短編フラッシュ12
幸せな月夜
鋭いナイフのように尖った 三日月の心が
少しずつ 満ちてゆき
いつか 半分ずつを あなたと分かち合うようになり
それから わたしたちは まるい球体となって
満ち足りる
満ち足りるのは ただの 瞬間
一度だけの 瞬間
完璧な球体は ただのひと夜
渇望のせいでもなく
欲望のせいでもなく
ただの決まり事 として
満月は 静かに 欠けてゆき
いまのわたしは
不格好な 十六夜の月
これからも 少しずつ
完璧なものを 削ってゆくのだろう
少しずつ 少しずつ
身動きできないくらいの あなたの光彩を
わたしは 削ってゆくのだろう
幸せな月夜
幸せな月夜
ときがくれば わたしたちは ゆったりと 欠けるけど
それは なにものにも 邪魔されない
ただの月の満ち欠け
苦しくも せつなくもなく 欠けてゆく月を
わたしは 両手をひろげて いつまでも
抱きしめていよう
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会えなくてよかった
夢の中では いつも会ってる
なのに 今日も 会えない
会えないのに どうして好きでいられるんだろうって わたしは思う
会えなくてよかったんだよ たぶん って あなたは言う
会えたら 何度も 会いたくなる
やばいくらいに 会いたくなるから
会えないくらいが いいのさ って
あなたは 空に鳴く鳥みたいに
おんなじせりふを いつも さえずる
走りたい 衝動を とどめる 呪文を
ふたりで なんども くりかえすのは
けだるく とても絶望てき なんだけど
これを幸せと おもえたら
たぶん 幸せ なんだろう
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塞がった耳
長い一日に、潜っていた。
息継ぎもせずに、ふかくふかく、わたしは日常を泳いでいた。
するとある日、とつぜん耳が聞こえなくなってしまった。
病院に行ってみると、水が入っていて、かなり腫れているらしい。
鼓膜が塞がってしまって、わたしの左の耳は、まったく聞こえなくなってしまった。
でも、慣れてみると、半分しか聞こえない世界は、アンバランスでいい。
人の話し声は、みんな遠い噂話みたいに聞こえる。
掃除機の音もくぐもって、雑音が苦手なわたしも不快にならない。
そっか。
わたし、いつも、聞こえすぎるんだ。
あなたの声も。声の奥底にある、愛しさや、愛しさ以外のつぶやきも。
すれちがうの人々の悪意も。
悪意にも満たない、あきらめにも似た、ため息も。
地球が軋んでゆく音も。
夕暮れが、地面を焦がす、小さな叫び声も。
気にしてないっていいながら、
耳の穴に染みこむようにして、いろんな声が、わたしを惑わせるから。
気にしてないっていいながら。
わたしの身体にはいつも、覚えのない絶望が、光に透けた埃みたいに漂っているん
だ。
半分しか聞こえない世界は、わたしにちょうどいい。
遠い声も。
けっして関われない距離も。
傷つけられないくらいに遠くて。
わたしには、これくらいが、ちょうど幸せ。
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幸せ
幸せはつかのまだから
くりかえし くりかえし
思い出してるうちに
ラーメンのスープみたいに
薄まってゆくんだ
幸せは そのときだけだから
あとはずっと
幸せのかたちを
ビデオテープに録画して
再生してるみたいなものなんだ
ああ
もっと暴力的になりたい
いつまでもいつまでも
自分に見合うだけの
バランスのいい幸せを
味わってなんかいないで
暴力的になって
あなたを 殴りつけるみたいに
強引に
わたしの幸せのかたちは こんなふうなんだと
わたしの世界を 見せつけてやりたい
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女のわたしがほしいもの
耳の奥を 舌で舐めつくすように 言葉で口説かれたい
閉じた世界を ゆっくりと開くみたいにして あなたに抱かれたい
なんども なんども
もっともっと
壊れもののわたしが
少しばかり 壊れていくのを
ずっと ずっと 揺らしつづけながら
見ていて ほしい
そうして 壊れたかけらを いつまでも
誰にも見せることもなく
あなただけに 所有されていたい
おんなのわたしがほしいものを
あなたに のぞんでいるだけなのに
あなたが あげたいものとちがうって
わかっているから
くるしくって
わかっているくせに
そのくるしさから のがれられない
望むのをやめよと 絶望が囁く
欲しくてたまらない 愛のかたちを 消してしまえと
絶望が囁く
消してしまえばいい
そうすれば
あなたのほしいものかたちが 見えるかもしれないから
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もう しなくていいよ
そういってくれるのは カウンセリングの先生だけ
あとは みんな やれやれっていうの
じょうずにできるから やって やってって
なにもしなくていいよ
できなくっていいよ
おくすりあげるから
ゆっくりやすんでなさいって
そういってくれるは カウンセリングのせんせいだけ
ともだち だれもいないけど
ひとりだけ 気のあう おんなのこがいてね
ふたりで うたっていると かわいいなーって
思ってしまうんだ
恋ってこんなかんじかな
ひとをかわいいっておもって
この子 だいてみたいって おもうのって
こんなかんじなのかな
そしたら
あのひとも わたしを こんなかんじにかわいいって
思ったのかもしんないって
そういうのって 愛されてるっていうのかなっておもって
わたしは 愛しかたとかわかんなくって
いつも待ってたから
でも あのひとは 愛してみたくって
でもまだ
じぶんで どういっていいのか ぜんぜん わかんないんだ
わかんないことがいっぱいあるのに
みんな
いろんなこと言って
でも わたし しらないこと いっぱいあるのに
もう それでも わたし 大人になってしまってるんだ
逃げたくって 逃げたくって
ほんとに もう なにもしなくてもいい?
なにもしなくて なにもいわなくって
雲が かぜに うごくみたいにしてさ
わかんないけど 愛してみたいんだ
こがゆき