スガアマ’s でいりーらいふ

絵ヘタ、キャリア不足、
・・・欠点は多いけどそれでも負けねぇ!!
できるだけ多くの人に喜んで貰える漫画が描けるなら
(法とモラルに反しない限り)何だってやってやる!

あたしは・・・”情熱と執念の漫画描き”だァー!!!

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フレーム
2011年3月18日(金)
地震から1週間・・・

近頃スーパーではカップめんやら牛乳やら米やらが
売り切れ続出!パンが食べたくても売り場にない!

我が家では日頃からある程度
備蓄してたので慌てもしないし困りもしなかったけど、
癪なので自分でパンを焼いてみた。HB(ホームベーカリー)
がないので、朝早く起きて生地を醗酵させたり成形したり・・・
面倒ではあるが、焼いてる間、オーブンから漂う麦の香ばしい
香りに癒されるし、やはり焼きたてアツアツはめっちゃ旨い!

避難所では被災者同士力を合わせて辛い現況を乗り越え
ようとしている。なのにその一方では先行きに不安を感じてる
のか?買占め合戦が発生している。

電気もガスも水道も使える地域で何パニクってんだか
・・・恥ずかしい!

かくいう自分も、地震発生当時は何にも知らず、スキーしたり
温泉に浸かったり・・・アフォだ。

先日、旦那の携帯に、四倉のお祭り友達から連絡が入った。
地震発生から30分、間一髪で津波から逃れたという。
自宅は水浸し、勿論住める状態ではない。
おまけに例の原発が近くにあり、直ちに非難しなければ
ならない。ありきたりな励ましの言葉しかかけられないのが
悔しいと旦那が云っていた。

片品のほうでは、節電の影響でスキー場が今月末まで
営業停止、いつもお世話になってる民宿でもキャンセルが
相次ぎ、ここ数日はお休みしてるそうだ。そんな最中、
村長が福島から非難してきた方々を受け入れると云ったらしい。
しかも5、000人!片品の現在の人口とほぼ同じである。

実は・・・5月の第四日曜、片品では「アスパラ祭り」を
開催する予定だ。旬のアスパラを焼いて食べるなど、片品の
特産物を堪能できる。そこにいつもお世話になる民宿「たばこや」
の女将さん達が結成された「monkey ten」が地元に昔から
伝わるお菓子「ぶち」を作って販売するという。

スガアマも及ばずながらお手伝いに行くつもりだが、
ひょっとしたら福島の皆さんともお知り合いになれるかも
しれない。それはそれで嬉しいが、当人の立場で考えると
複雑な気分だ。

まだ半分を過ぎた辺りだが、3月は自分にとって
いろいろと忘れられない月になった。
隙あらば泣きたい!けど、泣いちゃいけない!
「Deepred・・・」の主人公同様、試練はこれからなんだ!

日本、自分、赤岩跳人・・・
復活目差して頑張ろうぜい!

と、いう訳で突然ですが、ここで「Deepred・・・」11巻の
ちょっとだけネタばらしいっちゃいます。

●序盤・・・跳人の様子を聞きにひな子が電話を
      かけてくるも、跳人は逃げのランニングへ・・・

●中盤・・・娘、ひな子に負い目を感じてるのではと
      疑ったコーチが、跳人の胸ぐらを掴む!

●終盤・・・結果が出せず半ば苛立ちを募らせる跳人、
      電話越しでひな子にウソをつく・・・?
      ウソをつかれたと確信したひな子は・・・?
      ひな子の行動に跳人は・・・?

特に後半、衝撃の結末が待ってると思います。
読んで下さった皆さん、跳人に感動してくださるとイイナ。

それと今回、「Deepred・・・」の制作において並々以上の
覚悟を決めた故、11巻の奥付にはこう書かせて貰います。

ノルディックスキーは近い将来、
世界で最も注目されるスポーツになります!

よっしゃ!11巻入稿したらドイツ語の勉強始めるゾ!

2011年3月14日(月)
日本って素晴らしい!

地震発生から3日半、東京に戻ったスガアマの周辺は
一見何の変哲もない風景だ。すぐ傍を走ってる電車の音が
あまり聞こえないし、近くにある会社へ通勤する社員の数も
少ないが、学校は普通通りに行われているらしく、指導員の
元、児童がランドセル背負って横断歩道を渡ったり、
中高生が学生服で自転車に乗ってフッ飛んでったりしている。

かくいう我が家族もほぼ、普段どおりの生活をしている。
旦那は会社へ、母は縫い物、自分は漫画を描いている。

が、一部のスーパーやコンビニの売り場には品物がない。
特に、飲み物やカップめんなどが売れているそうだ。
地震に遭い、慌てて食料や防災用品を買い求める人もいる
という。鉄道や陸路は所々寸断され、物流が滞り、
品物が入ってこない。ガソリンもない。電力もない。
・・・やはり非常事態なのだ!

国内最大級、未曾有の大震災、
にも関わらず、暴動や略奪の話を全く聞かない。
それどころか被災した者同士、お互い譲り合ったり分け与えたり
している。・・・なんて国だろう!!

こういった思いやりのある者が沢山住んでる日本、
・・・きっとまた、立ち直る!
そして以前よりもっと強くなる!

微力かもしれないけど、節電とか義援金とか、自分に
できることがあればなんでもする。だから絶対諦めたり
投げやりになっちゃ駄目だ、ガンバロ!!

2011年3月13日(日)
東北地方太平洋沖地震

3月11日午後2時46分頃、東北を中心に震度7(M9.0)の
巨大地震が発生しました。

当時、スガアマは取材を全て終え、妙高のスキー場内にある
レストランで遅めの昼食を摂っている最中でした。
ハンバーグを口にした時、大きな緩い揺れを感じましたが、
まさか、その時大地震が発生したとは思いもよらず・・・

気付いたのは夕方、旦那からのメールでした。
日帰り入浴を終え、施設内のテレビを見ると、被災された町
の信じられない光景が映し出されていました。
交通情報を見ると、首都圏に通じる高速は全て通行止め。
自宅にいる母に電話をしようにも通じない、不安になりながらも
皆んなの無事を祈りつつ、東京を目指しました。

首都圏に近づくにつれ、渋滞などで身動きがとれなくなると
思い、長野を走ってる間に食料の確保と車の燃料補給
を済ませ、腹ごしらえをしました。蕎麦を食べながら自宅の
母に電話すると、運よくかかり、皆無事だというのが分かって
ホッとしました。自分も無事帰って皆を安心させなければ・・・!

高速(上信越道)は佐久から通行止め、て事は、軽井沢から
峠越えしなければなりません。国道18号線、碓氷峠の暗い
クネクネ道を自分同様、帰宅難民と思われる車数台と
一緒に越えました。・・・高速の有り難味を感じました。


峠を越えてひとまずホッとするのもつかの間、横川、安中
にさしかかると辺りは真っ暗。原発の停止に伴い、停電が
発生していました。営業中なのか否か分からない真っ暗な
コンビニには車が多く止まっていて、信号の明かりが消えた
交差点には警察官が交通整理にあたっていました。

高崎から国道17号に入ると遂に大渋滞に突入しました。
深夜になると列を離れる車が続出、
国道に隣接するコンビニの駐車場は車やバスで溢れ、
店内のトイレには行列が・・・。かくいうスガアマも用を足し、
更に駐車場で一眠りしようと思ったのです。が、
近隣住民の迷惑になる為、アイドリングをかけたまま仮眠
できません。やっと電話の繋がった父から「無理せず寝ろよ」と
云われても、高速のPAや道の駅みたく、気軽に車を止めて
寝れる場所がない・・・!
仕方なく目が覚めるドリンクを飲んで再び渋滞の中へと
突入しました。

午後6時妙高を出て、到着は朝6時頃と思ってましたが、
時折県道を利用するなど、渋滞の波を避けて走ったので
朝3時30分に墨田へ着くことが出来ました。
途中、スーツ姿のサラリーマンが
今にも倒れそうな足取りで
家路に向かっているのを見て、非常事態なのだと改めて
思いました。


自宅に戻り、2階にあがると作業場の辺りは物が落ちて
スッチャカメッチャカになってましたが、破損は殆どなく、
机の上もすぐ片付きました。

以上、地震発生当日の様子を思いつくだけ述べてみました。
13日現在、自分を含め、実家の家族にも大きな被害
ありませんが、
被災された方々には心よりお見舞い
申し上げます。特に
旦那が毎年お祭りでお世話になってるいわき四倉の皆さん、

お役にたてず申し訳
ありませんが、自分も漫画を描く事で
応援させて頂きます。諦めずに頑張ってください。

そして今も尚、余震が続く長野県北部の皆さん、
お世話になったばかりなだけに心配ですが、どうかご無事で。
近いうちにまたお会いしましょう。



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