて成功、しかしその後ワクチン株と異なるH7N3の侵入を受けるなど波瀾万丈だが、その点メキシコのほうは首尾一貫して居る。しかし何と言っても一番悪いのは、実際にAntigenic shiftと疑われる変異を大量淘汰の繰り返しでノーワクチンのままもたらした南東アジアの例である。

我が国としては同じアジアに位置する国々の惨状を、その家畜衛生面の不備を理由に看過していて良い筈はない。もはや人道的にも一国の経済の面でも問題視される家禽の大量虐殺(slaughter)のかわりに有効なワクチネーションプログラムを一刻も早く取り入れるべきである。その際必要とされるモニタリングとサーベイランスはどうも完全とは言い難く、さりとてその辺で小田原評定を繰り返して居ては手遅れに成りかねず要は如何に家禽の発症を防ぎヒトへの直接的危険を避けるかにある。

猖獗を極める南東アジアはウイルス蔓延に適した乾季に入り、我が国もまたインフルエンザ発症時期の寒季を迎える。事ここに至れば猶予は許されない筈である。