ニールセン

序曲「ヘリオス」 作品17

 

 10年以上前、私がオーケストラ活動を始めた頃、まだ、ニールセン、と言っても「誰それ」という時代であった。しかし、サロネン、ブロムシュテットといった北欧の指揮者の台頭と共に、CDの発売、生演奏の機会が一気に増加したような気がする。私も、打楽器奏者故に、彼の4,5番の交響曲には早いうちから親しみ、気になる作曲家の一人となった。比較的、保守的な選曲だと思われる、この東海地区でも、1番の交響曲はたびたび演奏されるようになり、2番も一度だけ(名古屋市立大学のオケで)演奏された。

 さて、しかしながら、まだ我々にとって、ニールセンは「交響曲のみ」の作曲家として認識されているのではなかろうか。当然、6曲の交響曲は、そのユニークな存在価値、そして、ベートーヴェンの直系に連なる精神性の高さをもって、彼の創作の中心にあることは間違いない。が、彼にはまだまだ、知られざる膨大な作品が残されている。バレエ、オペラ、室内楽・・・・。我々の知らない名曲が眠っていることだろう。私も、只今、ニールセンの音楽世界を冒険中なのだが、やはり、オーケストラの人間である。まずは、管弦楽曲をここで紹介しよう。交響曲で彼への入門を果たした後なら、抵抗なく親しめるはずだ。

 いきなり、話は飛んで、昨年の夏の北欧旅行。
 音楽の友社のガイドブックの、デンマークの1ページ目、「ニールセンに<我ら平原の子ら>という歌曲があるが・・・・」と紹介が始まるのだが、日本から空路の長旅を終えて、コペンハーゲンの空港に到着する直前の光景は、まさにその「平原」の国そのものであった。起伏の無い、広々とした、見晴らしの良い、その光景を見て、彼の交響曲第3番「ひろがり」の第4楽章が、そして第5番第1楽章の後半、アダージョの開始部分が相次いで頭の中を巡っていた。
 彼の音楽の私なりのイメージとして、やはり、「平原の子」ならではの、「ひろがり」を随所に感じることができる。それを実感できたのだ。
 (ちなみに、そのコペンハーゲンで楽譜屋に立ち寄った私は、交響曲第3番と序曲「ヘリオス」のスコアを購入したのだった。)

 ここで、ようやく「ヘリオス」の話となる。
 交響曲第2番の完成後、1903年の春、ギリシャに旅行した彼が、明るい南国のムード、そして、蒼く広がるエーゲ海からの日の出に感激し、その太陽に因んで、この序曲「ヘリオス」を書き上げたという(独立した演奏会用序曲である)。この作品は、健康的な明るさと、見晴らしの良い、広々とした、気分爽快な雰囲気に満ちたものである。

 まず、アンダンテ、低弦の弱奏のロングトーンの上に、ホルンが何者かを呼ぶように各々シグナル音を発する(心地の良い不協和)
 混沌としながら転調を繰り返すうち音楽は高潮し始め、再びホルンが、そのシグナルを堂々たる旋律へと展開させ、気持ちの良い斉奏を聴かせる。
 そして、トランペットがファンファーレを高らかに吹奏し、主部アレグロへと移行、バイオリンが推進力を持ったはつらつとした第1主題を歌う。
(ただ、この部分少々速すぎる演奏が多いのではなかろうか。サロネンが筆頭。私のイメージでは、ロジェストベンスキー、デンマーク放響<シャンドス・レーベル>が、アレグロ・マ・ノン・トロッポの感じを出しており、私の好みだ。ただし、ニールセンの指定した演奏時間、12分を超えて14分かかる演奏にはなったが・・・)
 その後、展開的な部分を経て、チェロによる優しい第2主題的部分へ。その第2主題も金管によってたくましい姿で確保され、続いてニールセンお得意のフーガ的な展開を見せる(プレスト)。
 弦楽器による、華やかな軽やかな主題の応答の後、金管による主題の拡大を経て、アレグロ・マ・ノン・トロッポに速度を戻し、第1主題、第2主題を続けざまに再現させて壮大なクライマックスを築く。
 そして、そのクライマックスは徐々に減衰し(この辺の手法は、交響曲第3番の第4楽章、交響曲第4番の「不滅のテーマ」の提示の後などにも見られるもの)、序奏のテンポに戻ってホルンの主題が余韻のように流れる中、曲頭と同様、低弦のみを残して曲を閉じる。

 私自身、特に序奏から主部への移行が、とても快く感じられる。そして、その途中から現れるホルンの斉奏、これが「ひろがり」を感じさせ、さらには、前向きな、人間賛美をも感じさせる。彼の3〜5番の交響曲のそれぞれの結論として如実に現れる楽天性の萌芽をここに見出すこともできよう。

 同年生まれの同じく北欧のシベリウスが、優れた交響曲作家であると同時に、管弦楽作品も広く親しまれているのに比べ、ニールセンは、ようやく交響曲作家としての地位が固まってきたという時代的状況にある。もっと彼の管弦楽曲も聴かれて良いだろう。その中でも、「ヘリオス」は親しみやすいものとして、今後「名曲」としての地位を築いていくことを願っている。

 なお、このたび、7/10、この「ヘリオス」が生演奏で聴けるので大変楽しみな私です。詳しくはこちら(エルムの鐘交響楽団)へ。

 最後に、余談として、先程触れた、シャンドス・レーベルのCDは、彼の管弦楽作品集となっており、これまた「隠れた」名曲の発掘にもってこいだと思うので、私のお気に入りを数曲紹介します。
 最初の交響曲の構想が果たせず、第1楽章のみを独立した作品とした「交響的狂詩曲」(1889)は、もう既に彼のサウンド、節回しが聞こえて興味深いもの。後年の競技的3拍子の原点でもあろう。(シベリウス初期にも、同様に交響曲の構想が破棄された「序曲ホ長調」(1891)があるが、それよりは随分聴きやすいものだと感じた。)
 晩年の「フェロー島への幻想旅行」(1927)は、民謡、あるいは聖歌風なわかりやすい素材がユーモアあふれるコラージュ的な手法で料理された、アイブズをも想起させる楽しいもの。
 一転して、グリーグ、シベリウスといった北欧音楽の流れで欠かすことの出来ない弦楽オケのレパートリーとして「ボヘミアとデンマークの民謡によるパラフレーズ」(1928)は、北国の叙情をたっぷり堪能させる美しい佳曲。
 さあ、交響曲以外のニールセン、もっと聴いてみましょう。東海地区でも、アマオケの皆さん、どうですか?まずは「ヘリオス」薦めます。

(エルムの鐘交響楽団さんに触発されつつ 1999.6.20 Ms)
参考までにこちら(軽めにコラム)も。


ニールセン

オーボエとピアノのための幻想的小品 作品2

 

 私としては珍しく(このコーナー初かな)、室内楽作品を紹介いたしましょう。
 2年半も前になる、前記の「ヘリオス」の紹介をした頃に比べれば、ニールセンも実演でまずまず聴かれるようになりました。ただ、まだ交響曲に限って、という感じでしょうか?とりあえず、交響曲作品のみでもみなさん、ある程度聴いている事を前提としながら、今回は、ニールセンが自分の作風を確立するに至る過程で、私が、重要作と感じている、この幻想的小品、作品2についていろいろ書いてみたいと思います。

 まず、タイトルからわかるように、これは、前期ロマン派、さらにはシューマンの面影がちらつきます。管楽器とピアノという編成、そして、ソナタや組曲という古典的な形式ではない、前期ロマン派を特徴付ける性格的小品(キャラクターピース)、極めつけは「幻想的」なる名称などから、シューマンの影響下にこの作品はあると、外見からは判断されそうです。
 ニールセンの修行時代、デンマークは、ゲーゼ(ガーデとも言う。Gade)という長老が音楽界を仕切っていたようです。ゲヴァントハウスで、メンデルスゾーンの影響を受け、その地位を受け継いだほどの作曲家が、デンマークとプロイセンとの戦争を期に帰国、前期ロマン派的作風をデンマークに植えつけました。そんな師匠のもとで、当然、シューマンの作品も身近な存在であり、また作品の研究などもされたことでしょう。

 しかし、この作品、シューマン的なロマンティックなものを想像するなら、中身はやや異なると感じられるでしょう。シューマンに同じく、オーボエとピアノのための「三つのロマンス」という大変美しい作品がありますが、それに比べれば、調性の感覚も近代に近く、またリズムも鋭角的で、後年のニールセンを想像するに足る、素晴らしい作品で、かつ、ユーモラスな一面もあります。ここに、彼の個性はしっかりと聴き取れるはずです。

 ニールセンの作品リストからこの作品成立までの過程を追ってみましょう。
 作品番号で見るなら、先行する作品1は、有名な「小組曲」です。ただ、作品番号のみでは彼の作品の全貌が把握できないので、後に研究者が時代順に付けたFS番号で追ってみましょう。
 FS1から3は学習過程の習作など。FS4は弦楽四重奏曲ト短調(1887−88,のち改訂)。FS5が弦楽五重奏曲ト長調(1888)。
 そしてFS6が作品1の弦楽合奏による「小組曲」(1888)。続く、FS7は、管弦楽のための「交響的狂詩曲」(1888)、交響曲の第1楽章として構想されつつ、後続楽章のない独立した単一楽章の曲となりました。
 その次、FS8が、このオーボエの小品です(1889)。

 幼少よりバイオリンに親しんだ彼ですが、ピアノも見たこともないほどの田舎の出ということで、まずは軍楽隊に入隊。そして、首都コペンハーゲンへ出て作曲を勉強します。まずは、自らの楽器バイオリンを含んだ弦楽を中心とした室内楽作品を書き連ね、その集大成としての、室内楽ではない、多数の聴衆の存在を意識した交響的作品を志向する「小組曲」で、作曲家としての本格的デビューを飾ります。その勢いで、交響曲の野心が芽生えるも挫折。そこへ、このオーボエのための作品が来ます。そして、実際に交響曲第1番が完成するのは、1892年。FS16という番号です。
 私の今までの個人的感覚で言いますと、「小組曲」には、どうも違和感がありました。これがニールセンの作品なのか?
 作品1とは言え、彼らしさがどうも希薄、なんだか無個性な、優等生的な作品と感じられないか。弦楽合奏とはいえ、チャイコフスキー(セレナーデ)ほどの重厚さはないし、グリーグの弦楽作品に近いようで、でも、彼ほどの民俗色は特に感じられず、モーツァルトあたりの軽味すら感じるのです。どうも、古典の模倣、勉強の成果発表の程度に聞こえます(後年の彼の強烈なる個性を知る者には物足りないのは確かでしょう)。また、後の交響曲第1番に見られる、調性の自由な取り扱い(ト短調とハ長調の覇権争い、とか、ト短調の第1主題に対する変ニ長調の第2主題など)、にも程遠い感じで正統的な感じです。
 続く「交響的狂詩曲」になると、競技的3拍子的なリズム感が、後年の彼らしさを匂わせますが、まだまだ、調性、ハーモニーにおける、後年の「毒」らしきものがありません。
 それらに比べると、この作品2は、先に述べたように後年のニールセンを思わせる「毒」が漂うもので、「小組曲」から交響曲第1番への橋渡しを果たしうる重要な位置にあるといえそうです。

 この作品2に出会ってから、私の認識としては、「小組曲」さえも含めてFS7の「交響的狂詩曲」までが彼の習作時代、で、FS8の当該作品こそ、彼の彼たる個性を確立した第一歩の作品、と位置付けたいほどなのです。

 さて、作品の背景の話はこのあたりまでとしましょうか。
 この作品は「ロマンス」と「ユーモレスク」の2つの小品から成っていますが、「ロマンス」のオーボエの旋律の冒頭からして、すぐにト短調の固有の音から逸脱、B−A−As、という下降半音階がいい味出しています。このハーモニー感覚、後年のニールセンを知る人間には、ニヤリとするところでしょう。
 さらに、特筆すべきは、やはり、「ユーモレスク」。この滑稽さはヤミツキですよ。
 まず、晩年のフルート協奏曲の冒頭そっくりな衝撃的なパッセージで、せせこましくピアノが、ロマンスの雰囲気を壊す「ユーモレスク」の宣言。続く軽快なオーボエのテーマは何気に「燃えよ!ドラゴンズ」の旋律冒頭をなぞるような動きだったりするのですが、すぐにシャックリのような唐突な装飾音一発が、「タラッ」と鳴るや、やや切ない半音階的な緩やかな旋律に変化、しかし、それにチャチャいれるような、無調風なピアノの合いの手・・・・、と、ちぐはぐな音の運びが滑稽さを誘います。「小組曲」の真面目な学生風な面持ちは全くない、無邪気なユーモア満点な世界です。
 ここで強調すべきは、ニールセンの特徴、自由に拡大された調性感(無調への接近)も感じられますが、さらにわかりやすい点としては、装飾音の愛好が目立っている事でしょう。有名な交響曲第四番の冒頭を思い出しても「タラー」と装飾付き。交響曲第三番のフィナーレなど同様な装飾音だらけなテーマです。彼ならではの代表作の一つ、木管五重奏曲も、特徴的な装飾音が印象的です。これぞニールセンの語り口。こういった装飾音の取り扱いのユニークさ、得てしてユーモアを感じさせる事が多いようです。そして、さらにユーモレスクという音楽の性格にこそ、彼の彼らしさを感じ、彼らしさの原点をこの作品2の「ユーモレスク」に私は感じます。

 そう言えば、彼の多くの音楽の持つ性格の重要な一面として、「ユーモレスク」なる形容はふさわしくありませんか?
 作品名としても、続く作品3のピアノ曲「5つの小品」(1890)の第2曲も「ユーモレスク」、作品11はやはりピアノ曲で「ユーモレスク・バガテル」(1894−97)。中期以降も、オケ伴奏声楽曲の大作「フュン島の春」作品43(1921)も副題は「叙情的ユーモレスク」。そして、最後の交響曲、第6番「シンプル」(1924)の第2楽章もずばり「ユーモレスク」。
 「ユーモレスク」の系譜は、生涯を通じて彼の作品を貫いているというわけです。
 農民出身だからかどうかは知りませんが、貧しいながらも愛と自然に囲まれての幸福な幼年時代彼の自伝を是非読みたいものだ・・・)に培われたであろう、彼の健康的で楽天的な性格、そしてユーモア感覚、これが彼の作品を貫く一つの特徴だと考えられるでしょうし、また、その「ユーモレスク」な感性が、20世紀初頭の前衛(無調・ポリリズム・打楽器の大胆な使用など)をもユーモアとして受容し、風変わりな無調的作品ながらも、楽しささえ感じさせる晩年の作品群(交響曲第6番、フルート協奏曲、クラリネット協奏曲など)を生み出したと言えるかもしれません。

 また、彼の作品に良くみられる木管楽器への偏愛、これの原点としても、この作品2は位置付けられそうです。晩年の木管五重奏曲、協奏曲2曲を待つまでもなく、交響曲第四番の第2部の小編成アンサンブル、交響曲第五番のクラリネットの長大なソロなどなど・・・。いろいろあります。

 などなどと考えを巡らせるにつけ、この、初期の作品2の重要性を認識するのですが、それとともに、そんな小難しいことを思わずとも楽しい気分にさせてくれるこの音楽、私の思い切りオススメな「隠れ名曲」なわけです。是非、交響曲あたりからニールセンに興味持った皆様も体験してみてくださいませ。

 さて、その体験、この2002年2月、生演奏でコンサートホールにていかがでしょうか?
 ハンスイェルク・シェレンベルガーのオーボエリサイタル(ベルリン・フィルのソロ・オーボエ奏者)。ニールセンの作品2を初め、シューマン(ロベルト&クララ)、そしてブラームスの作品、そして、サンサーンスのソナタなど。公演予定は私の入手情報では以下のとおり。

2/21(木) 19:30〜 北九州市立響ホール
2/23(土) 15:00〜 フィリアホール(横浜・青葉台)
2/24(日) 14:00〜 トッパンホール(東京・文京区)

(2/18の名古屋公演では、残念な事にニールセンはなし。との情報を正式なルートより得ましたので訂正します・・・あぁ、なかなか生ニールセンにありつけないのが悲し過ぎ・・・)

まとまったニールセン関連記事、半年ぶりにようやく更新だ(2002.1.9 Ms)
コンサート情報の追加、及び加筆(2002.1.13 Ms)
コンサート情報訂正(2002.1.24 Ms)

 彼の自伝・・・「フューン島での幼少期」(1927)
 「あらゆる自叙伝の中で最も楽しい1冊で、そこでの表現の率直さや精神の自立にもまして素晴らしいのは、人間の性質に傾注していることである。それは彼の文中のみならず、彼の音楽にも見出される。」
 カール・ニールセン弦楽四重奏団による弦楽四重奏曲全集他のCD解説より

 是非読んでみたい。彼の音楽がどのような背景のもとで生まれたのかを解く鍵がそこにあるのではなかろうか?彼の作品系列に私が感じる「人間賛歌」的なムード、他の作曲家にはないスケールの大きさを感じる・・・(他に比較し得るのはベートーヴェンをおいて他にないくらいのもの)、これを生み出した背景を感じ取ることができるのではないか。
 
「愛の賛歌」FS21、「四つの気質」FS29、「滅ぼし得ざるもの」FS76と続く、人間の存在(それも悲観しない、肯定的な捉え方)と密接につながると思われる諸作品、さらには、標題性こそ皆無だが、交響曲第3番、第5番もまたそれらに近い雰囲気を感じさせるのだが、ニールセンの作品を貫く、聴衆である私を幸福にさせる、前向きにさせる、何かしらの力の秘密を考えてみたいのだ。

(2001.1.15 Ms) 


ニールセン

霧が晴れてゆく
(劇音楽「母」作品41より)

 オーボエとピアノの作品の後は、フルートとハープのための小品を一つ。実は、ニールセンの小品の中では有名な部類に入るらしいのだが、日本においてどれだけこの作品が浸透しているのだろう?少なくとも国内版CDには現時点、原曲のままの録音はないようです。ちなみに、リコーダーとギターによるCDは発売されており私は最近入手したところです。

 さて、2分半ほどの小品ながらも、ニールセンらしいハーモニー感覚、旋律線をもった、しっとりとした美しいフルート・ソロ。なぜ、こんな佳曲を世のフルート奏者達が見過ごしているのか私には理解できません。確かに他の管楽器に比べオリジナルなフルート作品は多いのかもしれませんが、バイオリン・ソロやピアノ・ソロの作品を編曲してレパートリー拡大を計るくらいなら、この純然たるフルート作品、もっと大事にしたいもの。

 ハ長調のゆったりとした3拍子系の音楽。私には、ちまたで人気の映画「千と千尋の・・・」のテーマソングとの雰囲気の近親性がとても微笑ましく思います。確かに旋律の動きは「千と千尋・・」のサビの部分とほぼ同じではあります。何かのきっかけさえあれば、大ブレイク間違いなし・・・。かな。最近流行りの美形女性フルート奏者たちがポップス系ばっかリリースせずに、こういうオリジナルにも目を向けてくれれば、この隠れ名曲も日の目を見て、絶対、有名なる名曲の座を勝ち得ると思いますがとうてい無理でしょうか・・・・。
 ハープのハ長調主和音の分散和音に始まるものの、途中ハ短調の主和音もさりげなく混じっていていかにもニールセンらしい和声感。その短調への揺れがどんどん旋律線にフラット系の音を誘発して、明るさの中に影を持ったなんとも言えない不思議さを感じさせつつ、ニールセンならではの世界を醸成しています。美しい、かわいい作品でありながら、全く安っぽく聞こえません。かと言って、小難しい現代音楽風な意味不明さは全く感じられません。この微妙なわかりやすさと複雑さのバランス、(彼の得意とした管楽器のための作品ということもあって)小品ながらもニールセンの代表作として挙げることに私は躊躇しません。

 もともとは劇音楽のなかの1曲。1920年。交響曲で言うなら、4番と5番の間。まさに作曲家としての絶頂にあった頃でしょう。劇は、第1次大戦の終結、ドイツの敗戦により、永らくドイツの支配にあった土地がデンマークに返還される際に上演されたもののようです。「信頼」と「希望」をキャラクターとして寓話化したものとCD解説などには書かれてありました。筋の詳細はわかりません。
 この劇音楽にはフルートをフューチャーした小品が他にも2曲あり、外盤ですがBISレーペル、ベルゲン木管五重奏団によるニールセン木管室内楽曲集CDに3曲まとめて収録されています。フルート奏者必聴でしょう。ちなみに、このCDにオーボエの幻想小曲集作品2始め、文句無しの名作、木管五重奏曲も収録されておりニールセンファン必携のアイテムの一つですよ、これは。
 さらに、デンマークのレーベル、Danacordから出ているニールセン歴史的録音集の第2巻、協奏曲・管弦楽曲・劇音楽のCDにも全部で8曲ほどこの劇音楽「母」からの作品が取り上げられており、デンマーク国民に親しまれているという劇中歌も楽しむことが出来ます。この中の1曲はデンマーク第2の国歌とも言われているとか。詳細はまだ不勉強につき申し訳ありません。

 この作品のタイトル、ですが、和訳は前述の国内盤リコーダー名曲集(デンマークの奏者、ミカラ・ペトリによるRCA RED SEAL BEST100のシリーズ)によっています。デンマーク語による原題は私は訳せませんが、英訳は、「The Fog is Lifting」。HPを検索するとこの曲のタイトルが、各個人のHPの中で、「霧が晴れそう」とか、逆に「霧が立ち込めている」などなどいろいろ出てきますが、この英訳を信頼するなら上記表記のとおりで良かろうと思います。(一部、英訳で「Mist rises」というのもありましたが、これを採用するとニュアンスが逆になりそうですが・・・・。)ただ、個人的には語呂がイマイチなので「霧は晴れゆく」なんて感じのほうがいいかなと感じます。

 さてさて、隠れている名曲だけにいろいろ情報も錯綜、タイトルの和訳すら定まっていない代物。唯一の国内CDも、歌曲からの編曲とあったり、サブタイトルが、〜フルートとハープのための「母親」より〜、などと書かれていて、おやおや?、と思わせます。まだまだ日本で定着するには時間がかかりそうですし、ひょっとして隠れたまま埋もれてしまう運命なのかもしれません・・・・そんな、とても、もったいない!!この「霧は晴れゆく」、是非とも紹介せねば、と思い立った次第、一度騙されたと思って聞く機会、演奏する機会を見つけてくだされば幸い。
 この名曲を隠している「霧」こそ晴れて欲しいな!!

(2002.2.17 Ms)
CDもいろいろ入手しましたのでこちらもどうぞ


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エスパンシーヴァ!ニールセン