あ い さ つ

 

 出勤の日は毎朝七時半に家を出て、駅まで四十分ばかり農道を歩いている。

 家から七、八分歩いたあたりの道端に、一年ちょっと前から一軒の小さな家が建って、老夫婦二人と一匹の真白い小犬が住ん

でいる。犬がかわいいので、いつもこちらから相手になっているが、向こうはちっとも相手にしてくれず、そっぽばかり向いて

いる。

 毎朝その時分には、老夫婦二人とも庭にでて何か用事をしているので、いつしかおばあちゃんと会釈を交わすようになり、そ

のうちにおじいちゃんとも声をだして挨拶するようになった。しかしそれ以上に話をすることはない。

 ちょうどその場へいつも決まったように、上下とも白のスポーツウエアでかため、痩身で眼鏡をかけた初老の紳士が、こちら

に向かって駆けて来る。この紳士とはもっと長いつき合いなので、気楽に笑顔で挨拶を交わしているが、こちらはジョギングな

みの速足だし、先方は駆け足なので、雑談をする暇はまったくない。にもかかわらず、ここのおじいちゃんは、走り去る紳士に

向かって大声で、今日は早いですなあなどと一言ふたこと話しかけることがある。

 走る紳士とは、ふつう一回、すれちがいざまに挨拶を交わすだけであるが、日によってはタイミングの具合で、三回も挨拶す

ることがある。というのは、まず最初の出会いで一回、次に私の団地まで走り着いた紳士が、そこで折り返して帰る際に、追い

越されるかたちで二回目の遭遇となり、最後に自分の団地をわざと迂回して引き返してきた時に、三度目の出会いとなる。こう

なるとお互いに、少し煩わしくないこともない。

 ここまでの出会いは、家を出てから十五分以内に終わってしまうが、この直後に三つ目の団地のそばを通る際、また次の人物

とすれちがう。

 この人物は小柄なずんぐり型で、顔もふっくらとした若いパパで、この団地からでて来たばかりである。すれちがうのである

から、進む方向は真反対、行き先もまったく関係ないようだがそうでもなく、このパパの行く先はここから歩いて十五分ばかり

の所にある片町線の始発駅「長尾」であり、私の行く先はここから二十五分先の、二つ目の駅「藤阪」である。目ざす電車も同

じようで、藤阪駅でその電車に乗り込んでみると、目の前にこのパパが座っていることがある。しかし、この場合はお互いに意

識はしていても、なぜか挨拶したことはない。