短編フラッシュ11
恋
生殖を目的としない恋愛は 無駄だ
一緒に住むことを目的としない恋愛も 無駄だ
ここより先に行けない恋に 意味なんてない
「このままでいい」なんて言葉は 嘘っぱちだ
飽きるまで望むのが わたしのやり方だ
恋なんて するもんじゃない
恋なんて するもんじゃない
求めることに 疲れて 失速してゆくような
そんな感覚を
わたしに 感じさせるもんじゃない
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隙間だらけの男
男の粒子は 隙間だらけだったから
わたしは その中に 入りこんだ
男には どこかしら 隙間があって
人によく道を聞かれたり 話しかけられたりするのだという
なるほど それらしき隙間が 男にはあった
居心地のよさにまかせて
そこに寝そべっていると
いろんなものが 隙間のあいだを 泳いでいった
読みかけの本とか
友達との よもやま話とか
昔聞いた 女の人の 言葉とか
抱いていた 猫の毛とか
なにもかもが いっしょくたになって 漂っていって
わたしも いつのまにか
おんなじように 漂っているのだった
わたしは 男の粒子の 隙間にいて
わたしは そこに ひとりだけで 愛されてみたいのに
そこはまるで キディランドの 店先のようで
わたしのまわりには
他の人と話した 中身とか
昨日見た 映画で 男が思ったこととか
誰にも言えなかった ささいな 想像とか
そんなものが どんどん どんどん 泳いでゆくのだった
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恋について何も語りたくないとき
恋について
何も 語りたくない
思い募るものなんて
何も 認めたくはない
会いたくて たまらない気持ちが
静かになってゆくのを
答えが欲しくて
いつまでも 欲している 身体が
ざわめきを 止めるのを
いつまでも いつまでも
胸に押し寄せる波を 受けながら
待っている
恋についてなんて 何も 語りたくもない
だけど 忘れたい わけじゃない
ざわめくものが いつか 静まって
恋が 静かに
ただ そこに あるだけになるのを
わたしは じっと 待っていたいだけだ
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ひと休みして、カウンセリング
ともだちのうちで、配達の最後にひと休みしてから、カウンセリングに行った。
「あー、めんどう、いっそ、往診してくれないかなあ、カラオケボックスまで」
カウンセリングの先生と疑似恋愛になるっていうのはあるけど、わたしの場合は疑
似ともだちである。
なんで疑似恋愛できなかったかっていうと、たくさんの患者さんが疑似恋愛してる
ことに気づいたからだ。
とちゅうで電話がかかってくる。不安だ、薬が効かない、と訴える。
先生、やさしくそれをあしらう。
「恋人をあしらう男って感じですね」
「ああ。似たようなもんかな・・・」
疑似恋愛は心の病を治してゆく。素晴らしい・・・
「あー、なんかカウンセリングめんどー。それよか、セックスしたいぃぃぃぃ」
不穏な予感にぐずぐずしなかがら行ったら、予感は的中で、すごく待ち時間が長かっ
た。
「大阪の事件。みんなショックを受けて参ってるんです。それで長くかかるんです
よ」
と言われた。
わたしは恋人に泣き言を言えないタチなんで、ひとりで耳を塞いでいた。
「いつも耳を塞いでて、ときどき耳を開けてみると、ぶわっとすごい風が吹くんで
すよ」
「全部に耳は塞げないんだよね」
みんなみんな。特別な人になれなかったらいいのに。
こんな感じのともだちで。
誰かに泣きごと言いたくなる、この衝動を、感じることもなく。
いつも、こんなふうに、笑って言えたらいいのに。
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くちなしの
くちなしの
何かを忘れてしまいそうな
甘い香り
くちなしの
遠すぎる昔に 思いはせそうな
けだるい香り
忘れてゆくのは
あなたの名前
あなたの声
あなたのアドレス
そのたびに ケイタイの着信履歴を たしかめる
こんな 名前をしてたのか
このとき ふたりで 話したのかと
履歴の 日にちに さかのぼる
くちなしの
香りに まとわる
湿った 日差し
くちなしの
白さを 汚す
日々の汗
思うことはときに 過不足なき日常を
壊してしまうよ
甘い香りの 漂う風は
もう 二度となき 甘美な瞬間のように 遠いよ
くちなしの
花が記憶する あのときを
封じこめ
また 香りに惑い
また 封じ
あなたは まだ 傍らにいるのか
わたしは ひとりで 歩いているよ
くちなしの香りに 惑い
また 戻り
日常を ただ 歩いてゆくよ
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ふらふらふらふら
夜の空を歩きました
うすら明るい天空が 水面になって揺れました
泣きたい気持ちがありました。
出会ったことの むなしさを 投げてみたくもなりました
月がふらふら 星もふらふら
わたしのからだが 溶けてくように
空も 海になかに 揺れました
言葉は みんな あげました
言葉は みんな 返しました
風に 流されて ゆきました
ほしかったのは あなたの 感触
空の大気に触れました
宙に手をかざすと そこに
あなたのからだがありました
たくさん たくさん 触れました
なでつけるように
大気のあなたに 触れました
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雨のしずくのように こぼれるものを
雨の滴のように こぼれるものを
手の平から そのまま 落とし
アスファルトの地面に 乾くまでに
忘れてしまえ
好きの すきまから こぼれるものを
懐疑とか 嫌悪とか 失望とか
禍々しい名前に変えず ただ 身体を濡らしただけで
忘れてしまえ
雨の滴のように
湿った空気のように
なまあたたかい風のように
いくつもの 嘘のように 光って見えるものを
こぼれ落ちるまま 地面にちりばめたままで
そのまま 好きで いさせて
こがゆき