ベ ー ム の 発 音

 

 今からちょうど十年前の一九七五年三月に、NHKの招きで来日した巨匠力−ル・べ−ムとウィーン・フィルのコンビが、

NHKホールで七夜にわたる演奏会を行った。十二年ぶりに来日したべ−ムは、すでに八十歳の高齢ながら、まだまだ元気であ

った。東京なので直接演奏会に行くことはできなかったが、NHKのテレビ中継で見ることができた。

 ある時たまたまテレビのスイッチを入れたら、ちょうど最終日の演奏会の最後の曲である、ヨハン・シュトラウスの「常動

曲」をやっているところであった。この曲は放っておくと永久に繰り返しが続いて、終わらないようになっている。

 その前の年の暮れにウィーンヘ旅行した時、運よく本場でウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを聞くことができた

が、その時のプログラムにもこの「常動曲」があって、そのときはバイオリンを片手に指揮をしていたウイリー・ボスコフスキ

ーが、適当な所でくるりと客席の方にふり向いて、いくらやってもきりがないからこの辺でやめますというようなことを、ドイ

ツ語で挨拶したのを思い出したので、べ−ムもそろそろふり返ってなにか言うはずだと、期待して待った。

 ところがいくら待ってもその気配がない。どうしたことかと不思議に思っていると、やっとこちらを向いてひと言「ツム・ア

テーモー」と言った。いやに短い挨拶だし、語感もドイツ語としては少し変なところもないではないが、確かにドイツ語であ

る。

「ツム」は「ツー・デム」の短縮形で、英語の「トゥー・ザ」(to the)に相当し、「・・ヘ」、「・・・まで」という意味で

ある。となると、「アテーモ」は「永久」とか「永遠」という意味の、男性か中性の名詞に違いない。さっそく独和辞典で調べ

てみたが、そんな単語は見あたらなかった。ついでに仏和と伊和辞典も調べてみたが、もちろん見つからなかった。

 あきらめかけた頃に、又偶然にも同じ番組の再放送に出くわしたので、今度こそはしっかり聞き取ってやろうと緊張して耳を

すましたが、やっぱりドイツ語の「ツム・アテーモ」であった。ただし今度は日本語の字幕がスーパーされて、「いつまでも」

と書いてあった。巨匠べ−ムはなれない日本語をドイツ語なまりでしゃべっていたのである。

 この話には更に後日談がある。日本をこよなく愛し、又多数の日本人に愛された巨匠力ール・べ−ムも、この六年後の一九八

一年八月十四日にこの世を去り、それからちょうど一年後に、カール・べ−ム付きの女性記者であった真鍋圭子氏によって「カ

ール・べ−ム」という本が出された。

 その本によると、NHKホールでの最終の演奏会の日、マイスターは「常動曲」の締めくくりの挨拶を何とか日本語でしたい

ということで、真鍋女史にローマ字で「いつまでも」と書いてもらったメモ用紙をポケットに大事にしまって、たえず出しては

ぶつぶつ練習していたそうだが、いざ本番に入って、そろそろという時になって、どこのポケットだか思い出せなくなった。目

の前で第二バイオリンの主席をしているヒューブナー教授がN響のコンサート・マスターを一年間つとめたこともあり、日本語

に詳しいので、そっと尋ねたけれども、彼の日本語の広範な語彙の中にも、不幸にもこの言葉は見当たらなかったようである。

やっとのことでポケットに紙切れを発見したべ−ムが、ホッとしてくるりと客席の方を向き、しゃべった言葉が「ツム・アテー

モ」というドイツ語であったのである。