短編フラッシュ13
音
エノコロ草のそよぐ音
放熱する アスファルトに
世界が 揺れる 音
入道雲が かたちを作るときの 音
傾いてゆく太陽が ほんのり色づいてゆく 音
窓をあければ そこに すべてがあるはずなのに
空調の聞いた 車の窓を あけられず
わたしはaikoの歌に
聞きたい音のすべてを
かき消して もらっている
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からだの音
わたしは聞こえすぎるから、ときどき世界が嫌いになる。
言葉の裏の裏の、悪意とか侮蔑とか、そんな音までカサコソとノイズになってま
じるから。
いつか、わたしの耳はゴッホみたいにして、そぎ落とされてゆくんだろう。
プールサイドで耳栓を買った。
それを耳につめこんで、そのまま景色を眺めると、くぐもった世界が気持ちい
い。
ねえ。
ひとつだけ知りたい音があった。
あなたがわたしを揺さぶるとき、わたしはどんな音を出す?
言葉でもなく。
衣ずれの音でもなく。
官能の吐息でもなく。
わたしのからだは、どんな音を奏でる?
かたちのない水が流れるように。
わたしのからだは、
ちゃんと、それらしき音を、奏でているのだろうか。
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ノイズ
脳味噌の中にはいつも、チューニングの悪いラジオみたいにいろんなノイズが流
れているんだ。
言葉。言葉。言葉。
仕事の言葉。書くための言葉。傷つけたくてたまらない、言葉。
音楽の地平も広がらない。
風の音すら聞こえない。
つまらない脳味噌だ。
眠りにつく、その瞬間まで、言葉がずっと流れてる。
それはただ「作り上げられたもの」にすぎないのに。
ある日。
電源がオフになって。
音のない闇に潜ることばかりを、わたしは夢見ているから。
だから、いつまでたっても、誰とも仲良くなれないんだろう。
地球の自転するときの軋みの音とか。
足の裏に伝わる、床に接触する音とか。
そんな音だけを聞いていたいのだけれど。
それが脳味噌に入ってこれるかさえ、わたしには自信がないんだ。
ぜんぶの言葉をオフにして。
音の暗闇で、わたしに触って。
BGMがほしいなら。
そうね、プロ野球中継がいいな。
わたしにとって意味のない言葉なら
何ひとつわたしを傷つけないだろうから。
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わたしの音
たくさんの言葉を捨ててみた。
あんまり頭の中でいろんな音楽を奏でているので、静かな音もリズミカルな音
も、すべて言葉になって、混沌とした雑音にしか聞こえないので。
言葉を整理するのをあきらめて。
そこらへんの言葉を片っ端から捨ててみた。
それでやっと外の音が聞こえてきた。
階段をのぼると、階段は軋んだ。
ドアを力いっぱい閉めると、ドアは風圧に潰された。
キーボードを叩くと、キーボードはカサコソと囁いた。
火の燃える音。草木の揺れる音。朝の白んでくる音。
世界は動くたびに、それなりの。存在の音を持っていた。
わたしの音が聞こえた。
右手につけた金属のブレスレットがふたつ。カチャカチャと擦れあう音。
歩くごとに。走るごとに。右手を動かすごとに。
カチャカチャカチャカチャ。
わたしの存在の音が聞こえた。
これが わたしの音。
わたしが ここにいることを 教える音。
悪い音じゃない。
わたしの言葉よりも、よっぽどわたしらしい。
嘘を混ぜたり、削ったり、かたちを整えたり。
そんな作業も何もなく。
わたしの音が響いていった。
わたしの言葉を信じすぎちゃいけない。
動くたびにカチャカチャと擦れ合う。
ブレスレットの音。
これが、わたしの存在の音だ。
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風の音を訊け
風の音を訊け。
かなたを通りすぎる台風の不穏さを含んだ。
風の音を訊け。
夕日の傾く音を訊け。
その場所を少しずつずらし、真上から照りつける力をなくした太陽の。
少しずつ秋へと傾く音を訊け。
時の巡る音を訊け。
巡るものは、けっして繰り返さない。
同じように巡りながら、時は、未知を少しずつ、わたしのものにしてゆく。
そして、その代償として、少しずつ、わたしは、削りとられてゆく。
恐れるな。
嘆くな。
それをひとつの現象と見据えて
時の巡る音を訊け。
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耳よ 耳
耳よ 耳
そのままの音を聞かせてくれ
わたしの心がねじ曲げた音ではなく
そこにあるままの
風の響きとか 虫の鳴き声とか
あの人の声の響きの中の
そこにあるままの やさしさとか
わたしに ねじ曲げられる ことなく
そのままの音を 聞かせてくれ
心は よわくて
すぐに その音を 邪悪に響かせるから
わたしは 死を 思い
たぶん
わたしが 死んだら
きっと わたしが一番 悲しいんだろう
わたしは
いつ 死んでもいい なんて 思わないから
耳よ 耳
そのままの音を 聞かせてくれ
月も 土埃も 木々のざわめきも
命のままに そこにあり
生きてゆくことを 奏でているから
耳よ 耳
わたしの心がねじ曲げた音でなく
命のままに
悦びあっている
そのままの音を 聞かせてくれ
こがゆき