セーヌ河畔のゴールドリング

 

 

 

 先月、娘の顔を見にパリに行ってきた。

 

 ある朝、食後の腹ごなしに、ひとりでセーヌ河畔の公園を散歩していた時のことである。公園

 

とはいえ歩いている人はほとんどなく、たまにぽつんとベンチに腰掛けている人がいる程度で、鼻歌

 

でも歌いたくなったその時、いつの間にか私のそばをひとりのでっぷりと太った女性が歩いていた。

 

この人も散歩しているのだなと思っていると、私より一歩前にでたとたん、おおっというような声

 

をだして地面から何かを拾いあげた。そして小さな拾得物を目の前にもってきて、

 

「オー、ゴールドリング!」と小声で叫んだ。

 

 パリには公園に金の指輪が落ちているのかと興味をしめして見ていると、その女性はその指輪を自分

 

の指にはめた。しかし自分の指には大きすぎたようで、私の方を向き、「ムッシュー」と言って、手を

 

出してみろという。偶然、その指輪は私の指にぴったりだった。

  

 するとその女性は、

 

「あんたは幸運だ。これはあんたの物だ」と言った。

 

 どうせ本物ではないだろうから、貰っておこうかと思っていると、

 

「ついては、食べ物とコーラのためのマーニがほしい」と言う。

 

「マーニ?」

 

「あんた、英語解るか」

 

「英語は解るけど、マーニが解らん」

 

「マーニやがな、マーニ」

 

 文脈からみてたぶんお金のことだろうと気づき、「マネーか」と聞くと、「そうだ」と言う。お金

 

をせびられたのである。しかし食べ物とコーラ代ならたいした額ではない。小銭でいいだろうと、

 

小銭入れから適当にコインをだして渡したら、喜ぶどころか小銭入れを覗き込んで、

 

「まだ二ユーロあるじゃないか」

 

 と催促する。そこまで言われるとこちらもちょっとムッとして、

 

「では、この指輪を返そう」

 

 と差し出すと、

 

「いや、それはあんたの物だ」

 

 と受け取らなかった。そしてあきらめたのか、

 

「メルシー、ムッシュー」

 

 と言って立ち去った。

 

 物乞いにしてもさすがパリで、手の込んだ芝居をするものである。後から思いかえしても不愉快

 

ではない。それどころか、今はたまたま円高の時期で、二ユーロなどたいした額ではないのだから、

 

意地をはることもなかったかとすこし後悔している。

                                                               (2009.04.02)