2000/12/16~12/31

こんにちわ--kkk --12月16日(土)00時16分
こんにちわ 初めて書き込みします
ヤンの作品はおもしろいですね。
個人的なんですけれど、このBBSで、シュルレアリスムに関して
書いてあったので、このごろ、ひっかかっていることを書きます

ヤンの作品は「ヤン・シュワンクマイエル短編集」と「悦楽共犯者」しか
観ていないのですが、ヤンは、映画という媒体において、
シュルレアリスム的なんですかね?詳しく言うと、
映画のなかにでてくる、オブジェ(物体としての)は、シュルレアリスム的
だと思うんですけれど、話の筋のある媒体としての映画において、
シュルレアリスム(超現実主義)なんですかね?ヤンの作品は、非現実では
あると思うんですけれど、超現実ではあるのかなー。
非現実と超現実は共存する部分はあっても、どちらも互いに属さない
と思っています。映画において、シュルレアリストと聞くと、
やっぱり、ブニュエルやマン・レイを思い出します。彼らの作品は、
すばらしく、映画における、純粋なシュルレアリスムだと思いますが、
彼らの作品には、話の筋がありません。だから、実際、シュルレアリスムに関して、
興味がない人が観るのは、「なんじゃこりゃ」って感じになって、
厳しいんじゃないかと思っています。だから、筋のある、シュルレアリスムの形を
考えています。
 「悦楽共犯者」は、シュルレアリスム的ですか?エルンストの強迫観念的存在である
ロプロプや、ぼんやりとしか覚えてないんですが、初めのほうには、百頭女か慈善週間
のコラージュが出てきていたことから、シュルレアリスムに関係(エルンストに関係)
しているとは思いますが、オブジェではなく、筋としてはどうでしょうか?
登場人物が少しパラノイアっぽく、シュルレアリスム的ではあったりしますが、
全体的な筋とはいえないと思います。
 ヤンの作品に、シュルレアリスムと筋ということに関して、疑問を持った理由として、
ヤンの作品は、主観的だと思ったからです。ブルトンやエルンスト、などの
シュルレアリストたちは、シュルレアリスムを客観的とみなしていたと思います。
つまり、自分で作品の構造を考えるのではなく、
無意識という状態に自分をおく等(オートマティスム等によって)のことによって、
超現実になるのを観客として、自分が見た。それを作品にする。オブジェと聞くと
何か物体を思いますが、オブジェは、客体という意味です。そして、オブジェクティフは
客観的という意味です。エルンストが言うには、図版のXとYというものを、自分が主観的に
くっつけたのではなく、それらが結びつくのを観客のように見ていた。と言って、さらに、
美術作品というのは作家が創造するのではなくて、創造される何かに立ち会うのが作家である、
と続けています。映画における、シュルレアリストは、さきほど、ブニュエルとマン・レイを
挙げておきましたが、ブニュエル(「アンダルシアの犬」「黄金時代」)、
マン・レイ(「ヒトデ」など)、クレール(「幕間」)などの過去のシュルレアリストの
映画作品に筋がないのは、純粋に、客観になった結果だからではないでしょうか。
そう考えると、ヤンの作品は、おもしろいとか、おもしろくないとか、そういうのではなくて、
純粋なシュルレアリスムではないのかなと、思ってしまいます。どうでしょうか?

シュルレアリスムと話の筋ということに関して、ヤンについてでも、
他の人についてでもいいですから、みなさんの意見をおまちしています。

うーん。--ヌウカ --12月16日(土)00時39分
>ゆきさん
最近、私が気になって考えていることなのですが、
職人の手によるものは芸術ではないのでしょうか?
そもそも職人と芸術家の定義とは何でしょうか?

日本には芸術を客観的に評価できる文化がなかった。
職人と芸術家の存在定義の違いですかね?

(無題)--ゆき --12月16日(土)02時13分
>ヌウカさん
私の定義だと、人の周りにモノを作るのが職人さん。
人と人の間にあって、コミュニケーションの媒体となるものを作るのが芸術家。
一般的なレベルまで下げると、便利なものを作るのが職人さんで、不便だけどつい使ってしまうものを作るのは芸術家。(例外多数。)
江戸時代などのお抱え職人は、殿様の言ったアバウトなネタを形にしてくれる職人の中でもトップレベルな人でしたが、
たまに彼らが頼まれもしないのに作ったものが国宝として残っています。
かれらは、職人の技術で芸術品を作ったので、海外でもかなり違う評価で見られているものが多いです。
大体は職人さんも人間ですから味のあるものを作りますがそこは芸術家としての感性だと思っています。
例えばカギを作ったとして、防犯用の技巧を凝らしたものは職人の腕で、カギを権利の象徴のメタファーと考えて、
動作自体よりもそのコンテンツに意識を向けた意匠は人間的な芸でしょうね。

>KKKさん
知らない名前がいっぱい出てきてわからない事もあるのですが(割と人の名前をしらない)
でも、マン・レイとかが出てくる辺り勉強している人なんだなぁと感心してしまいました。
>美術作品というのは作家が創造するのではなくて、
>創造される何かに立ち会うのが作家である、と続けています。
それこそ客観的にみたときはそうですね。
たしかにヤンは超現実主義と思いますが、アニメーションの技法そのものではシュールな表現をしていないと思いますね。
作品としてはシュールですけど。
さっきのマン・レイ(丸い玉がダンスするように動いているだけのとか、
音にあわせて模様のようなのが映っているだけの実験映像みたいなのをいくつも作っている人。)とかのは、
アニメーションの技法自体を直接表現の実験にしていますよね。
これは、どこでその人の感覚を表現するかという問題だと思います。
人によっては、フィルム自体は既存のもので、映写の方法で表現したりするようなものじゃないでしょうか?
結局、私達は物理的な世界を見ていても感じるのは脳の中ですから、超現実的な世界は、物理的な現実世界ではなく、
脳の中で現実のものを扱われる世界の事ですよね。
外世界で起こった現象がどのように認知されるかを紐解くのが、書いている「図版のXとYというものを、
自分が主観的にくっつけたのではなく、それらが結びつくのを観客のように見ていた。」になるんだと思います。
違うかな?

(無題)--kkk --12月17日(日)00時17分
>ゆきさん
>結局、私達は物理的な世界を見ていても感じるのは脳の中ですから、超現実的な世界は、物理的な現実世界ではなく、
>脳の中で現実のものを扱われる世界の事ですよね。
>外世界で起こった現象がどのように認知されるかを紐解くのが、書いている「図版のXとYというものを、
>自分が主観的にくっつけたのではなく、それらが結びつくのを観客のように見ていた。」になるんだと思います。

確かにそうですよね。私も思います。現実世界での現象が脳の中で、超現実的になったものを
また、現実世界にオブジェなどとして、連れ出す。私もゆきさんと同じ考えです。

>人によっては、フィルム自体は既存のもので、映写の方法で表現したりするようなものじゃないでしょうか?

映写の方法で表現する人もいるんではないか、ということですが、映写の方法というのは
筋を頭で考えるということですから、完全に主観的ですよね。シュルレアリスムが掲げた
目標というか、狙いは、精神の解放によって、すばらしい作品を作るっていうことですから、
精神に規制がかけられない、無意識世界に傾いていった。
無意識や夢(どちらも、ジクムント・フロイトに影響される。「精神分析」「夢判断」など)
やオートマティスムなどは無意識世界というものに属するものですが、これは、意識的なもの
の限界を悟った結果であったものではないでしょうか?だから、映写の方法で表現するという、
完全に頭で考えたものは、シュルレアリスムの本質から、外れているのではないでしょうか?
夢なら、話の筋はあるでしょうけれども、ヤンくらいの作品の長さでは、すべて夢とか、無意識
の状態であった、という解釈は厳しい気がします。マン・レイの作品が、あのような実験的なもの
になったのは、何らかの無意識状態になった現象の、素直な結果であると、解釈が出来ます。
つまり、考えて、あのようなものになったのではなく、結果であるといような、考え方ができるということです。
意識的に無意識状態になったのは、当たり前でしょうけれど、少なくとも、ヤンよりは、マン・レイのほうが、
無意識的だと、解釈できるし、シュルレアリスムの本質に忠実であったのかなという気がします。
 しかし、ここまで書いてなんですが、無意識的とか、客観的であるのが、シュルレアリスムの本質かという疑問も、
私の中にあります。詳しく言うと、一般的なシュルレアリスムは、無意識とか、客観的というのが、
王道なんでしょうけれども、引っかかる画家がいます。マグリットです。
私はマグリットについては、あまりよく知りませんが、彼はシュルレアリストの画家の1人として
有名です。しかし、彼が言うには、彼は、超現実世界を、頭で考えに考えてから描くと言っていたようなんです。
これは、ブルトン的なシュルレアリスムとは、全く異なります。つまり、
マグリットがシュルレアリストである限り、シュルレリスムというのは、経過を問うものではなく、
結果的に超現実を表現していれば、シュルレアリスムに属するということになるのかなと
思ってしまいます。このへんは、どうなんでしょうか?このごろ、詰まっています。

みなさんの中には、不快になられた方もいらっしゃるかもしれませんが、そのことについて、
全面的に謝ります。私としては、ケンカを売るつもりは、全くございません。ただ、純粋な
疑問として、みなさんのご意見をお伺いしたいだけです。

では、長くなりましたが、ご意見をお待ちしています。

(無題)--ゆき --12月17日(日)10時42分
なんか、二人だけで書いていますね。
人のBBSでこういう事になるのも何かなぁとは思いますが(2chじゃあるまいし)、
突っ込み、わかんない?等他の人も書いて欲しいなぁ。
ともかく…、まずアニメーションってどんなに短い作品でも、実験は出来ても無意識には出来ませんよ。
計算の嵐です。数字ではなくニュアンスの調整としての。映画と違ってフィルムもただ回っているのではなく、
一コマ一コマ撮っていくためにはかなり意識的です。だからこの時点で無意識からの物とは言いにくいですね。不可能に近い。
どちらかというと、普通無意識でしか開放できない感覚を、人によっては意識的に開放出来る時もあるので、
そっちから作ったと考えた方がいいと思います。
私はよく人を混乱させるのですが、言葉を使っていても感覚的な考え方(言語行動を伴わない考え方)で
話すだけでもかなりシュールです。
何故なら私達は言語は共通のものだと思っていますし、その一つ一つの単語や文法の意味がわかれば
言葉は理解できると思っています。が、そうでもないからです。
上で書いてあるように、発想の飛躍、主観的な考え方等からの言葉では、幾ら言葉で説明しても中々理解できるものではありません。
何故なら飛躍の経路が言語上にないので説明が処理しきれないからです。本人には非常にシンプルな考え方なんですけどね。
こういった考えからでたコンセプトはすでに存在自体が半分、現実社会から薄れています。共通項が少ないですからね。
しかし、その薄れていく道筋が思考と合わさる人には、この上ない現実感を持つことが出来ます。
なぜなら一つの物なのに、現実世界と精神世界の両方にまたがって存在するのですから。
私はこれは立派なシュールレアリズムだと思いますが。
今日は疲れているのでもう寝ます。
まだ書き足りていないところが山の様にあるような気もしますが、また次回…。

行ってきました!!--なゆた --12月17日(日)22時29分
先日、ついに私も憧れのチェコに行ってまいりました。
おりしもクリスマス・シーズンで街中いたる所で、
クリスマス市をやっていたのが純日本人の私には新鮮でした。
本当に本当に綺麗で感動しました。
プラハがここまで繁栄できたのもオルブライトさんのおかげなんですよね。
やっぱアメリカ資本は強いなぁ。
いつかまた遊びに行きたいです!!
それと、アカネさん、情報ありがとうございました。

う〜む、何だか難しい話になっていますね(^-^;。
無意識とか超現実とか私は詳しくは分からないですが、
時代によって芸術も文化もコトバも変わって行くものですからねぇ・・・
なかなか定義するのは困難ですよね。
血を分け合った肉親でも100%理解することは不可能なんですから・・・・。

ところで、フランスにジェラール・ディマシオをという画家がいますが
彼は「自分はシュールレアリスムの画家ではなく、ヴィジョネールの画家だ。」
と言ってますが『ヴィジョネール』ってどういう定義なんでしょうか??

(無題)--kkk --12月18日(月)01時27分
まず、誤解されているようなので、説明しておきます。
アニメーションが無意識に出来ないのは当然です。
ただ、オートマティスム等の方法や、夢などによって、意識的に無意識状態になり、
無意識状態で起こった現象を覚えておくのは可能です。人によっては、空を飛ぶ夢を
見たことのある人もいるでしょう。それは、無意識世界でのことを覚えている一例です。
そして、無意識世界でのことを意識的にアニメーションやその他の映像で再現することも
可能です。無意識世界での現象は、自分が意識的な状態の時でも覚えているんですから。
確かに、1コマ1コマ、完全に再現するのはつらいかもしれませんが、シュルレアリスムで
大事であるのは、全体的な状況です。1コマ1コマを意識的にとるのは、当たり前ですが、
映画の全体的な構想が大事であるということです。オートマティスムと言っても、一般的では
ないですから、夢について話しますが、夢の中では、普段、想像もしなかった、おかしな出来事が
起こることはないですか?私は、たまにそういうことが起こります。友達も起こったことがあると
言っていました。これは、「夢判断」(フロイト)でも、私や私の友人だけが、特別ではないと言えるでしょう。
つまり、これは、無意識状態では、普段、考えなかった現象が起こることがある。
シュルレアリスムは精神の解放という状態を目指していたので、意識状態では、
考えられなかった、規制の取り払われた(精神が解放された)、無意識状態にこだわった。
私はこのことが、シュルレアリスムの本質的なものであると思っています。
 私が言いたかったのは、マン・レイの作品は、無意識状態で起こった現象を覚えておいて
(覚える方法は人それぞれですが、例えば、テープレコーダーにとる人もいれば、紙に書く人も
 いたようです。)、意識的にその現象の状況を作り上げるのではないでしょうか、ということ
であって、無意識のうちにアニメーションが出来上がっているということではありません。
 
 どうも、超現実主義(シュルレアリスム)の超現実(シュルレエル)の部分について、
定義上の差異があるような気がしてなりません。超現実というのは、現実を超えて、どこか、
非現実の世界であるというものではないのです。超現実の超は、強度を表すものであり、つまり、
現実の度合が強いということなんです。瀧口修造が、超現実主義の超は、超スピードの超に近いのではないか、
といっていたようです。超スピードというのは、スピードがないということではなくて、
ものすごく速い、つまり、スピードがあるということです。
 また、長くなりましたが、ご意見をお待ちしています。

僕が本で読んだところ・・・--アッキー --12月18日(月)09時15分
ヤンが言っているチェコのシュルレアリスムは
ダダイズムから発展したフランスのシュルレアリスムとは
またかなり違う根があると書いてあったんですが、そこんとこはどうなんでしょうか?
ちなみにチェコ・シュルレアリスムはポエティズムから発展したと・・・
これ以上はまだまだ勉強不足な故解りかねます。
全然的外れだったらごめんなさい。

また長いです。--ゆき --12月18日(月)11時07分
話は大体わかっていると思います。とうとう夢おじさんフロイトまで出てきてしまいましたね。(笑)
とりあえず、無意識と超現実の事を書かないと、荒らしているようなものですね。

無意識は心理学用語ですが、乱暴に言えば心の中の意識せずに機能しているところです。
生活のすべてを意識せずとも生活が出来ているのはこれのおかげですが、ようは自動制御なので、
感覚が負ける事もあります。

超現実とは、私たちがいる皮膚の外側の世界の事ではなく、それを感じたときの私たちの
とてもリアリスティックな感覚における現実です。これはオカルトでもなんでもありません。
意識にとっての事実はこの感覚上の現実のみです。何故なら外の世界で何が起こっていようと、
私たちは感覚器(五感覚の事)を通してしか知る事が出来ず、例えば感覚器が故障しようとも、
その故障を疑う方法が無いからです。←それをさら感じる感覚が無いから。
ですから、私たちにとっての現実は事実上意識にとっての現実となります。
実際に傷つくより痛い話の方が痛く感じるのは、痛みを超現実的に構成していると言えなくも無いです。
また、この実際よりも痛い感覚を表現として作るのが芸です。

あってるかな?kkkさんはこういうのに詳しそうだから、ミスは任せる事にしよう。(笑)

シュールレアリストに関わらず、全体を見ることが大事なのは当然ですし、
アニメーションの静止画自体も、アニメーションの本質では無いです。
しかしだからこそ前のコマとこれからのコマの違いを常に
「感覚的に」イメージをもって作り上げる事は意識的といえます。

例えば居合なんかだと、「切る」のではなく「切れる」のですが、どういうことか?
動作としては意識も入っていますが切ろうという「意」は自我には無いわけです。
これは無意識ですね。しかし「意」なくしては居合うことも出来ないわけです。

しかし、こうなると一般的にいわれる「無意識」という言葉はちょっと使いにくくなりますよね。
どちらかというと、「感覚的」といった方がいいかも。

フロイトが出てくるとそれは心理学の一分野の話になってくるのであまり突っ込む気はありませんが
(方向もそれるし、専門用語で他の人がついて来れなくなるから。勉強不足なのももちろん理由ですが。)、
同じく夢というのも扱いにくいものですね。
ちなみに私は夢というのは無意識下のロールプレイングゲームだと思っています。

>シュルレアリスムは精神の解放という状態を目指していたので、意識状態では、
>考えられなかった、規制の取り払われた(精神が解放された)、無意識状態にこだわった。
>私はこのことが、シュルレアリスムの本質的なものであると思っています。
芸術として正しい道だと思います。
でも、シュルレアリズムを使わなくとも開放は出来るので、これは一つの方法ですよね。実際は。

美術史もイギリスで習いましたが、興味が無かったので寝ていて殆ど覚えていません。
だって、自分の製作にはまったく役に立たなかったんだもん。

もう一つ--ゆき --12月18日(月)20時52分
>kkkさん
とりあえず、ヤンの話から色々と反れちゃったので、反れる心理学・哲学ネタはうちのBBSに隔離しませんか?

どうも、人のところで邪魔しているのが気がかりで…。
http://www10.u-page.so-net.ne.jp/kd5/ktsujita

・・・・。--ラスカル --12月19日(火)02時46分
色々議論が絶えない様ですが、ヤンの映画を観た人が
感じたままを受け止めればいいのだと思いませんか?
それとも、自分の意見を納得してもらわなければ、不満なのでしょうか?
何か言いきってしまっている部分もあるし・・・。
まあ、いいのですけどね。

なんだかすごいことに・・・--絵美 --12月19日(火)04時25分
久しぶりにきました。
色々な考えが書きこまれていることにびっくりしてしまいました。
しかもさかのぼってみたら、私のカキコからはじまってるよーな・・・?。
そうだとしたらごめんなさい〜、管理人様、皆様。
とにかく勉強不足を思い知らされるばかりです。
明日からこのことについてのテストなので、皆さんの考えを読ませて頂いていると、
結構迷宮に入り込んでしまいそうなんですが、色々と、目を開かれた感じです。

もう私はおバカなので、とにかくヤン思想が好きなだけです。
シュールなこと、映像に収めるということ、かわいい毒がでてくること、エロティックであること、
触覚の芸術であること、シュールなオブジェ、
そういうことを混ぜ合わせた、ヤン独自の思想が私は好きです。
影響を受けないことは不可能に近いし、確かに世界で初めのシュルレアリストがいたとして、
それを広めてしまったら、そうじゃない人がそれに魅せられて、
自分の解釈なりのシュールを表現し始めたとしても不思議ではぜんぜんないと思います。
だからヤンも魅せられて、惹かれて、それを集めた結果が今なのでしょうね。
生粋・では確かにないかもしれません。私もそのような気がします。
惹かれたり、自分から出てきたものをまぜあわせたりして、
シュルレアリスム風、ヤン思想ができたのかなー・・・とか、おもったりします。
関係なかったらごめんなさい。

おかえりなさい--アカネ --12月19日(火)18時52分
>なゆたさん
おかえりなさい!
プラハではかなりのハードスケジュールだったみたいですけど、コストニッツェもGAMBRAにも行けてよかったですね。
クリスマス市かぁ。やっぱりプラハは冬の方が似合ってるのかも知れませんねー。
あーまた行きたい。

みなさん失礼--ゆき --12月19日(火)21時41分
なんか、爆弾を置いてしまったようです。
シュールレアリズムの定義はモノを観て感じる感性とはべつの話なので、気にしないでください。
細かくまとめられないから、なるべくこう言った事は書かないようにしていたんだけど…。トホホ。
http://www10.u-page.so-net.ne.jp/kd5/ktsujita

すいません--kkk --12月21日(木)02時08分
みなさん すいません 
硬い分野で飛ばしすぎました 
すいませんでした

はじめて。--志乃 --12月21日(木)09時59分
チェコいきてー!あ、はい、志乃と申します。ど田舎に住んでるんで全くもって文化は遅れてる……
太宰と奈良美智サンぐらいだな、自慢できるのは。
シュワンクマイエルの本を読書感想文のテーマにしたんだけど(笑)。
硬い…つーのは違うっしょ?本気で語ってる場合は。私は好きだけど。
定義は定義そのものに価値があって、その真偽はあまり気にしてない。とくに、芸術の分野ではそうゆう要素がモロに出るでしょ。
一緒に『悦楽共犯者』とか『FOOD』とか観れる男が傍にいてくれれば私はそれでいいや。

ときどきお邪魔してよろしい?

ア・ハ・ハ--なゆた --12月22日(金)01時43分
はじめまして志乃さん。
>一緒に『悦楽共犯者』とか『FOOD』とか観れる男が
>傍にいてくれれば私はそれでいいや。
ア・ハ・ハ・ハ!!その気持わかります(笑)!!
意外といないんですよね。
人によって好みは違うから強要はしないけど、
いろんな人に観てもらいたいなぁ。

シュワンクマイエルまつり!--ほりうち --12月26日(火)11時42分
お久しぶりです。
1月末からユーロスペースでシュワンクマイエルまつりが
始まるらしいですよ!
「ほか」に何が来るのか楽しみです(^^)
【特集上映】
◆「シュワンクマイエルまつり」
1/27(土)〜ユーロスペース
上映作品『悦楽共犯者』『ファウスト』『アリス』ほか

彼女。--Eddie --12月28日(木)02時34分
>一緒に『悦楽共犯者』とか『FOOD』とか観れる男が
>傍にいてくれれば私はそれでいいや。
私は男ですけど昔彼女と『悦楽共犯者』見に行った事があります。
その彼女とはとっくの昔に別れてしまいましたけど...(笑)

それと別の彼女ですけど「ピンク・フラミンゴ」を一緒に見に行った事があります(笑)
そんなんばっかりですな......(苦笑)

ところでここのでBBSで「バミリオン・プレジャーナイト」というバラエティー番組を
見てらっしゃる方はいらっしゃるでしょうか?
あの番組はコンピューター、粘土、人形、ドローイング等のアート・アニメの宝庫でかなりハイレベルです。
内容はシュールでベタですけど(笑)
あっでも放送は先日終わっちゃったみたいですね...残念。

ああ観てました・・・--SIDE --12月28日(木)23時54分
>Eddieさん
僕も見てましたよ「バミリオン・プレジャーナイト」でも微妙な時間帯だったので
(確か12:20〜45でしたっけ?)見逃しがちで最近はご無沙汰だったんですが・・・
そうですか終わっちゃったんですか、残念。僕は「フーコンファミリー」がフェイバリットでした。
Eddieさんはどうですか?(ヤン関係ねえ!)

「バミリオン・プレジャーナイト」--Eddie --12月29日(金)03時33分
>SIDEさん
僕は「ミッドナイト・クッキング」や大坂弁しゃべるゾンビの母娘のコント?とか好きですね。
あっ全然アニメじゃないですね...ごめんなさい。
でもあの番組のCGのアニメ物は大概好きです。
最近ではセクハラの警察官のやつとか。

今度来年の2月にDVD出るみたいですね。
楽しみです。
本当にヤン関係ないっすね(笑)
でもお互いシュールという共通項があると言う事で....(笑)

クレイなど。--絵美 --12月29日(金)10時48分
いま、(今日はもうおわっちゃったんですケド)、BSであさ9:00〜、子供のために冬休みの特集で
アードマンなどのクレイメーションやかなりながい大作ストップモーションアニメ「魔法の指輪」を
連載してます。「魔法〜」は、毎日税金ととりたててる王様が狼のような形相になって、
光の精にからすにされたり。。。なかなか子供にはシビアな世の中の内容仕立てです。
今日やってたアードマンのはなんか可愛かったです☆

ポスター--CHIKA --12月30日(土)23時02分
さっきレン・コーポレーションのサイトを見て来ました。
来年上映されるヤンの短編映画のための一般公募してたポスター、
受賞者のお名前が発表されてました。
私も、恥ずかしながら応募したのですが、予想通りダメでした(^^;;
でも受賞された方、埼玉の方だそうで、
自分も埼玉に住んでるからそれだけでなんとなく嬉しい(ホントそれだけ)。
はやくどんなポスターか見てみたいです。
http://www.linkclub.or.jp/~kobori/

パペットアニメでSM--アダチ --12月31日(日)17時44分
こんにちは。
こないだ古本屋で変なビデオを買いました。
「羅生門・三蔵法師」というタイトルのビデオなんですけど、
人形のSMビデオなんです。なんじゃこりゃ、と思いましたけど、思わず買ってしまいました。
内容の方は芥川竜之介の「羅生門」をベースにしたSMと、「西遊記」に出てくる三蔵法師が変な魔女に捕まって
精気をすいとられるという分かりやすい話なんですけど、両方とも人形がすごかったです。といいますのも、なんとお腹が動くんです!
でも、クレジットは一切なくて、一体誰が監督なのか、人形は誰が作ってんのかさっぱりわかんない怪作であります。
でも日本で作られたことだけは確かなんです。
オープニングで「お姫様が下人に捕まり…云々」とナレーションが入ります。
見終わった後に妙な疲労感が残る変なビデオです。

来年も宜しくお願いします--七福神 --12月31日(日)20時28分
今年1年、いろいろとお世話になりました。来年1年間も仕事にプライベートに充実した
生活が贈られるよう、お祈りいたしております。ではまた来世紀でご会いましょう。

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