氷  室  そ  ば  の  製  粉

 

 先日、NHKのドラマスペシャル「尾瀬に生き尾瀬に死す」を見た。親から子へ、子から孫へと何代にもわたって尾瀬の自然

を愛し、その美しさを守るために命をかけた人達の純粋な生き方を、美しい四季折々の尾瀬の風景をバックに、感動的に描いた

ものであった。ちょうどゴールデンウィークの最中だったので、子供達も一緒に夜更かしして、最後まで興味深く見た。

 その中で特に私の興味をひいたのは、女優の北林谷栄さん扮する山小屋の創設者の未亡人が、老婆となって、進行するドラマ

の背後で、毎晩のように石臼を挽く姿であった。あまり堂に入っているので、この人は小さい頃、実際にこういう環境に育った

のではないだろうかと思った程である。

 私もそば粉を取るために時々石臼を挽いているが、まだまだ様になっていないらしく、先日、いなかから遊びにきたお袋が、

私の臼を挽く姿をみて、自分が小さいころ見た経験を思い出しながら、私が一回転毎に穴に落としこむ玄そばの量が多すぎるの

ではないかとか、記憶に残っている臼を挽く姿は、もっとリズミカルで動きが美しかった、といった私にとっても興味深いこと

を教えてくれた。

 私は生まれてこのかた、人が実際に石臼を挽く姿を見たこともなく、又今となっては、そんなことを望むこともできない時代

になってしまったため、もっぱら本をたよりに勉強したので、経験者の助言はありがたい。

 ところで、現代のようなコンピュータ全盛の時代に、どうしてわざわざそんな古めかしい石臼を挽くかと言えば、おいしいそ

ばを食べたいという一念に尽きる。そば粉は非常に酸化しやすいもので、製粉した粉は何日も置けないことは言うまでもなく、

製粉する時もローラーのような機械を使用して熱を持ったものは、当然風味が落ちるのである。ところが石臼の場合は熱を発生

しないので、それだけ優れた粉がとれるのである。

 しかしいくら石臼が優れているといっても、今時どこの石材店に行っても石臼などは置いていない。頼んで作って貰うとなる

と、安い店でも六、七万円、高いところでは十五万円もする。一昔前まではどこの農家でも、石臼のひとつ位はあったものなの

で、どこかに安くころがっている筈だと思い、あちらこちらの古道具屋に電話して探し廻ったあげ句、伏見のある店に三つもこ

ろがっており、ひとつ五千円であることがわかった。

 早速かけつけてみたところが、古道具屋がひとつと言っていたのは、本来なら上下で一対でなければならない筈の石臼を、片

割れ毎にひとつ、ふたつと数えていたのである。結局電話で三つと言ったのは、石臼ひとつ半のことであった。

 当然値段もひとつ一万円となる。これでも挑えて作って貰うことを思えばはるかに安い。が、なぜそんな売り方をするのかと

聞いてみると、石臼としてセットで売れるとは考えられないので、庭の置き物として売るつもりだったと言った。しかし運良く

そのうちふたつは、もともと一対の石臼として揃ったものであったので、喜んで買って帰った。

 石臼の石と石とが擦りあう面には、放射伏に規則正しい模様が刻んであって、これによって入ってきた物を擦りつぶしなが

ら、外へ外へと押し出していくのであるが、この溝が摩滅していれば、目立てをやり直さなければならない。

 幸いこの臼は今のところ大丈夫のようであったが、そのうちには目立てをしなければならなくなるであろう。そこで念のため

に近くの石屋で聞いてみたら、臼さえ持って来ればいつでも目を立ててあげましょうと言ってくれたので、ひとまず安心した。

 早稲田大学の数学の先生で、そばの研究家としても有名な高瀬礼文先生が出された、「そばの本」という本によって私はそば

打ち入門したのであるが、その高瀬先生は臼の目立てを、同志社大学の石臼の権威である三輪先生に習って、自分で目立てされ

ているそうである。私もいずれはそうしたいと考えている。

 今のところ目立てはしなくても良いといっても、この臼には取っ手も回転軸も付いていないので、このままでは使いものにな

らない。ところが私は木工細工が大の苦手ときている。そこで、いつもそばの栽培をお願いしている、近所のご隠居さんに相談

してみたところ、すぐに山から樫の木を探してきて取りつけてくれた。取っ手には竹の筒がかぶっていて、いくら廻しても手に

まめができないように、至れり尽くせりの構造になっていた。

 これに感激して、ついでに臼から出てくる粉の受け皿になるようなものは作れないものかと相談したら、今度は、スーパーの

日用品売り場で、大き目のすし桶を買ってきて、横に粉を取り出すための穴をくり抜き、更に底は重い石臼が乗ってもびくとも

しないように補強してくれた。

 これでやっと石臼の方は万全になったが、次は粉をふるい分けるためのふるいを、何通りか用意しなければならない。たまた

ま誰かが十三(じゅうそう)の近くにふるい専門店があることを教えてくれたので、そこへ行って五ミリと四ミリとニミリの粗

目のふるいと、八十メッシュという細目のふるいを注文して作ってもらった。

 こんなに何種類ものふるいが必要なわけは、そばというものはどこまで挽いても、殻と実を完全に分離することができず、い

つまでも殻がつきまとうものなので、各段階毎に殻をふるい分けて除去するために、三種類の粗目のふるいを使い分けているの

である。又八十メッシュの細かいふるいは、各段階で出来た粉を取り出すために使うものである。

 普通最初にできた粉から順に花粉、一番粉、二番粉、三番粉と呼んでいる。花粉はカフンと読まずにハナコと読む。これは最

初に玄そばを砕くために、臼の軸にスペーサーをかませて荒挽きすると、その時早々に崩れて出てくる澱粉質ばかりの粉のこと

である。

 この粉は普通、別にしてそばを打つ時の打ち粉として使うのであるが、氷室そばの場合は勿体ないので、この粉から三番粉ま

でのすべてを混合してそばに打っている。そのために、打ち粉は別に坂本のY製粉からとり寄せたものを使っている。

 ーキロの玄そばを挽いて取れる粉の量が、五百グラムからせいぜい五百五十グラムである。四番粉まで挽けばもっと取れる

が、氷室そばは三番粉でやめている。一般に後になればなる程蛋白質が多くなり、色も黒くなる。

 一番粉などはほとんど澱粉で、そばに打っても真っ白な更科そばになる。色の黒い田舎そばも素朴でいいが、たまには更科そ

ばも上品な甘みがあっていいものである。氷室そばはその中間で、どちらかと言えば更科そばに近い味である。

 ところで更科粉というそば粉は、ねばり気がなく、水と小麦粉だけではそばとしてつながらないので、普通は湯ごねと言っ

て、そば粉の一部に熱湯をかけて素早くそばがきを作り、その糊でつなぐという方法をとるが、氷室そばもその方法で打ってい

る。

 こうして出来た氷室そばは、その瑞々しさといい、歯ごたえといい、他のどんなそばより優れているが、そばの栽培から製粉

までにかかった時間と労力を考えると、自分でも気が遠くなる程なのだから、あたり前といえばあたり前なのである。

 ーキロの玄そばを五時間かけて挽いて、得られるそば粉がわずか五百グラムに過ぎないという、こんな馬鹿げたことは利口な

現代人にはとても考えられない事だろうが、さいわい私は阿呆の食いしんぼうなので、ちっとも苦にせずにやっている。

 それどころか、うまいそばを食べるためには、人からどんなに変わっていると思われようと、この臼挽きだけはやめられない

のである。