随筆集「続・そばの香り」

ま え が き

 

 私が『そばの香り』を初めて出版してから、既に二年の歳月がたった。本の出た当初は、それまで予想もしなかった大きな反

響に、身のすくむ思いをしたものである。又、拙著がとりもつ縁で、何人かのそば屋さんともお話する機会ができたことは、予

想外の収穫であった。そして気の早い人の中には、もう続編を期待して下さっている方もおられる。あり難いことである。

 この二年の間に、原稿の方は何とか次号を出せるくらい溜まってきた。

 以前テレビで見たあるお医者さんは、自費出版が趣味ということで、「溜まったものは出さないと体に悪いですから、溜まり

次第、次々に出します」と言っていた。だが私の場合、そう簡単にはいかない。錬金術という難関が控えているからである。な

にしろ一回出版する毎に、豪華な海外旅行を一回するほどの出費だから、たびたびとなると、わが家は破産してしまう。

 はやりの財テクなどというハイテクを駆使できるほどの才覚があればいいのだが、そんな才能は生まれつき持ちあわせず、せ

いぜい古めかしい錬金術を使うくらいが精一杯の私にとって、この難関をのり越えることは奇跡に等しかった。

 前回は歯の治療という名目で、会社から融資を受けることができたが、今回はその返済も終わらないうちに、次の錬金術を施

そうというのだから、並大抵のことではない。何度か、諦めるべきかと悩んだけれども、考えてみると、人間は死んでしまえば

土に戻って、あとには何も残らない。生きているうちに残せるものがあれば、少々の無理をしても残しておくことは、無駄なこ

とではないであろう。

 ひとりの人間がこの地上に生存する時間がつかの間なら、ヘたな錬金術のあと苦しむ時間はもっと一瞬である。そう考えるこ

とによって自分を励ましているうちに、その一念が天に通じたのか、錬金術が奇跡的に効を奏し、やっと本著が出版できる運び

となった。やはり物事は、一心に念じれば、自然に道がひらけるようである。

 

          昭和六十三年六月

畑野峻