短編フラッシュ17
再生
わたしはずっと子供だった。
本を読むのが好きで、音楽を聴くのが好きで。ともだちと笑いあうのが好きで。
わたしは、いちにちとは、そんなふうに過ぎてゆくものなのだと思っていた。
大人になって、わたしは生活というものを覚えた。
家族や子供を持って、生殖と死を繰り返す世界に組み込まれていった。
それは、なんだか息苦しかった。
自分がイメージしたことのない、自分になっていった。
受け入れがたくって。あがいたり、あきらめたり、逃避したりした。
だけど、いつしかイメージしていない自分の中に、いろんなものが入ってきた。
家族が笑った。
子供が走った。
親が、異界へと去りゆき。
古い親族が、新しい家族を作っていった。
わたしは、透明な容れモノだ。
そこに、生活や状況や人が入ってきて、それを受け入れる。
そうしていくうちに、自分にもイメージできなかった、新しい自分ができあがって
いったような気がしてきた。
子供のころのわたしは、イメージしてた世界の中で生きていた。
今、イメージは、わたしにはない。
だけど、透明に容れモノに、人々が水を注ぎこむようにして、わたしが再生されて
ゆく。
見えないけれど、それなりに。
予想できなかった、わたしというものが、できあがりつつある。
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わたしという荒野
わたしという荒野を歩いている
わたしじしんの中には
案外 何もない
言葉にすることで すり減らし
伝えることで すり減らした
うたぐり深い愛情は
チカチカしている電球だ
中傷する人は 花を蹴散らして
陰口を叩く人は 花を摘んでゆく
わたしという土壌は
いとも簡単に 荒らされる
言葉がないときは
ひとりが さみしい
言葉がないときは
在る ことが不安になる
わたしという 荒野に
あなたの手が触れると
さざんかが 咲く
白いさざんかが 魔法のように
触れるたびに ぽんぽんと
真綿のように 咲いてゆく
白い真綿は ココロにしみる
やわらかく
わたしという荒野の 色を変える
わたしという荒野は 境界線が あいまいで
いとも簡単に 人に荒らされる
だけど
ひっそりと 境界線を越えて
そこに 花を咲かせる人も いてくれる
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かくも壊れやすい世界のために
かくも壊れやすい世界のために
デリバリーの ピザが走る
郵便配達が カードを 投げ込む
コンビニの店員が 不似合いなサンタの帽子で 微笑む
かくも壊れやすい世界は
たやすく 重たい雲に 覆われる
存在するものを 消滅させ
悲しみを 蔓延させ
悪意を 増大させる
わたしたちは すでに 知り尽くして
うちのめされている
こんなに あっけなく 世界の地軸は 揺らぐものなのだと
知り尽くし うちのめされている
笑え 笑え 笑え
歌え
踊れ
架空の 物語を 語り
映像を 炸裂させ
愛だけでは 埋められないものを
そこに 求めよ
かくも壊れやすい世界のために
イルミネーションは 煌めき
「キャッツ」の娼婦猫は 歌う
マフラーは首筋を あたため
手袋は 指を 包み込む
そして
自販機には コインが入れられる
かくも壊れやすい世界のために
今日の煙草に 火を点すようにして
些細な 再生を
繰り返してゆこう
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見えないゴールを待ちながら
子供の頃思ってたよりか、人生って案外楽しいものだから。
もう、いつ死んだっていい。
いつ死んだって、もう、いいよ、って思っていたんだ。
だけど、もっと、いろんなことがあって、いろんな人に会ったから。
こんなに楽しいのなら。
もっと、ずっと生きてみたいなあって、思えるようになってきたんだ。
もちろん、見えないゴールは、確実にあって。
わたしは、たしかに いつかは死ぬのだけど。
あなたに会ったとき。
それと、あなたに会ったとき。
わたしは、ほんとにそう思ったんだ。
人生は。
子供の頃、想像してたよりも、ずっと楽しいものだから。
もっと、もっと。
生きてみたいって。
こがゆき