トゥビン
交響曲第3番、第4番、第5番

 トゥビン(トゥービン)?まだまだ聞き慣れない名でしょうか。

 バルト三国のひとつ、エストニア出身の20世紀の作曲家、(1905〜1982)。現代モノ?いえいえ、ショスタコーヴィチとほとんど同年代の北欧&ソ連の音楽です。調性感も感じられ、ここに掲げた交響曲なども、金管サウンドが高らかに鳴り渡り、弦の歌心あふれる旋律線なども魅力的で聴きやすいものだと思います。ウォルトンやヴォーン・ウィリアムスの作品などとの親近性も個人的には感じます。

 さて、北欧&ソ連・・・・というのがこのトゥービンを語る際に外せないと思うのですが、ロシア帝国時代に生を受け、第1次大戦後にロシアから独立したエストニア(フィンランドと同じ系統の民族)と共に育ち、エストニアの民族主義を標榜しつつ(バルトークなども研究しているようだ)、交響曲を軸に作曲を展開するも、第2次大戦・・・ソ連の侵略、さらに、ナチスドイツの侵略、さらにさらにソ連の再度の侵略を経て国の独立は失われ、彼は失意のうちにスウェーデンへと亡命、ソ連の崩壊、祖国の独立を見ぬままに世を去った悲運の作曲家。と言えるのではないでしょうか。

 その激動の戦争の只中から生まれたのが、この交響曲3曲・・・第3番(1940−42)、第4番「叙情」(1943/78改訂)、第5番(1946)。
 ショスタコーヴィチの戦争交響曲3部作(7〜9番)とほぼ時代的には重なります。が、その性格は随分違います。こう、トゥービンの3曲を並べたとき、私が思うのは、やはり第2次大戦との関連の深いヴォーン・ウィリアムスの4〜6番です。激しさに満ちた交響曲に挟まれて、明確な対照を成すしっとりとした美しい(戦時にありながらほとんど戦争とは無縁と思われるような)交響曲が存在するわけです。
 トゥービンの戦争交響曲3部作、「癒し」を求めるのなら当然真ん中の4番(まさしく「叙情」の副題そのもの。弦がしっとりと切ないメロディーを歌い上げる冒頭からして魅力的。)、楽天的な「元気」が欲しければ3番(作曲家曰く「英雄的」なる交響曲。第1楽章の終わりなどすごくカッコイイ。)、世の不条理に「怒り」をぶつけたければ5番(ニールセンの「不滅」、ウォルトンの1番と同じく、2人のティンパニ奏者を擁し、あなたの代わりに怒ってくれています)。
 同じくエストニアの指揮者、ネーメ・ヤルヴィによってBISレーベルから録音が出ていますが、その息子達もぼちぼちレコーディングし始めているようですし、エストニアのレーベルも只今全集録音の途中のようです。今後、少なくとも今以上には聴かれる交響曲となることでしょう・・・・なってほしいなあ。

 これらトゥービン作品については、当HP立ち上げ時より紹介をしようと思いつつも私の不勉強もあって躊躇している間にもう3年・・・YAHOOの検索で「トゥービン」と入れたら、どうどうと私のHPが出てきてしまい、それも「隠れ名曲」のトップページに「トゥービン」と書かれているだけで詳しい記事もなし、やたら恐縮してしまいました。ので、とりあえず記事を取り急ぎ書いてみた次第です。・・・また、落ちついたら詳しく書いてみたいネタですので、またしばらくお待ち下さい。

 これだけでも淋しいので、昨年の秋頃の「だぶん」コーナーの記事も以下に転載しておきます。奇しくもトゥービンへの興味は、一連の不幸な事件が引き金ではあったのですが、音楽自体すばらしいものですし、「戦争」を意識せずとも、一度自分の耳で、未だ知られざる国の知られざる作品、確かめてみてはいかがでしょう。
 なお、今年はトゥービン没後20年、来るべき2005年のトゥービン生誕100年に向けてのステップとなる年になれば良いのだけれど。また、なんと今年10月16日(水)に、トゥービンの3番の日本初演が広島であるとも聞きます(その他ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番など)・・・戦争の悲劇を乗り越える希望溢れる「英雄的交響曲」がヒロシマにて聞けるのであれば、素晴らしいことですね。

(2002.1.23 Ms)
一般的には「トゥビン」と表記されているようですので、タイトル部分のみ「トゥビン」に変更。その他追記も。(2002.3.17 Ms)


 早いもので今年もあと2ヶ月。まだ今年を総括するには早いけれど、結局、戦争の年・・・なのか・・・。気にはなっていたが、今年の日本、プロオケの異常なまでのショスタコ8番ブーム・・・・何か預言的ですらあって怖い恐い。戦争真っ只中に作曲された8番、7から9までの3曲のなかでもっとも戦争交響曲らしい内容だと私には感じられるのだが、今こそ、8番、全世界で聴くべき音楽なのか、とすら感じてしまう。

 戦争交響曲と言えば、私が最も鑑賞の際、気にしているテーマでもある。最近、よく聴いているのは、エストニアのトゥービンの、戦争交響曲三部作。3番から5番。これも壮絶な内容を聴かせている。是非、聴いて欲しい作品。第2次大戦、真っ只中の第4番「叙情」は、全く戦争を感じさせない美しさがかえって印象深い。戦争初期の第3番は、英雄的に意識し過ぎて、その後の結果を考えるなら(ソ連による併合、独ソ戦でドイツによる占領、さらにソ連による再占領)高らかな凱歌が逆に悲しい・・・・(ショスタコの7番はレニングラードが陥落せずソ連の勝利に終わったからこそ、まだあの誇大妄想的なフィナーレも、良かったねェ、と気楽に聴けるが、エストニアではそうもいかない。)。私のお気に入り、5番は、とにかく凄い。ティンパニ奏者2人の圧倒的な威力は、故郷エストニアがソ連に蹂躙され、スウェーデンに亡命したトゥービンの怒りが直截に表現されたものとして聞こえてしまうが、とにかく一聴の価値はあるだろう・・・・ただ、入手しやすいBISのヤルヴィ指揮、バンベルク響は演奏に難点あり(肝心なところでの金管の音程のまずさがガックリ。金管に華があるトゥービン作品、金管の出来が全体を大きく左右してしまう)・・・他の演奏を期待したいところではあるのだが・・・・。

 あと、ショスタコが、国家対国家の大戦争のなかで大規模な戦争交響曲を書き綴ったのとは対象的に、ナチスドイツに実質的に占領されたフランスでの、オネゲルの戦争交響曲三部作、2番から4番は、それこそ、2番の(国家同士の戦いとは違う)レジスタンス的なムードが緊張感も高く素晴らしい。
 その他、島国イギリスから、やや不安げにナチスの台頭を眺めるような、ウォルトンの1番、さらに冷ややかに遠くアメリカから戦争を映像として見、それに音楽をつけたストラヴィンスキーの「3楽章の交響曲」など、戦争にまつわる交響曲、いろいろ聴き比べるのも興味深い。でも、個人的には、それらの作品群の中では、ショスタコとトゥービンが最も、今の私の心には共鳴するようである。

(2001.11.2 Ms)
「だぶん」より転載。加筆。(2002.1.23 Ms)


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