短編フラッシュ10
OSを入れ換える
いっぱい考えている。だけど、考えれば考えるほど、不自由になってくるのはな
ぜだろう。
「とらわれないままでいれば、自由でいられる」
そう言われた。
だけど、わたしは捉われないままでは生きていけない。何もかも忘れて、それで
自由になんてなれはしない。
わたしは、その昔、父と母が丹念に作ってくれたOSをたびたびバージョンアップ
しながら使っていた。
だけど最近、そのOSはわたしの身体に合わなくなってきた。
思い切って、新しいOSに入れ替えることにした。
ひとつひとつを吟味した。
「インモラル」というファイルを見つけた。これは、重要でない。奥のフォルダ
にしまった。
かわりに「好き」というファイルを、デスクトップに置いてみた。
それだけで画面がキラキラ光ったような気がした。
「いやな仕事」
これは仕方ないんで、「お金を貰える仕事」と、名前だけ変更してみた。少しは
マシになった。
「嫌いな人」「いやな言葉」「中傷」「仕方のないこと」
見てもいやな言葉ばかりなので、このあたりはみんなゴミ箱に入れてやった。
他の誰かが作った古いOSでは、わたしの身体は動かない。
さあ、新しいOSに入れ替えよう。
もちろん、新しいOSだって、いくつかの不具合はあるだろうし、削除したものの
中にも、必要なものはいっぱいあったのかもしれない。
だけど、捉われているものから自由になるために、わたしは自分のためのOSに入
れ替える。
徹底的に捉えて、階層を作って、何度も何度も、自分の身体に合うように、自分
のOSを作り替えるんだ。
そんなラジカルな作業を想像してみる。
するとそれだけで、身体がドキドキしてきた。
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ピアスの穴
春になってから、ピアスの穴がむずがゆい。
穴だから空洞なはずなのに、そこの部分がむずがゆい。
Tシャツを脱ぐときに、ひっかけて落としたりする。
寝返りを打ったときにはずれたのか、キャッチャーが枕元に転がっていたりする。
裸のわたしは心もとないので、いろんなもので武装していたいのに。
いいかげんにそんなこと止めたら? と、あざ笑い、
ピアスはわたしから逃げたがっている。
簡単な装置で自分で開けたものだから。
厚い耳たぶのとちゅぅで、針が止まってしまった。
もう一度、きゅっと装置に力を込めると、耳の向こうまで風が吹き抜けた。
身体に開けた穴は、けっして傷ではない。
武装していたい、わたしのあかしだ。
もう、武装する必要なんてないのに、
とは、けっして男は言ってはくれない。
そう言ってほしくもない。
どこまでもどこまでも、笑いながら静かに戦ってゆくために。
白いムーンストーンの武器を、
わたしは、耳に差し込んでゆく。
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欠片
わたしは どこかが 欠けている
それが どこだかわからない
けれど
三日月の 影の部分みたいにして
わたしの どこかが 欠けている
わたしにも 他の人にも
何が欠けているか わからない
けれど
人の胸のうちが 読めなかったり わからなかったりするのも
知らないうちに だれかを傷つけたりするのも
たぶん
そいつのせい なんだろう
モスバーガーの 窓際に座って そんなこと考えながら
ぴりまめバーガーを食べていた
それで 道ゆく人を眺めてみると
みんなどこかが 欠けていて
半月だったり
斜めにたわる上弦の月だったり
ゆがんだ月だったり
するのだった
欠片は さがしてみても たぶん みつからないんだろう
いいさ
ぴりまめバーガーはとてもおいしかったもの
金曜日は ゆっくりランチを取るって 決めているんだもの
いいさ
わたしが 三日月だったって
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最後のからだ
いろんな言葉が、わたしの身体を見つけだした。
いろんな言葉が、わたしを傷つけた。
だけど身体は意外にタフで。
どんな言葉にも揺るがずに、けしてわたしから分離しなかった。
わたしは、わたしの言葉を頼って生きてるのではない。
わたしは、わたしの身体で生きている。
身体は、厳しい選択を繰り返し、自分に合うものを見つけだそうとする。
身体は貪欲だ。
言葉にしろ、他者にしろ、流れる風の匂いにさえも、
身体は妥協しない。
わたしの身体を抱えるのは、わたしでしかない。
身体はわたしのために。
いつも、わたしに合うものだけを、見いだそうとしていく。
身体はわたしで。
わたしは、身体で、生きている。
こがゆき