戻る

.kogayuki.  短編フラッシュ27 (03年8月(夏休み) 9月(秋虫) 10月(連なるものがたり) 11月(My tribute) その他の短編など ダンボールネットmomo館「特集の広場」より)


未知の場所に眠る


 海の見えるところで寝てみたかった。

 久し振りに訪れた駅舎は新築され、大通りとは逆方向に広がる海が見えるようになっている。
 バスセンターのタウンページで、ホテルの場所を確かめ、行ったことのない港の方角に歩いてみる。
 小さな海産物の店が並び、漁港といった趣だ。
 予約の電話を入れてもよかったのだが、ホテルのたたずまいを見てから決めることにする。

 ふらりと中に入ってみると、思いのほかの新築で、フロントの対応もよかったので、そこに宿泊することにした。
 小さなシングルルームの窓を開けると、眼下には海。入り江になっているので、その向こうには、山沿いまで建っている家並みがあった。
 覗けるほどの距離でもなし、と、窓を開けたまま夜景を楽しみながら着替え、ベッドの上でくつろいだ。

 未知の場所に眠るのは。
 頭を空白にするための儀式のようなものだ。

 いつもとは違うクッションと、いつもとは違うシーツと枕で。
 ボルトで締め上げられた、頭蓋骨をゆるめてゆく。
 すると、カタチ作られていた骨格がバラバラになり。
 わたしというカタチが分解されたままで、ベッドの上に横たえられる。

 いつの頃から、こういう作業を必要とするようになったのか、わからない。
 わたしは、わたしというカタチが嫌いなわけでもない。

 それでも、わたしは分解され、未知の場所に横たえられる自分に、焦がれていたのだ。

 ずっと、言葉が追いつかなかった。
 車窓の風景のように、言葉は、さっと通り過ぎ。
 もう、それを追いかけることもなく。
 感じるだけで、何もかもが終わってしまう。

 骨組みが複雑になりすぎた。
 だから、それを、バラバラにして。
 遠くの波の音と、船の行き交う音を、おぼろげに聞きながら。
 わたしは、未知の場所でまどろみたかったのだ。



秋虫


 秋のカラダに 蠢く 虫
 
 ふつうの事象を
 さみしいとか
 むなしいとか
 なんとなく 切ないものとかに
 変えてしまう 虫
 
 きれいな球体に なって
 わたしの中に 浮かんでいる
 色とりどりの 事柄を
 内側から 食べていき
 カタチを みんな 歪めていき
 そうして 「理由」という言葉を 落としてゆく
 
 わたしのカラダを蝕む 虫
 
 理由なんて 何もいらないのに
 ただ あの人が いるだけで
 それだけで いいのに
 
 秋虫が 理由は? と 言うものだから
 理由なんて 考えないままに
 ただ 浮かんでいた
 恋という名の 球体に
 わたしは 泣きたく なってしまう
 
 秋虫が カラダに 蠢く 
 火星が 笑う
 月が 逃げる



猫が食べた言葉


 言えなかった言葉がずっと身体に残っている
 
 マンションのゴミ置き場の
 お腹を空かせた子猫に
 餌のようにそれをあげてみる
 
 子猫 わたしの 不発の言葉を むしゃむしゃ食べる
 少し 満たされたように
 まるい目が光り
 くれるものなら と 欲しがる
 
 もっと 
 もっと 食べさせてよ と
 まだ
 まだ あるよ
 言えなかった ほんとうが
 
 言葉に変わると
 すぐに 広がる
 絶望 という 枯れ草
 
 それを 抱きしめる こともできずに
 猫に 分け与え
 猫は 絶望を 咀嚼する
 
 だから わたしは絶望が足りない
 
 なのに それが 大切な栄養であるかのように
 猫は 
 おいしそうに
 満足そうに
 その目を細め
 お腹を満たし 今日を生き延び
 絶望を食べながら 大人になってゆく



ひまわり


 線路の向こうに、しおれたひまわりが見える。
 いい気味だ、と、わたしは思う。
 「ひまわりみたいに真っ直ぐに上を向いてて、いいね」
 って、昔、言われたことがあったからだ。
 その頃のわたしは、陸上の新人戦を目指していて、真っ黒に日焼けしていた。
 いい記録が出そうだ、と言われたけど。
 本戦では、別の選手に絡んでしまい、足を負傷した。
 それ以来、クラブには顔を出してない。
 早く学校から帰るとベッドに横になって、リップスライムとか聞いている。
 リップはいい。てきとーな怒りみたいものが、ファンキー、みたいな。
 ときどき、誰かが、わたしにせっきょーして。
 わたしは、しおれたひまわりみたいになる。
 茶色く色褪せた、ひまわり。
 わたしはしおれてても、ぜんぜん気分は変わらないんだけど。
 この年のひまわりは、いつも上を向いてなきゃいけないらしい。
 だけど、上を向く方法は、もう、忘れた。
 美術で使う彫刻刀を、ゆっくりと手首に当ててみる。
 蒼い血管が、うっすら見える。
 そこに当てて、切ってみるとどうなるんだろう・・・
 脈拍がどんどん上がって、わたしはわたしの死を思う。
 そういうのを、リスカって言うんだって、何かの本で読んだ。
 みんな、おんなじこと考えつくんだなー。
 
 もともと死ぬ勇気なんてないのだし・・・
 何を考えてるの、て言われても、何も考えたくないだけだし。
 ああ、電車から見える、秋の空って、すごく高いんだなー。
 高くて淀みのない空には、しおれたひまわりがよく似合うと思う。
 絶望なんてしてない。
 ただ、下向いて、しおれていたいだけだ。
 カラカラになった花びらのあいだにある。
 茶色い種を。
 わたしは両手で弄んでいたいだけ。



なんども生きよう


 これまで 何度も死んでいった
 きみに届かない言葉を 抱えて眠り
 夜の暗さに 凍死した
 
 同じ 微熱にうかされていた
 あの頃 なのに
 
 いつか きみの 熱は冷め
 わたしの熱は 孤独に冷える
 
 きみの言葉は
 わたしを 生きさせはしない
 
 そもそも きみだけが
 わたしの 生きる糧ではないわけなのだと
 
 今は 噛み含むように
 繰り返し
  
 そのことを 抱きしめ抱きしめ
 自分の 身体に入れてゆく
 
 三日月が 空に ある
 完璧な つくりものみたいに
 
 そうして 星も 風も 揺れる大地も
 今宵見るもの みな 美しい
 
 生きてゆくために
 この世界は
 ここに ある
 
 なんども 生きよう
 絶望に死ぬ日があったとしても
 
 なんども 生きよう
 きっと きみも
 わたしの 言葉に死ぬ日があっても
 そうやって 生き続けるだろうから
 
 繋がらない言葉も
 おのおのに
 そうやって 生き続けてゆけるのだから



みっつめのチェリー


 「何が一番感じるの?」 と尋ねられ。
 「その声に」と答えた、春の日の予感に満ちた日差し。
  
 おだやかな声音の予感は、幾度も叶えられたから。
 それは、いつまでも続く決まり事のように思えてた。
  
 あなたの声はずるい。
 あなたの声はずるい。
  
 切らしたクスリを欲しがるみたいに。
 何度もその声を、探し続けていくわたしは。
  
 もう、シュークリームを半分ずつにするみたいに。
 何かを分けてあげることもできなくなっていた。
  
 その声だけで生きていけると思ってたから。
 それが狂気の糸口になるなんて、思いもしなかった。
  
 さくらは、花びらを散らせ。
 わたしは、戻るべき場所を忘れてゆく。
  
 分かちたかった、本の中身や音楽の好みや、
 とっても微妙な考え方などが。
 たくさん詰まっていて、分け与えられたわたしの場所。
 そんな居場所を忘れて、あなたのドアを叩き続けるのに。
  
 あなたの声はずるい。
 あなたの声はずるい。
  
 「ダメだよ、そんなふうになっちゃ。あるべき場所に戻れよ」と。
 わたしの一番感じる声で、言うものだから。
  
 わたしは、押し返すこともできずに、うなづき戻るけど。
 帰り道は、枯れた木枝がささくれだっているだけで。
  
 永遠に続くと思っていた、春の日差しは、もう、そこにない。



世界にひとつだけの花


 木造バラックの 
 すきま風といっしょに 星が見えそうな壁を見ながら
 おれは 膝を抱えている
 
 背中を丸めても 肩に手を回しても
 身体の震えが 止まらない
 
 ケバだった畳を汚す
 薄い コーヒーの染み
 そこに おまえが いた あかし
 
 あの日 映りの悪いテレビから
 スマップの歌が流れだして
 「そうそう、これっていいよねえ」
 そう言いながら 動きを止めて
 それから
 もいちど おれの上で 揺れ続けた
 おまえ
 
 そのとき はじめて
 「ひとつだけの花」になれたような気がしたんだ
 
 開けっ放しのカーテンの向こうの闇に
 さざんかの花が
 ひとつだけ 白く 光りはじめたよ
 
 おまえが そんなふうに言ってくれなくなった
 今でも
 
 おれは あの時と 同じみたいに
 「ひとつだけの花」で いられるんだろうか?

 
 
Imagine

 
 そもそも わたしは 世界に 愛されているのだろうか
 想像してみる
 すれ違うばかりの 交じりあえない人々は
 わたしという刃物に 傷ついたりはしないのか
 だれかを傷つけた 感触が ずっと奥に残っている
 わかりあえない人々が わたしを傷つけるみたいにして
 わたしも 誰かを 傷つけてはいないのか
 想像してみる
 わかりあえることなんて ないのだと
 それはけして 悪いことじゃない
 わかりあうことが ないぶん
 ことばは 少しだけ 自由になれる
 なのに
 わたしのことばは くるくる風に舞い上がり
 代わりに
 他者の言葉は 少しずつ わたしを 蝕む
 想像してみる
 誰も わたしを 傷つけるつもりなんてないのだと
 それはけして 悪いことじゃない
 わかりあえないことと 傷つけあうことは ぜんぜん 違うし
 嫌われていないって思うことで わたしは 少しだけ守られる 
 では わたしを 傷つけるのは いったい だれ?
 
 
 わたしの中にいる ちいさな塊の わたし
 悪意に満ちた子供の世界に傷ついて 心を閉じる術を覚えたばかりのわたし
 大人たちが諭した もっと 上手に生きなさいよ という ことば
 凝り固まった 保守的な 道徳の 繰り返し
 消化できないまま 石ころみたいな塊になって
 頑なな 小さなわたしが いつまでも
 「言われたでしょ、そんなんじゃ、ダメなんだよ」
 って 独り言のように ぶつぶつ つぶやいている
 さあ 想像してみよう
 あの頃 誰もがそんなもんなんだ って教えたのが 
 ほんとうの世界じゃない ってことを
 あれは 他者が見た世界
 あれは わたしの世界じゃない ってことを 
 わたしが いま 思い 感じてることだけが
 わたしの世界
 塊は 
 わたしの カラダに流れるものに 粉砕され
 溶けゆき 
 混じりもののない わたしだけが
 わたしの 中を 流れるところを
 
 そんな わたしなら 
 世界は わたしを 愛してくれるかもしれない
 


one more time, one moe chance


 君は、わたしが仕掛けた罠に、思い通りに引っかかり思う通りに絡まってしまったね。

 それは、僅かな喜びでもあって、せつなさを通り越した哀しさでもあった。

 あれからずっと君の心が見えなかった。
 それは仕方のないことだ。
 わたしたちは、去年、手ひどいケンカをして別れてしまったからだ。
 サザンカの花びらが散る頃だった。わたしたちは、同じ木にとどまる事ができずに、一枚ずつになった白い花びらみたいにぱらぱらと散っていった。もちろん花びらは真っ白いままのわけはなく、茶色く枯れていた。

 出張で君の住む町に一泊することになる。ひとりなので、安心して夕食を食べれるお店を教えてくれないだろうか?
 そんなメールを出してみる。
 それが、わたしの仕掛けた罠。
 その日の夜に、君が電話をかけてくる。
 ひとりで夕食? いっしょに食べることはできる?
 そうしてくれると嬉しい。ひとりで食べるよりか、ずっと楽しい。ひさしぶりにいろんな話ができる。

 でも・・・
 でも?
 一緒にいると抱きたくなってしまうかもしれない。それでも、いい?
 いいよ。わたしは、あなたとのセックスが大好きだったから。
 それじゃあ。着いたら連絡して。
 そう言ってきみが電話を切る。
 あまりにも簡単に罠にかかってしまう君。

 嬉しいはずなのに。単純に喜ぶ君が、なぜだか悲しかった。
 もう一度、チャンスが欲しかった。
 その気持ちは同じだった。なのに。
 
 それから、しばらくして、君からのメールが届く。
 ごめん。会いたかったのは本当だけど、会っても僕たちは、元には戻れない。それが、わかってるのに、もう一度抱きたいと思う僕はずるい。
 だから、やっぱり会えない。

 そのメールを読みながら、安堵する。
 ずるい事ができない、そんな君が、本当の君。
 君は、姑息な罠なんかに引っかかってはいけないのだ。

 君の町に着き、仕事を終えたあとの夕暮れ。
 わたしはひとり歩くだろう。
 何度か君と歩いた町。
 重たい荷物を放り込んだ桜木町のロッカー、地図を見る手が僅かに触れた中華街。
 どこを歩いても。君の姿を探すだろう。偶然を待つように。君の姿を求めるだろう。
 それは、けっして、悪い想像ではない。
 同じ場所にいる安心感と、いくつもの過去に守られて、わたしはその場所にいるはずだから。

 だけども、それは、たぶん、今じゃない。
 まだ赦されてないものが.
 どうでもいいくらいの過去になり。
 また、違う偶然が、わたしたちを、結びつける。
 
 そんな、日が、いつか、きっと来るのを。
 わたしは、もう一度、待ち続けよう。

 
 
おでんの大根

 
 おでんの大根には 嘘がない
 て ゆうか 
 嘘を見抜く チカラがある
 
 おでんの卵は 
 ぷるんとしてて
 少しの嘘にも 騙される
 
 染みこんでゆく おでんの汁
 
 みりんが少し足りないとか
 塩かげんがよくないとか
 ダシの出方が悪いだとか
 
 大根は 透明になりながら
 なにもかもを 取り込んで
 少しの嘘も 見抜いてしまう
 
 わたしは おでんの大根になんて なりたくない
 カラダの全部に 嘘を染みこませる勇気なんて とてもないから
 
 少しの嘘と 少しの甘言を
 みんな 含んでいる あなたという存在が
 今の わたしには 必要だから
 
.kogayuki.

戻る