実録・高瀬真理君結婚式祝辞
司会「ではひき続いて、新郎の世話はすべて自分がしてきたと言っております畑野峻さんに御祝辞をお願い致します」
畑野「新郎真理君の自称後見人を長年つとめてまいりました畑野でございます。本日は真理君、瑞恵さん、おめでとう。又御両
家の御両親、御親族の皆様、本日は誠におめでとうございます。私は後見人でありますから、この場を借りまして、新郎の優秀
さをあらためて実証してみようと思っている訳でありますが、そればかりになっても仲人さんの紹介と変わらなくなりますか
ら、後見人としてはむしろ、少々本人の耳の痛いことや、縁起でもない話の方に重点を置いてしゃべってみようと思います。
私は十五年ほど前から真理君の後見人をやっておりますが、十五年前といえば、新郎の父上の高瀬先生が現在の私と同じ年頃
でありまして、又私はといえば、今の真理君と同じ年頃で、ヘアスタイルも今とは相当連って、紅顔の美青年でありました。更
に真理君の方は、ちょうど我が家の真ん中の娘と同じ年頃で、一緒に散歩する時などは自分から手をつないできておりました。
その頃私は、現在の朝日放送に入社して間もない頃で、高瀬先生の所ヘバイオリンのレッスンに通っておりまして、独身の気楽
さから、住み込みの弟子のようなことをやっておりましたので、真理君の生活ぶりはつぶさに観察することができました。
その観察から申しますと、真理君は非常に熱心で、器用で、優秀であったと言うことができます。興味を持ったことに開して
は、全情熱を傾けて研究し、あっという間に大人顔負けの知識と技術を身につけてしまうのです。たとえば船、自動車、飛行機
といった乗り物がそうであります。又、天体観測やカメラなどもそうであります。ただその興味と情熱が学校の勉強の方に向か
なかったのはひとつの不思議であります。私も家庭教師がわりに何度か彼の勉強をみたことがありますが、英語や数学のように
日々の積み重ねが大事な課目は特にひどかったようであります。ところが中学校時代に一度だけ、英語の先生をびっくりさせた
ことがありました。どういうことかと言いますと、卒業試験も終わり、卒業までの残った時間で、小泉八雲の怪談の輪読をやる
ことになり、明日は真理君にその番が当たるという日になって私に、さっぱり解らないので何とかしてくれという相談がきて、
早速、私が解りやすい日本語に翻訳してやり、そのままをノートに書き取らせました。翌日学校に行って彼は、その通りに読み
上げたものですから、先生は彼の隠れた才能に、あらためて目を瞠ったという訳であります。
この話は、はからずも後見人の優秀さを実証してしまったようですので、今度は本当に彼の優秀さの方を実証してみようと思
います。というのは彼、高校を卒業しまして半年後にウィーンに留学することが決まり、急遽、私にドイツ語の特訓をしてくれ
という話になりまして、ほぼひと月ばかり特訓致しました。英語の基礎もできていない者が、わずかひと月ばかりの特訓を受け
ただけで現地に行った訳ですから、向こうに着いてからの本人の苦労は想像に絶するものがあったと思いますが、しかし今度
は、今までと違ってしっかり腹を括って取り組んだようであります。そのためこの難関も、持ち前の器用さであっという間に突
破してしまい、クリスティアン先生のレッスンの通訳は仰せつかるわ、アルバイトで日本人観光客のガイドまで勤まるようにな
ったのであります。
それと共にバイオリンの方もめきめき腕を上げ、見事留学の実を結び、今日こうして晴れの日を迎えられた訳でありまして、
これはもう誠にめでたいことであり、後見人としても喜びに堪えないところであります。めでたいのは確かにめでたいのです
が、ここにひとつだけ心配なことがあります。それは、真理君も弟の恵理也君も人一倍の情熱家でありまして、情熱を燃やし過
ぎして家まで燃やしかけたことが、今までどちらにもありました。本日の挙式によりまして情熱家が三人に増えた訳ですから、
益々その危険性が高まったと言わねばなりません。
大阪バロックの先輩の中には消防の専門家もおりますから、その節は伊藤さん、面倒をみてやって下さい。その他にも、大阪
バロックの先輩の中には各界の専門家がずらりと揃っています。騒音公害で問題が起きた場合は、騷音公害の専門家永吉さんが
おりますし、台風で屋根が飛んだような場合は、テント屋の井戸さんに相談したらよいでしょう。又テレビの映りの悪い時
は・・・これは私の所に来ても駄目で、NHKか最寄りの電器屋さんに言って下さい。
つまらない話になりましたので、この辺で終わります。本日はどうもおめでとうございました」
司会「有り難うございました。畑野さんは朝日放送に勤める技術屋さんで、事前の打ち合わせの時、私は数学や語学ならともか
く、しゃべることだけは苦手だと言っておりましたが、機械を相手の仕事とはいっても、やはり朝日放送の方で、間のとり方が
何ともいえず、私も勉強させて貰いました」
以上は先日の披露宴に於ける私の挨拶の部分を思い出しながら、できるだけ忠実に再現したものであるが、人には落ち着いて
見えても、当日の私はごちそうが何も喉を通らなかったのである。