痛 み と つ き あ う

 

 若い頃から痛みにはかなり我慢づよい方だった。

 以前よく歯茎が退縮して神経が露出することがあり、歯医者に行くと、その度に麻酔もせずに露出した部分をドリルで削ら

れた。相当に痛かったけれども、声を出さずに我慢していたら、終ってから歯科医の方が感心していた。しかしこのたびの尿

管結石だけはかなり苦しんだ。

 腸にガスがたまって苦しいときなど、姿勢をかえたり、体操をしたりしていると、何かの拍子にガスが抜けて、とたんにす

っとすることがある。ところが今度の場合は、どんな姿勢をしようが、一向に効果がなく、痛みは増すばかりだった。それで、

腸閉塞を疑ったのである。

 それには、数日前に聞いた友人の言葉も影響している。

「クローン病って知ってますか。最近、親戚の子がおなかが痛くなって、最初は今年の風邪の症状かなと軽く考えていたんだ

けど、様子がおかしいので病院に行ったら、クローン病による腸閉塞だと言われて、すぐに手術しました。この病気は原因不

明の難病で、食道から大腸までの消化器のどこに発症するか解らず、今回はたまたま小腸に発症して腸閉塞になったようです」

と、怖い話をした。

 きっとその腸閉塞にちがいないと、あわてて近くのT病院にかけこんだが、あてがはずれて、病名は尿管結石だった。担当

のN先生は、

「この病気の痛さは私もよく知っていますから、いくら痛がっても、いくじなしとは言いません。女の人のお産以上だと言わ

れています。もうすでに二人生んだくらい苦しんだはずです。この痛さは市販の鎮痛剤や座薬では効きません。麻薬系の薬で

ないとだめです」

 と言って、まず腕に筋肉注射をした。そしてその効果は三十分ほどで現れたけれども、尿をどんどん出すために大量の点滴

をする必要があり、そのまま入院することになった。ところが鎮痛剤の効き目がきれた時点で、すでに痛みは治まっていたの

と、少々点滴してもすぐにその効果が現れるわけでもないので、翌日には一旦、退院することになった。

 その後は、毎朝、病院に寄って、点滴を一本してから出勤した。そしてしばらくは、腎臓が腫れていることによる右腰の重

苦しさはあったが、最初の痛みは忘れたように消えていた。ただ、入院したとき担当してくれた内科のS先生は、点滴をいく

らしても石が出る形跡がないのですこし心配になってきたのか、専門の泌尿器科のあるK病院への転院をすすめてくれた。

 つぎに痛みがやってきたのは、退院してから四日目の夜だった。深夜の一時半ころ、腹と腰の激痛で目がさめた。一旦、痛

み始めるともう寝てはいられないので、起きて下におりてゆき、とりあえず病院でもらった頓服を飲んだ。しかしこの頓服く

らいでは一向に痛みは治まらなかった。といって、こんな時間に病院に行けば、医者だってせっかく寝ているところを起こさ

れることになる。いくら職業とはいえ、気持ちよく寝ているところを起こされるのは気分のいいものではないだろう。朝にな

るまで我慢しようと決めた。

 しかし痛みを我慢しながら、朝までの数時間を何もせずに唸っているというのも、退屈である。それで、痛みをすこしでも

忘れるために、ふだん見たことのない、深夜から早朝にかけてのテレビの番組を見てみることにした。チャンネルはもちろん

私の勤める六チャンネルである。

 スイッチをいれると、なぜかアニメをやっていた。それも「やわらちゃん」を主人公にした女子柔道のアニメである。まっ

たく興味のない分野だが、少しでも気をそらさなければ朝まで時間がもたないので、我慢して見た。痛みを我慢しながらも、

主人公のやわらちゃんが、実物のやわらちゃんよりかなり美化して描かれているのが気になった。

 アニメのときは、画面に動きがあり、ストーリーもあるのでなんとか気がまぎれたけれども、その後の天気予報は、画面に

ほとんど動きがなく、音声は関係のない音楽が鳴りつづけているだけで、時間のたつのが遅かった。

 やっと夜明けが近くなった6時ころに、なぜか急に痛みがすっと消えてしまった。痛みさえなくなれば平常となんら変わら

ないので、病院に行くのはやめて、昼まで本格的に寝た。都合のいいことに、ちょうどその日は日曜日だった。午後は一応、

ふとんから起きだしたけれども、大事をとって、一日中ホットカーペットの上でごろごろしていた。

 そして夕方の六時前に、又痛みがはじまった。この時間ならまだ先生は起きているはずなので、あわててT病院に駆けつけ

た。当日の当直はO先生だった。先生は症状を聞いて、触診をしたのち、痛み止めの筋肉注射をし、ついでに点滴をしてくれ

た。しかし、点滴が終った時点でもまだ痛みが治まっていなかったので、注射をもう一本し、さらに座薬も入れた。

 本来ならすぐに再入院というところだが、その日はベッドのあきがなく、ひとまず家に帰ることになった。しかしO先生は、

夜中にまた痛くなって救急車で他の病院に運ばれることになった場合を想定して、紹介状を書いてくれた。そこには今までの

診断結果と治療経過、現在の病状と、まもなくK病院に転院する予定だということが書いてあった。なかなか行き届いた対応

である。

 だがその夜は無事だった。翌朝、早速まずT病院に寄って、S先生が書いてくれたK病院あての紹介状とレントゲン写真な

どを受けとり、その足でK病院にむかった。K病院は大病院なので、待ち時間がながい。待っている間に腹部のレントゲン撮

影と尿検査があり、そうこうしているうちに、又、しくしくと痛みだした。しかし今度は我慢できない程の痛みではなかった。

 三時間ほど待たされて、やっと診察室に通された。今度は泌尿器科専門の先生である。尿管結石の患者にも数多く当ってい

るにちがいない。その先生が私の持参したレントゲン写真を見るなり自信たっぷりに、

「尿管が完全に詰まっているわけではないので、これなら一、二年は放っておいても大丈夫です。様子を見て、つぎはひと月

後に来てください」

 と、いたって気楽なことを言った。気楽というよりすこし無責任にも聞こえたので、

「先生はそうおっしゃいますけど、ひっきりなしに襲ってくるこの痛みはどうなるのですか」

 と聞いてみると、またもや自信たっぷりにつぎのような答えがかえってきた。

「人間の体というのはそういつまでも激痛が持続するようにはできていません。ちゃんと順応して、痛みを感じなくなります。

ですから、薬は座薬だけすこし出しておきます。この程度の石なら、ビールを飲んで、痛みのないときに縄跳びでもしていた

ら、そのうち尿といっしょに排出されるはずですから、その時はできるだけ採集して持ってきてください。分析して、今後の

食生活のアドバイスをします」

 わざわざT病院から転院してきたのに、点滴も薬もなしである。これでいいのかと少々不安になるが、言われてみれば、さ

すが専門医、ふうんと納得するところもある。

 その後は、会社で仕事中や寝ているときなど、何度も痛みが襲ってきたけれども、その痛みはだんだん鈍くなり、座薬です

ぐにおさまった。しかしその座薬がわずか十錠しかなくて、これではすぐに無くなってしまわないかと心配したが、医者の言

うとおり数日でまったく痛みを感じなくなり、結局、四錠は使用せずに残った。

 痛みの発作が起きなくなって数日したころ、尿道のどこか奥のほうがすこしひりひりとしだした。ひょっとしたら軽い尿道

炎にでも罹ったかもしれないと思ったが、別に痛いわけではなく、むしろ痒いくらいなので放っておいた。

 もともとカフェインに敏感な体質で、夕方以降、コーヒーやお茶はもちろんカフェインのないものまで含めて、水分を一切

とらない生活を長年続けてきたことが、この結石の原因となったとも考えられるので、今回の発病以来、夜でも麦茶をたっぷ

り飲むようにした。そのため時折、朝方に小用に起きるようになった。

 尿道がひりひりしだして二日ほどしたある夜明け前、排尿している時に、一瞬、尿道を異物が通過した。あっという間ので

きごとだった。

 先生に採集してくるように言われた時は、どうせ石が出る時は、簡単には出ないだろうから、もしその気配があったら手で

受けても間に合うだろうと簡単に考えていたが、そんな余裕はまったくなかった。あわてて便器のなかを覗きこんだが、すで

にどこかに流れていった後で、現物を確認することもできなかった。

 その後は尿道のひりひりもぴたっと止まったので、原因は尿管を通過して膀胱に落ちた石が尿道に入る前に、入り口でしば

らく停滞していたためだったのだろう。

 おおげさな痛みで始まり、ほぼ半月にわたって苦しめられた結石だが、終りはなんともあっけない幕切れだった。これで多

分、一件落着と思われるが、病院で再検査してもらわないことには確信がもてない。しかし次の診察日までには、まだ三週間

もある。

 その三週間の間に、当然、痛みは一度もやってこず、右の腰から背中にかけての重苦しさもなくなった。レントゲン写真を

見た先生は、

「腎臓と尿管の腫れは影もかたちもなくなっていますが、何か出ましたか。そうですか。それならもう大丈夫です。ただ、こ

の病気は非常に再発しやすいですから、これからは意識的に水分をたくさん摂って、尿が濃くならないようにしてください。

とくに夏場はビールをよく飲むように注意してください」

 と、酒飲みなら跳びあがって喜びそうなことを言った。ただ、私はそれほど酒が飲める方ではない。とりあえずその晩、全

快祝いにビールで祝杯をあげた。

(2000.8.13)