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.kogayuki.  短編フラッシュ19 (02年3月~4月 ダンボールネット「特集の広場」で---テーマ『別れ』『別れのあと』、その他雑文)


コンビニに行って、レディコミを買おう

 
 今日は朝からなんだか、エッチな気分だから。
 コンビニに行ってレディコミを買おう。
 お休みの日なのに、仕事で呼ばれてがんばったから。
 コンビニに行ってレディコミを買おう。
 るんるんるん。
 平日じゃないから。
 なじみの店員さんもいないし。
 今日なら、堂々と買えるよ。
 あ。
 でも……
 休日担当の金城がいたら、
 ちょっとイヤだなあ。
 金城は、金城武似の男の子。
 だから、勝手に、そう呼んでるんだけど。
 あいつ、わたしに挨拶するし。
 すごく気が利くからなあ。
 レジで後ろで待ってると、すぐ。
 「こちらにどうぞ」
 なんて言って、レジを開けてくれるんだ。
 本棚に行って、一番いやらしそうなのを選んだ。
 立ち読みする勇気なんてないから。
 あとは、帰ってからの、お楽しみさ、イエーィ。
 金城は、アイスクリームを並べながら、知り合いとおしゃべりしてる。
 店長もお休みみたいだから、ちょっと今日はラフなのね。
 あ、レジが空いた。
 金城、そのまま、おしゃべりしててね。
 
 見知らぬバイトの女のこ。
 バーコード読むのに懸命で。
 雑誌の表紙は、見てないね。
 コンビニに行って、レディコミを買った。
 休日の、ひそかな楽しみよ。
 友だちは、バイブの使い心地について、
 いろいろ教えてくれたけど。
 まだ買う勇気、ないからさ。
 せめて、想像だけでも、ね。
 さあ、コンビニで一番いやらしそう(に見えた)レディコミだ。
 部屋に閉じこもって、じっくり読もうっと。
 

 
別れの原風景

 
 もっともっと好きになって、もっともっとマジに狂って、もっともっとあなたをのぞめば。
 おろかな恋愛に沈み込めない男は。
 わたしと別れてくれるだろうか。
 それとも、百回くらいセックスして、一万回くらい二人で話して、飽き飽きして、話題も何もなくなれば。
 ガソリンの最後の一滴を使い果たした後にエンストするみたいにして。
 あなたを捨てられるだろうか。
 いくつもの、別れの場面を、想像してみる。
 むかし、何度か味わった。
 甘く、狂おしい、さみしさの、原風景。
 
 そこにいつかは、戻ってゆくのだろうと思っているわたしは、どこか、あなたの穏やかさに、馴れきっていないのかもしれない。
 別れる必然なんて、今のわたしたちには、何もないんだけれど。

 
 
鎖をはずして

 
 本気で一緒になる気もない癖に、手放したくはなかったから。男の首に鎖を繋いで、わたしのさみしい夜にだけ、可愛がっていた。
 目を閉じて、その髪を撫でてやると男は、月のひかりのように僅かに輝き、それから闇に紛れるように色褪せていった。
 男が光を放つのはいつも。
 わたしを見つけた瞬間だけで。
 あとの男は、鎖をはずす力もないほどに、天空を見上げていた。
 ある夜、見知らぬ女がやってきて、
 わたしは、この人を抱きます、と。
 けんかごしではなかったが、刃のように光り輝く言葉で、そう言って。
 そのまま鎖をはずしていった。
 男はなんどか振り返ったが、そのまま女に抱きかかえられるようにして、行ってしまった。
 きっと誰かが、こうして迎えにきてくれるのを、ずっと待っていたのだろう。
 さみしい夜に、輝く月光を奪われて。
 わたしは、泣き濡れて。漆黒の闇に絶望した。
 奪った女と。
 反発することもできずに、奪われた自分を呪い。
 ただ、男だけは。
 鎖に繋がれた犬から、人間へと変貌していった。
 もう、随分昔の話だ。
 今もふたりは、揺るぎのない大木のように暮らしていると聞いた。
 僅かに傷むのは、自分への憐れみか。
 それとも、男を鎖で繋いでいたことの自責か。
 今ではそれすらも、わからなくなってしまった。
 一度は、自分の中で、ふたりを殺してしまったものの。
 このごろ。
 女に、こう、伝えてやりたいと、思っている。
 偉かったね。
 よく、解放してくれたね、と。
 自分では、とても言えないが。
 誰かが、そう、伝えてくれたら、と、思っている。
 あと。10年もしたら。
 わたしの内蔵を深くえぐった傷の。
 跡形すら、みつけられなくなるだろう。
 そのとき、二人に会えたなら。
 これで、よかったのだと、言ってやりたい。
 もっとも、わたしになど会いたくもないだろうし。
 会ったところで、そんなこと言えるかどうか、わからないのだが。
 ふたりが幸せに生きていることにたいする、畏敬を。ずっと抱いていたことを。
 わたしの口から伝えたい。
 あなたたちに。
 それを伝えられる日が来るまでは。
 
 わたしは、死なずに、生きていたい。

 
 
細長く続く海の底

 
 別れが決定的になった日から、ぴったりと不眠症になった。
 きちんと長く眠ることには自信があったけれど、朝方までほとんど眠れなくなった。
 かといって、本を読む気にもなれない。
 目を閉じたり、薄目をあえたりしながら寝返りをうつ時間が、果てしなく続くだけだった。
 朦朧とした一日を過ごした後に、今日こそは、と思うのだが、次の日もやはりダメだ。
 医者で入眠剤を処方して貰うと、久々に深い眠りに落ちたが。翌日には、また、眠れなくなった。
 あのときは。どうやって元の生活に戻ったのだろうか。
 思い出してみようとするが、嫌悪された記憶は、なかなか蘇れない。
 わたしは、何度も何度も寝返りをうちながら、睡眠という小さな石を、夜の海でポケットに入れていくような。
 そんな不毛な作業を繰り返していたように思う。
 もちろん、わたしが欲しかったのは、睡眠という石ころではなくて。
 その石の重さによって、バランスよく生活できる、ココロだったんだけど。
 私は。夜毎の海の底で、ひとり、丹念に石を拾っていたように思う。
 海の風景は、いまでもよく覚えている。
 そこは、細く長く続く、海の一番奥底だった。
 真っ暗で、そのさきには、闇の永遠が見え隠れしていた。
 そこを見ぬように見ぬようにと、わたしは、下を向いたまま、眠りの石を探す。
 眠りの石は、黒光りしていて。
 それを、パジャマのポケットに入れると、身体の揺れは、少しだけ治まった。
 だが。少量の石では、とても眠りなど訪れない。
 ポケットがいっぱいになるくらいの石が、いつになったら貯まるのか、想像もつかなかった。
 私は、海底で石拾いなんて、したくもなかった。
 けれど。
 別れは、私に、こんな行為しか残してくれなかったのだ。
 先日、週末に惰眠をむさぼったせいで、ひさびさに眠れない夜を迎えた。
 退屈して起きあがり、階下の手洗いへと向かった。
 億劫して、電気をつけなかった廊下の闇に、あのときの、深い海の底が浮かびあがった。
 パジャマのポケットに、手を入れてみる。
 大丈夫。
 まだ、眠りの石が、ころころと、わたしの掌に触れている。
 そうして、いまでも不思議に思う。
 別れというものはどうして、眠りの石を、私の身体からすべて、消し去ってしまったのだろうかと。
 

 
さよなら先生

 
 歩道の脇に車を止めて、ドアを開けた。
 足元にツツジの植え込みがあることに気づいた。満開のピンク色の花を踏まぬようにと、バランスを崩して、そのままよろけた。
 わたしは車のドアで、足の脛をしこたま打ち付けてしまった。
 うずくまる。
 ずきんずきんとする痛みを。
 倒れたままのわたしを。
 アスファルトの温熱が包んだ。
 ツツジは傍らに気づかぬふりをして、にこやかに花をほころばせていた。
 
 春の道ばたは、甘美だ。
 倒れたままのわたしにも。
 陽の光は同等に暖かさを降り注いでくれる。
 そうしていると、頭の上から。
 「何してるの、こんなところで」
 と、声がした。
 先生だ。
 高校のときの先生で、今は、引退して、絵を描いている、おばあちゃん先生だ。
 「ああ、車のドアで打っちゃって。痛くて、やすんでいたところなんです。ところで、先生は……ああ、娘さんがこのあたりにお住まいだったんでしたね」
 「そうなの、まあ、あなたも大変ね……あ、バスが来たみたい、あなたも元気でがんばってね」
 先生はそう言って、そのまま走ってバスに乗り込んでいった。
 いつかは追いついてやろうと思っているのに、先生はそんな風にして、わたしの前を駆けてゆく。
 
 わたしは、いつまでも、こんなふうにアスファルトの放熱に包まれれていたくて。
 先生は、先生の描くべき世界だけを、見続けている。
 先生。
 わたしを包む世界を。
 わたしに見えている世界を。
 いつか、先生の絵から溢れる命のように。
 先生に見せてあげるからね、と。
 わたしは、先生を乗せたバスを見送った。
.kogayuki.

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