短編フラッシュ5
こんちやん
引っ越してきてすぐの時って、前に住んでた町のことばかり考えていた。
水の味や空気の色とか、そんな些細なことまで前のとこの方がよかったな、って思
って。帰りたいなあ、って、いつも思ってた。
電気屋に電球を買いに行ったら、水槽にカメがいた。
めずらしかったので眺めていると、「貰ってくれませんか」と言われた。わたしは
とっても退屈してたし、ここには友だちもいなかったのでそのカメを飼うことにした。
カメはどんどん大きくなっていった。冬は冬眠するからあまり食べないが、春にな
ると、甲羅の皮が一枚ずつ剥がれて、剥がれるたびにひとまわりずつ大きくなってゆ
く。いつのまにか、片手で持てないくらいに大きくなってしまった。
一方わたしは少しずつ友だちも増えていって、休日の夜に一緒に出かけたりするこ
とが多くなった。カメは餌さえやれば生きている。朝からごそごそタライの中を動き
まわる。
電気屋さんは病気で店を閉めて、その後、亡くなったと聞いた。
わたしは友だちは増えたけれど、人間関係の煩わしさもかわりに手に入れた。
相手にされなくなったカメはしょっちゅぅ脱走を試みる。
タライから抜け出して、部屋の中を散歩する。
だけどもまっすぐにしか走れない、だから、行き止まりの本棚の隅で、何時間もう
ずくまっている。
アワレだなあ、と思う。
ちょっと方向転換したら、また別の場所に行けるのに。
だからわたしは、いつも方向転換しようと思っているのに。
カメがのりうつったのか、どうしても道を変えられない。
反省はするが、いつまでも学習できない。同じあやまちを味わうのが、わたしはど
うやら好きらしい。
これはカメの呪いかなあ。
いや、ちがう、カメはのろい、だ。
そんなひとり言をつぶやいていると。
違うよ、オレは、のろくはないんだ。
と、カメのこんちゃんが、わたしに吠えた。
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ショウ子ちゃん
「あなたたちは受験生なのよ、そんなとこで話してて風邪ひいたらダメじゃない。
ちゃんと家の中に入って、そこでお話しなさい!」
お母さんがベランダから怒鳴った。
わたしたちは、家の前の駐車場でずっと話をしていた。この前、抱きあってたの、
見られたのかな、それとも、キスしたとこ、見てたんだろうか。
アキラは、いつも学校からわたしの家まで送ってくれる。ほんとはそこで別れるは
ずなんだけど、なぜかいつも別れたくなくって、このまま、夜が明けるまででも話し
ていてもいいかな、なんて思ってしまう。月が東から少しずつ南へのぼってゆく。そ
れがわかるくらいの長い時間、わたしたちはいつもそこにいるんだ。
時間って、なんて嫌なやつなんだろう。このまま終わりなんてなければいいのに、
っていつも、思ってしまう。
今日はこれで終わりって、どっちかが言わなきゃいけないなんて。小さな裏切りを
作るみたいで、すごく後味が悪い。
おかあさんは、頭ごなしに言っちゃいけないって思って、家に入りなさいって言っ
たんだろうけど。
アキラは躊躇していた。
わたしは、それは正しい、と思った。
わたしたちがのぞんでいるのは、月明かりの、しんしんと冷えた駐車場だ。
学校の何が嫌いっていうわけじゃないけど。その冷たさはいつも、学校を思い出さ
せた。だから、そんな空気を感じながら、見せつけるみたいに抱き合ってみたかった
んだ。
お母さんの用意できる、あったかな畳の部屋は。
悪くはないんだろうけど、ちょっと違う。
そんなこと考えていると。
いや、今日は帰るね、とアキラは自転車でそそくさと走っていった。
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さざんか・さざんか
クリスマスツリーに白い雪がのっかるみたいにして
ぽん ぽん ぽん
音をたてて さざんかが咲いた
朝が来て ぽん
夕日が落ちる頃に また ぽん
恋をして 楽しいのは
好きになる 瞬間だけだ
あとは 長い退屈をふたりで 過ごしたり
どちらかが 重すぎる気持ちを 持てあましたり
いつかは 訪れる終焉を あるいは死という名の分断を おそれたり
恋をするのは 重すぎる
だから もう いいや って 何度も何度も 思うのだけど
はらはら はらはらと 花びらの落ちるまでの つかのまの 華やぎを
待ったことなど ないのだけれど
朝の 光りの中に ぽん
逢魔が刻にも惑わず 力強くに ひと花 ぽん
ただ 時が満ちて
自然と 恋が成るように
ぽん ぽん ぽん
あとのことなど 考えずに
今年も 白く
さざんかが 咲いてゆく
こがゆき