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2003年8月10日号

日本母親大会に参加して

2003年/第49回日本母親大会は8月2日、3日、二日間で1万7千人の参加のもと、竿燈まつりで有名な秋田市などで開催されました。小矢部市内参加者の内2名の方から報告を寄せていただきました。

変えることは可能  武器も戦争もない地球へ

一日目の全体会は「あきたスカイドーム」で開かれ、「平和こそ世界の願いー武器のない地球を子どもたちにー」と題する元東北母親大会全体会学院大学の川端純四郎さんの記念講演がありました。

川端さんは牧師の子どもとして育ち、大学へ進んだ1960年代は学生運動の盛んな時代だったが、関心がなく普通の学生として過ごし、その後ドイツへ留学。このドイツ留学の体験をもとにお話が進みました。

留学先で日本人らしき人に出会い、何度話しかけても知らんぷりをされた。日本人の先輩に話したら、彼は中国人だとわかったが、自分はお人好しだから無視されても挨拶を続けた。

するとある日突然、彼のほうから、「豆腐をごちそうするから」と招待された。彼のアパートへおそるおそる出かけ、ごちそうになり、帰るとき玄関先で、彼は手を強く握りしめて離さない。来たなと思ったとき、「私の家族は日本人に殺された。父も、母も、兄も、姉も。日本人を憎んでいる。このことは誰にもしゃべったことがなかった。話を聞いてくれてありがとう」と彼は礼を述べた。

私は胸を締め付けられる思いでその場を去ったといいます。その時は「私の父も、家族も、誰一人殺していない。私には関係ない」と自分の気持ちをごまかしていたそうです。

でも、「歴史を背負っていく若者たちは、関係ないではすまされない。日本のやってきたことは、いつまでも残っている」と考えるようになり、「その時から自分の人生は変わった」と話されました。

「いま、イラクへ自衛隊を出そうとしているが、絶対にさせてはならない」「戦争をしても何も残らない。二度と繰り返してはい絵手紙の分科会けない。世界あちこちで、平和運動が進み、少しずつ変わっていっている。日本も解散、総選挙で変えることは可能である」と熱っぽく話されました。

平和の大切さを強く訴えた良い講演でした。

(砂田幸子)

学校災害を防ぐためにも30人学級を

2日目私は、「ふえつづける学校災害」という分科会に出席しました。

少子化の中で児童・生徒が減り、通学日数も減っている中で学校災害が増え続けている現状が明らかにされました。

参加した教師や母親は、体験した子どものケガなどについて語るとともに、再発防止のために、学校施設の改善や子どもに目がゆきとどくように30人学級の必要性を確認しました。

また、これまでの住民運動の成果により学校行事などで熱中症を防ぐためのパンフレットがつくられ、今年配布されました。それを積極的に活用する必要があると思いました。

上田由美子



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