短編フラッシュ7
夢を見た
夢を見た。
夢の中のわたしは、コンクリートのうちっぱなしのマンションに住んでいた。
わたしは夢の中ではいつも、ここの三階の一室にひとりで暮らしている。
オートロックでなかなか外出はしないが、ときおり住人と挨拶を交わしたりもする。
たいがいの日は、ひとり部屋の中で、雑文を書いている。
だが、今日はふと、思いついて、エレベーターで、階下まで降りてみることにした。
階下は病院の診察室だった。
やれやれ。どうやら、乗るエレベーターを間違えたらしい。
看護婦が忙しく血相を変えて走りまわっていた。強制入院、という言葉が聞こえた。
ぼんやりした顔の、無精髭をはやした男が車椅子に乗せられて、わたしが降りたばか
りのエレベーターに乗せられた。
どうやら、わたしが自分の部屋だと思っていたのは、この病院の一室だったらしい。
わたしは、そんなとこになんて居たくなかった。
階下で見た看護婦は、みんなヒステリックに怒鳴っていたし、とても正常な判断が
できる人間には見えなかったからだ。
すぐにでも、ここを出よう、そう思った。
わたしはライフルを手に入れた。
どこでどういうふうに手に入れたかはわからない。それが夢の便利なところだ。
窓の外に向けてライフルを乱射した。
建物の入り口あたりの芝生を狙う。ところかまわず撃ちまくった。
件の看護婦が逃げまどった。見覚えのあるおじさんもいた。いつも、挨拶をしてく
れるおじさんだ。おじさんは、救急車に患者を押し込み避難させていた。
おじさん、ごめん。当たらないようにするから。
でも、わたしは、どうにかして、ここを出なきゃならないんだ。
そう思いながらライフルを、バンバンバンバン撃ちまくった。
そこで、目が覚めた。
時計を見ると、午前2時。
ちょうど電話が鳴って、受話器を取ると、友だちの声が聞こえた。
見たばかりの夢の話をすると友だちは、それじゃ、二人でその場所に行ってみよう、
と言った。
夢の中にはもう、あの建物も、看護婦もなかった。
わたしを閉じ込めていた、あの場所は、消えてしまっていた。
だけど、芝生には確かに、銃痕があった。
冬枯れの芝に、いくつもの焼け跡が。花火のように、飛び散っていた。
ふたりで芝生を歩いた。
きっと、もう、部屋から出てもいい頃だったのだろう。
空調の効いた心地よい部屋で、妄想の物語を作る時間なんていらない。
わたしには、自分で傷をつけた、焼け焦げの芝生があった。
わたしは、銃痕の残る冬枯れの芝生のような、物語を書いてみたいと思った。
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雪の野辺
足跡ひとつ ついてない
雪の 野辺を あるいた
ぺたぺた わたしの跡が つく
あなたを 求めて ぺたぺたぺた
もう ここから 先は やめとこう
あんまり遠くに 行き過ぎた
自分の足跡 辿って 戻る
雪の野辺
でも 会いたい
やっぱり 行こうか
もっと 先まで
ぺたぺたぺた
足跡 もいちど 折り返す
行きつ 戻りつ どこまで 行けるか 迷ってた
雪の野辺
真っ白なのに わたしの跡だけ
泥にまみれて 汚れてた
わたしの通った その跡は
こんなに 汚れてしまうのに
それでも 雪の野辺を 歩き
そんなに あなたに 会いたいか
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ただのプライドなのに泣いてしまった
退屈な場所で、彼女は退屈してた。
「いつもはギャルなんだよぉ、今日はすっぴんだけどね」
と、彼女は言った。
17才で高校には行かず、理髪店の手伝いをしている。
親とは折り合いが悪くて、おじさんの家に住んでて、ここにはおじさんのつきあい
で来たんだと言った。
プリクラの彼氏は金髪で、30分に一回ずつメールを送ってくる。
「どお・かっこいい?」
かっこよすぎる。すっぴんの彼女はまゆげがほとんどないし、ジャージーはくたび
れている。
泣きたくなるほど、あなたが好きよ
誰かが歌ってた。
「泣きたくなるほどあなたが好き、って、メール送ってやれば?」
わたしがそう言うと、
「ほんとだぁ、それって、かっこいい」
そう言って、すぐに、メールを打った。
「おれもすきだ」
きゃー、うれしい。
ボキャブラリーの少ないカップルだ。
わたしもなんか歌いたいなあ。
そう言って、今井美樹の「プライド」を歌いはじめた。
あなたは、わたしに、じゆうぅとこどくを 教えてくれたひとぉ
酔っぱらいみたいに彼女が叫んだ。
ただの「プライド」なのに
わたしは泣いてしまった。
言葉を知らないこどもなのに
言葉にならない もっとすごい感情が 燃えさかっていた。
こどく、という言葉の向こう側にある、身を切るような孤独を、わたしは彼女の半
分も知らないのかもしれないと思った。
わたしは。
あんな「プライド」はとても歌えなかった。
こがゆき