短編フラッシュ3
目にはさやかに
暑い暑いと汗を拭き
ガラスの曇った コンビニのドアを開ければ
肉まんがほかほか あたたかかった
秋の虫が鳴く
ちろちろ りんりん こーんこーん
湿り気のある暑さの中の
どこに 自分の居場所を 知るんだろう
ひとめぐりして どこへゆく
元に もどらず どこへゆく
目にはさやかに見えねども
どこかへ向かう
われ 知らず
かぜにゆれる ふうりん
夕暮れの そらの たかさ
頬をなでる きせつのけはい
どこかへ 向かう
どこへゆく
目にはさやかに見えねども
どこかへ向かう
われ 知らず
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ちがうところに
今日 ちがうところに いけたね
あなたに 触れたら いけたよ
わたしの しらない わたしになれた しらない ところに ふわりといたよ
わたしという 球体は
どこまでも ころがるけれど
そこはみんな 既視の 景色だった それでも わたしには すぎる 景色だった
だから どこか べつの場所にいきたなんて ずっと 思ってなかった
だけど あなたを 見つめていたら
あなたと 話していたら
ちがう ところに いけたよ
どこにも しらない わたしが
あなたと 言葉を 紡いでいたよ
今日 わたしたちは ふたりで
ちがうところに いけたね
あなたのしらない あなたが 未知の言葉を かかえてきたよ
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針の穴
頭の中に
針でつついたみたいに
小さな 穴があいてんだ
マカロニのまんなかみたいに
空洞でさ
すごいちっちゃい 「記憶」ってやつが
あるはずなのにさ
なくなってんだよ そこだけ
大事なことでも なんでもない
買いたかった 本の名前とか 明日会う人のこと とか
なくなってんのは そんなことばかり
穴の中を ふわって 風が ふいてんだ
気持ちいいでしょ なくすことって
そんな感じで 風がふいてんだ
でもね ほんとに 忘れたい記憶って
そのときの 空気とか 汗のにおいまで はっきりと 残っててさ
ここも 穴ぼこに なっちまえよ って
思っているのに
だめよ そこを取ったら 書きたいことなんて 何もなくなっちゃうよ って
風は けらけら 笑ってさ
ああ
じゃあ いまは いいよ
でも 死ぬときは
みんな忘れてしまってさ
いいことも みんな忘れてさ
風よ
あんたが ここちよく 吹いてくれててさ
秋の風が 頭のなかに いっぱい 穴ぼこ あけながら
その ここちよさに とけてゆくのも
悪かないかな
なんて
思ってしまうんだ
こがゆき