マキリ -02 山仕事用マキリ(山刀?)

学生時代に長野県のアルバイト先で貰いました。
民宿で客が居ない時は、ただメシを食べるだけでは申し訳ないので、家中の包丁、鉈、鎌などを砥いでました。
「楽しそうに砥いでくれてるなぁ。あんたは刃物が好きじゃのぉ。そうだ、」
と、ご主人のシゲトさんが納戸の奥から探し出して「このマキリ上げる。」と渡してくれたのは、一尺三寸(約400mm)位の真っ黒けの棒状の、まるで短刀みたいな代物。

一応は遠慮したものの「まだ他にも有るし、錆付いてもう使う事も無いから遠慮するな。あんたらしくも無い」
それでは、と有り難くいただいたけれど、どれだけ錆が廻っているのか抜こうにもビクともしません。
取り敢えず、巻きつけてある紐を外して洗って、本体を雑巾で拭いても拭いても中々綺麗になりません。
やっと幾らか汚れが落ちると、傷みがはげしいものの、何だか味のある姿です。

マキリといえば魚の腹を裂いたり、ロープを切る間切包丁しか知らんかったんです。
へ〜、こういうのもマキリというのか・・・。
柄が短くて今までに見たことのない姿です。
それを言うと「あれっ、あんたが持ってるあの包丁もマキリというのか?!」と逆に不思議がられた。
海の無い山国の猟師と、南太平洋でマグロを追いかけてる漁師が似ても似つかん刃物を同じ名前で呼んでいるというのは不思議ですねぇ。

それは良いけれど、抜けないのには参りましたねぇ。
ためつすがめつしていると、シゲトさんが「鞘を割ってしまえばエエ」と乱暴な事を言うんですよ。
そう言われて見ると、杉のような材で作った鞘の合わせ目に所々隙間が開いています。
軽く叩くと細かい埃が出てきます。
巻いてある籐らしきものは、柄の方は大丈夫ですが、鞘は2箇所残っているだけで他の4箇所は痕跡だけ。
残った2ヶ所も何時ボロッと取れるかという風情です。

ボロ布を残った籐の上に巻いて、熱湯を掛けて囲炉裏で炙って蒸してから千枚通しで慎重に外します。
やっと籐を上手く外せて、さてこれからどう料理するか?
すると、横で眺めていたシゲトさんが「貸して見な」と言うから渡したんです。
アッと言う間もなく囲炉裏の縁にゴンと叩きつけました。
見事に鞘は真っ二つ、中から出てきたのは錆の塊。

鞘はシゲトさんの強行策で外れましたが、堅木で作ってある柄は一材ですから割ってしまったのでは後が困る。
鉈と金槌を持ち出したシゲトさんにお願いして、私なりのやり方で抜きに掛かりました。
といっても、目釘を抜いて、柄の刀身側に木切れを当てて軽く金槌で叩くだけなんですけどね。
「そんな事じゃ抜けんが」と横から手出しをしたくてたまらん様子。
これだけ古びてエエ味がついてる柄を、鉈でカチ割られては一大事でっせ。
柄と刃の境から微かに埃のようなものが出始めたかと思ったら、ジャリジャリッと抜けましたわ♪
幸い中子には刃ほど錆が廻ってなかったんですねぇ。

鞘の中にこびりついた錆と、クモの巣か虫の死骸みたいな何やら得体の知れん汚れを落としていると「そんな小汚い物は捨てまっしょう。木なら幾らもあるで、作ったほうが早いしキレイだで」
「折角やから、なるべくなら元の姿に戻したい」と言い張ると「なら、これを籐の代わりに使かやぁエエ」と何処からか、スズ竹を裂いて皮だけにしたのを持って来てくれました。
やっぱりエエ人ですねぇ。
しかしどうもあちこち痒いような気が・・・。

囲炉裏に掛かっている鉄瓶に、さっき外した籐と竹を小さく巻いて放り込んで柔らかくなるのを待つ間に刀身の診察。
薪で軽く叩いて錆を落としてみると、思ったほど深く食い込んだ錆は無さそうです。
両刃で鎬らしきものがついた刀身ではあるものの、切っ先までズルズルベッタリと刃がつながってます。
全体のゴツさといい、肉の厚さといい、荒削りで武骨。
これぞ野鍛治が打った刃物という感じを受けますねぇ。
峰は丸峰で、何を引っ叩いたのか傷だらけ。
刃渡りは短刀の定寸の九寸五分にほとんど近い。
短刀にしては無闇に肉が厚いし、平造りと違うしね。
ひょっとしたら、刀の折れたのを仕立て直したのかな?と思ったけれど、中子を見たところその気配はなし。
それにしてもゴツイ造りの中子ですなぁ。

荒砥石で砥ぐと、ヤヤッ!これは良い手ごたえ。
部分的に刃を付けてみたら、思いの外切れそう。
新聞紙を切ってみると、オ〜ッこれはエエがな!
ざっと砥いで、鞘の修復に掛かろうとしたら、シゲトさんが飯粒を潰して続飯(ソックイ)を作ってくれてました。
ソックイにチョットだけタバコの灰を混ぜるのは虫がつかん呪いやそうです。
キレイに中を掃除した鞘を、ヒモでギリギリ縛り上げて、柄を嵌め直した刀身を鞘に入れてみるとガスガスのガタガタ。

「やっぱり新しく作りまっしょう」
ここまで来といてそれは無いで・・・。
内側は見えんから手抜きで、唐松の薪を薄く削いだのを貼り付けてガタつきを調整です。
短刀のようにハバキが無いので、中々シックリとしません。
シゲトさんによれば、雨などに濡れて鞘が膨らんだ時に、片手で抜けないと急場の間に合わないから少しガタ目にしておかんとイカンそうです。
急場なんかに出食わしたくはありませんねぇ・・・。

「ほら、こんなに緩いのが本当っせ」と見本に持って来たマキリは親父さんとお祖父さんのだそうですが、コッチのはほとんど錆びてません。
保存状態も造りも遥かに立派ですが、柄の短い所といい、全体の感じは良く似ています。
「親父はこれは使ってなかったなぁ。ど〜してこんなのが何本も有るんだかなぁ?」
するとこれは一体誰が使ってたんでしょうね?

いっぱい木屑を作った末に、やっとシゲトさんの気に入った収まり具合になったので、ソックイで鞘を張り合わせて、籐の代わりの柔らかくなったスズ竹で巻き締めます。
元々付いていた籐もお湯で柔らかくして再利用できてめでたしめでたし。
「そんな古い籐は捨てて、全部竹にした方が丈夫・・・」という意見は却下。

「同じなら柄も鞘も新らしくすりゃぁキレイだがなぁ」とシゲトさんは今一納得出来ない様子です。
私は現役当時に近い姿に出来たので大満足、これでエエんですよ。
さてこのマキリ、何年ぐらい昔のものかは全く不明です。
家は文化元年の建物だそうですから、同じくらいの古さやろうか?

大阪に帰って、念を入れてちゃんと砥いで見ると、直刃(スグハ)の良い焼きが入っています。
紙を切ったり、手近な木切れを削ってためしたら、予想通りの良い切れ味。
ところが山で振り回すのは勿体無うて、結局一回も実用には使ってないんですわ。
熊と組討をするような機会は無いやろうし、万一有ってもそんな恐ろしい事はとてもや無いがようしません。
幸い本州はおとなしい月輪だけで強面のヒグマは居てないから、人間の気配を察して熊さんが先に逃げてくれるのを期待してます。
となると、主な用途の枝切や藪払いになるんですが、それには柄が短かくて、スナップが効かないから使いづらいように思いますねん。
おまけに、この形はあまりにも刀っぽ過ぎて、山の中でも持って歩くのは少々憚られまっせ。
町中で持ってたら間違いなく捕まるやろねぇ。

熊やアオジシ(カモシカ)を追っかけて、山の中を駆け回わる猟師にお供したであろうマキリも、今は浪速で楽隠居ですわ。

2004/04/14

マキリ-03 山仕事用マキリ(剣鉈)