短編フラッシュ4
脱色
あなたの嫌なところを いつも さがしている
嫌いなところを ひとつも見つけられないまま
そばにいるのが こわいから
あなたの 脱色した髪の毛が
秋の陽の すすきのように 光ってる
その毛先の 枝毛の一本 すらも
記憶しておきたいと 思うほどに
ぜんぶ好き なんて くだらない
あなたの くだらないとこを たくさん 見せて
それすらも 愛してしまったら もっと くだらないけれど
くだらない わたしに なってゆくのがわかるなんて もっともっと くだらない
明るくそよぐ 髪の毛が
世界を 脱色 させてゆく
色をなくした わたしは
その海を いつまでも かきわけていたい
いつか あなたが 通りすぎてゆくのなら
いまのうち 嫌いなところを 探しておこう
そこだけを 思い出して 大事に手の中で ころがして
それだけの人だったのだと 思えるように
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土に還る
一度 土に還ってみたら?
あなたが そう言って 笑ったから
食べ物や 糞や 葉っぱが 土に還るみたいにして
わたしは 土に還ってみた
かさこそした 泥が ひんやりと つめたかった
膝をおりまげて 背中をまるくして
地表の音を 聞いてみた
風がふいていた 人が歩いていた
青葉が死んでいった
月はやせ衰え また 新月になった
ここが いつか わたしの 還る場所 そのはずなのに
ひとりで さみしくて 戻りたくなった
いつまで そこにいるか わからない
かりそめの場所が やはり恋しかった
一度 土に還ってみるといい
わたしが あなたの向こうに見ている 彼方の意味もわからずに
あなたは そう言って 笑ったけど
わたしも 彼方の意味が わからない
わからないまま いつか また土に還るのだろう が
せめて それまでの つかのまは
彼方の意味を 忘れさせてくれよ
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クラス会
二年に一度のクラス会で、会うたびに津田先生は小さくなってゆく。
年を取ったのもあるけど、去年足を折って入院してからは、よけいに小さくなった。
昔はけっこう背も高くて、よくとおる声で「微積分」とか説明すると、わからない
なりに学問の厳粛さを感じたのだけど。
先生は母校を定年退職した後、こわい人の多い別の高校に再就職した。
いいのよ、あそこの学校って。ふらっと入ったうどん屋なんかにけっこう卒業生が
いたりするの、すると、先生先生って、ちやほやしてくれるんだから。
そっか。わたしの同級生は、だれもうどん屋に就職しなかったもんな。
クラス会のあと、みんなでコスモス街道を散策した。
パッチワークで有名な山口酒造へ行こうとみんなが言うのに、先生は、露店の匂い
にひかれるままにスイスイと北野天満宮に入り込んでしまった。
木の根っこが迷路のように這っているのを見つけて、それを一心不乱に写真に撮っ
ている。
画家の目は鋭い。ばあさんなのにな、まーだわたしよりも、いろんな世界が見えて
るんだろう。
ああ、今日は暑いねえ、わたしお祭りの食べ物って大好き、何食べようかな、ソフ
トクリームにしようか。
そう言うんで、ソフトクリームを買ってあげた。
ああ、つめたい。つめたくって、おいしいねえ。
先生は子供のようにそう言った。
ひんやり冷たい、ソフトクリームくらいで。
あの頃。はりねずみのように先生に棘を向けた後ろめたさは消えないだろうけど。
喜んでくれてよかったな。
わたしが、自分の書いたものを送ったときも、喜んでくれたけど。
あと、何回くらい、このばーさんを喜ばせられるんだろうと。
ソフトクリームを舐めている先生を見て、わたしは思った。
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猫が鳴く
電話をかけたら 電話の向こうで 猫が鳴いた
何の用だ どんな 言葉が 欲しいんだ
そう言って 猫が鳴いた
わたしは 用件を忘れて 犬になった
犬になって くうん くうん と鳴いた
牝犬の匂いなんか 大嫌いだ
そう言って 猫は もいちど吠えた
わたしは 言葉を捨てて スライムになった
スライムになって 床にとろりと 溶けた
それで 猫は安心したらしい
高いところに戻って 脚をぺろぺろ 舐めだした
わたしは 溶けてしまった 骨の奥を 思い出そうとした
骨の奥は 白く硬くて
言葉なんて はいってなかった
流れる歌に からだが 動くみたいに
のぞむがままの 指先が
わたしに 電話を かけさせていただけだった
猫が 鳴いた
わたしが 笑った
ことばに変わるまえの のぞみが
わたしを うごかしてゆくのは
おかしくて うれしかった
こがゆき