大野の海岸から伊勢湾を望む。何枚かにわけて撮った写真を合成しています。(この写真は大きくなりません)
 宝蔵寺参拝の後、海岸に出る。休息をとるために。狭い路地を抜けると大きなお寺とリゾートマンションがある。対照的な景観である。浜には、海水浴の休憩所があるが今は閉鎖されている。観光客の一団がいる。
一段と高くなっている護岸に腰をかけて、おにぎりを食べる。わづかにせり出している堤防には3人の親子が釣りをしている。小学生の竿がしなる。つり上げた手のひらに入りそうなカサゴを父親が針からはずして海へ戻している。
 これからは、鉄道の路線から離れて山あいのコースになる。途中で動けなくなる予感から、今日はこれで打ち切りを決意する。
 名鉄大野町駅から帰宅。初めての挫折感をかみしめながら。
宝蔵寺護摩堂
宝蔵寺大師堂
宝蔵寺本堂
 68番札所 竜王山・宝蔵寺
         常滑市大野町3−30  真言宗智山派 本尊・千手観世音菩薩

 弘仁年間(810〜24)弘法大師の創建。文明年間(1469〜87)佐治為隆が宮山築城の時祈願所とした。天正12年(1584)宮山落城の時に二世覚賢が本尊を奉じて現地に移転とある。以来、火防大師として信仰を集めている。
 境内には荘厳な造りの本堂と護摩堂であろうか宝塔様式のお堂が建つ。
 68番の宝蔵寺は名鉄常滑線を挟んだ西側にある。分譲住宅であろうか、新しい家がならぶ路地を抜けて、線路をまたぐ袴道橋の階段をを上がる。昨日痛めた右足の裏が痛い、体調も何となくすっきりしない。階段を降りると、旧国道155号線である。真すぐ渡ると宝蔵時の参道がある。
           万歩計 1,160歩、0.8Km、所要時間 10分
三光院大師堂
三光院山門
 67番札所 松尾山・三光院
         常滑市小倉町5−80  時宗 本尊・阿弥陀如来

 名鉄常滑線の大野町駅の東に位置する、漆喰の塀に囲まれたこぢんまりとしたお寺である。
正和3年(1314)小倉山城主・一色道秀が鬼門よけとして建立、本尊に阿弥陀如来・聖観音、不動明王を安置したことにより三光院と称した、聖観音像は説に藤原中期の昨、常滑市指定文化財である、とある。
 時宗とは踊り念仏で有名な一編上人の流れを汲む宗派、と記憶している(間違ったらごめんなさい)。
尼僧の一団を引き連れ舞台で念仏を唱えながら踊る布教は、あるいは一種の興業ではなかったか、という記事がせんだって朝日新聞の日曜版に載っていたことを思い出す。
 納経所には”所用があって出かけています。朱印は自分でおしてください”とかの張り紙がある。100円を置きページを間違えないように確認をしておす。
 ここからは、農道を行くことになる。国道247号線をくぐるガードを通る。狭い町並みを抜けて三光院につく。境内に入ると、にぎやかな話し声が聞こえる。納経所の前に酸素吸入器を携えた老人と納経所の十代の青年が話しに花を咲かせている。
           万歩計 1,904歩、1.2Km、所要時間 20分
中之坊寺本堂
中之坊寺大師堂
 66番札所 八景山・中之坊寺
         常滑市金山字屋敷25  真言宗智山派

 往時は宮山城下にあって壮麗を誇ったが天正年間(1573〜92)兵火にあって消失、同19年(1591)六世法印が中興。その後再び荒廃したが、二十三世照吽法印が発願、霊場を巡る善男善女、地元の援助で大正11年(1922)現地に旧金蓮寺の本尊を遷して復興とある。寺宝に涅槃像、五大尊、十六善神、大般若経がある、とある。
 次の66番は常滑市の北端、知多市との境に位置する。地図では6.2kmとある。相持院から再び、国道247号線に出る。常滑市街地では片側2車線の立派な道路である。やがて、町並みをはずれると、両側には畠が広がる。このあたりは、10年前とあまり変わらない。緩やかな登りが続く。一段高いところに常滑東高校がある。この正門前の道路まで上がると、伊勢湾が一望に見渡せる絶景ポイントがあるが、このあたりから、足の状態が芳しくない。やはり、今日のウオーキングは無謀であったかもしれないとも思い始める。
 お城のある青海山を回り込むように国道から離れて中之坊寺につく。中之坊寺はため池を抱えた丘の上に立つ。この区間は、歩幅を65センチで計算すると8.9kmになる。所要時間は1時間15分であるから、こんなに歩いてはいない。歩幅が極端に落ちているようだ。45cmで計算する。

           万歩計 13,767歩、6.2Km、所要時間 1時間15分
相持院境内
相持院鐘楼
相持院本堂
相持院遠景
 65番札所 神護山・相持院
         常滑市千代ヶ丘4−66  曹洞宗 本尊・延命地蔵菩薩

 永禄3年(1560)開基、明治維新の廃仏毀釈により宝全寺に合併、跡地に学校ができる。明治36年(1903)静岡県榛原町の西光寺の寺号を譲り受けて復興。対象10年(1921)寺号を元の相持院と改称、太平洋戦争後現地に伽藍を移して再興とある。

 駐車場から境内に降りると、一段と高くなったところに重厚な本堂がある。鐘楼堂の梵鐘は知多半島では最大級といわれる。また、境内には如来像がオブジェよろしくならんでいるのが印象に残る。
 常滑の町は坂が多い。しかも狭い道が複雑に絡む。以前仕事で、来たときには目的の家へ向かって自動車を進めるがいくつかの角を曲がったところで行くも退くもできないに事態に陥ったことがある。
 大善院から坂を上る。民俗資料館を過ぎ、常滑東小学校を回り込んで掘り割りとなった市道上を渡る。尾根を回り込むように相持院を見る。イラスト地図では相持院の裏手にある墓地の駐車場から入るように記してある。参道は県道から急な階段を上がるようになっている。

           万歩計 2,091歩、1.1Km、所要時間 15分
大善院大師堂
大善院本堂
大善院参道
 63番札所 補陀落山・大善院
         常滑市奥条5−20  真言宗豊山派 本尊・十一面観世音菩薩

 寺伝には、御嶽三百坊の一院、養春上人が御嶽山より十一面観音を移して堂宇を建立、とある。その後常滑城の鬼門に当たることから寺の鎮守・牛頭天王社とともに常滑城の祈願所として栄えた、ともある。
 今は、本堂の修復工事中で屋根にはシートがかけられている。常滑市指定文化財の十一面観音像と十二天屏風などが注目されると、ある。
   ホームページが開設されています。  URL  http://www.medias.co.jp/~marudai/index.htm
 
 宝全寺を出て、東への道を歩く。緩い登りである。やがて道は広くなる。国道247号線バイパスが延びるまではこの道を南下、野間、内海へ向かっていた。”INUX”工場と、タイル博物館のあるところ。ボウリング場の脇をすぎる。営業をしているのか分からないが何となく寂れている。イラスト地図にある目印”大西クリーニング”はあまり目立たない。路地を入ると、大善院に突き当たる。
           万歩計1,256歩、.0.8Km、所要時間 10分
宝全寺大師堂
宝全寺本堂
宝全寺全景
 64番札所 世生山・宝全寺
         常滑市本町2−248  曹洞宗 本尊・十一面観世音菩薩

 旧市街地の中心に位置する、宝全寺は本堂の他に、観音堂、金比羅堂、地蔵堂、大師堂、秋葉堂などがある。明治維新後の廃仏希釈の中で、近隣の諸堂を移築したと言われる。時の住職は理にかなわぬことはたとえお上の命でも・・・、と反骨たくましい方であったようだ。雑然とした境内には”わらべ”のはしゃぐ声が聞こえてくるようだ。
 常滑(陶器の町岐阜県の多治見の陶器関連の職人の子として育った私、同じ陶器の町として”とこなべ”と発音されるのを聞いていた)の市街地を競艇場に向かって歩く。ようやく動き出した町、すがすがしい。やがて昨夜通った旧国道を南下、大落川に沿って東へ入る。法善寺は民家に埋もれるようにたたずんでいる。
           万歩計 1,740歩、1.1Km、所要時間 20分
 12月9日 年内にはなんとか区切りをつけたいものと、昨日のダメージは残るが悔しさもあっての出発となる。名鉄常滑線の本数は少ない。太田川までを急行に乗り、そこからは普通電車で常滑へ着く。7時45分。
 身支度を整えて7時50分出発。
名鉄常滑駅

新四国八十八カ所巡礼録8

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