ロードランナー日記・
わたしの魚
ある朝目覚めると、右脚に、赤い痣があった。
右脚の内側のつけ根のあたりで、手の平くらいの大きさをしている。ケロイド状に
膨れていて、魚のウロコみたいにガサガサだ。
手で触ってみると、熱を持っているようにほのかに温かい。
痛みはないが、歩くたびにこすれるものだから、何だか歩きづらい。鏡で覗くと、
まるで、知らない生き物が、わたしの脚にぺたりとしがみついているようだった。
何かにかぶれてしまったのか、それとも悪い病気なのか。
わたしは、男をとっかえひっかえ遊んでいたから、バチが当たってしまったのかも
しれないと思った。
その頃のわたしは、ひとり暮らしをはじめたばかりで、部屋にいても落ち着かない
ものだから、熱にうかされたみたいにセックスをしていた。
しょっちゅう誰かと約束しては、イタリア料理を食し、高いワインのボトルを開け
てもらう。
その代償のように男の唇が近づく気配を感じると、身体中の血が小躍りして騒ぎ出
す。
ところ構わずマーキングする犬猫みたいに、わたしは男の吐息から漏れる匂いをか
ぎ分けた。
わたしは、一刻も早くただひとりの人を見つけて、その人と一緒に暮らしたかった。
ただそれだけなのに。それはこんな罰を与えられるくらいに、悪いことだったのだ
ろうか。
痣は数日たっても消えなかった。
わたしは家に戻るとすぐに鏡を持ち出して、何千回も脚を開いてその痣を覗きこん
だ。
男の人がわたしの脚を開いてゆくとき、その人はこの痣に失望するに違いない。
そう思うととても遊ぶ気分にはなれなくて、生理中で気分が悪いの、と言っては誘
いを断った。
一週間もすれば治るかもしれない。そういう気がしていたから、どんな男にも生理
中だと言った。
だけども痣はけっして小さくはならなかった。それどころか、だんだん成長してい
ってるようにさえ見える。はっきりした形になってゆく痣は、なんだか魚のような形
をしていた。
わたしは仕事の帰りに大きな書店に立ち寄って、家庭向きの医学書をいくつか調べ
てみた。
癌の疑いもあり、という言葉が飛び込んできて、目の前が真っ暗になった。
早く病院に行かなければ。そう思うのだが、はっきりと宣告されるのが怖くって、
ずるずると日にちばかりが過ぎてゆく。
かと言ってじっとしていることも出来ない。我慢できなくなったわたしは、たまた
ま携帯に電話を入れた男に飛びつくように約束を取りつけた。
わたしは、男がわたしの脚を開いてゆくとき、けっして痣を見せないように身体を
くねらせた。
いくら親しき仲と言えども、この痣を目の前に晒すなんて、とてもできない。
だけど、どんなに隠したって、わたしたちが汗だくになって動いていると、痣は男
の脚にガサガサとまとわりつくのだった。
痣は、性器そのものよりもセックスに敏感で、男の腰が激しく打ちつけられるあい
だ中、快感よりも激しく、その存在を主張する。
ぽこぽこの火山みたいに固くなって、激しい摩擦でほんのりと熱を持つ。
ちらりと目をやると、痣は、薄闇の中に真っ赤な光を発していた。それはわたしの
身体の動きに抗っているようにも見えた。
癌かもしれない、そのことが頭から離れなかった。
散乱する意識の中で、わたしの傍らには死がじっと佇んでいるような気がした。
死と、セックスはどこか繋がっている。人間はいつか死んでゆくから、生殖したく
なるのかもしれない。
わたしは、ぼんやりとそんなことを考えながら、それを振り切るようにして男の根
元に激しく舌を這わせた。
男は何も言わなかった。
痣に気づいているはずなのにそのことも触れなかった。
大丈夫だよ、気に入らないのなら会わなければいいんだから、って。
男は、そう思っていたりかもしれない。
それでも、あきらめきれずに何人かの男と交わった。
だが、車の中で男が指を入れたり、ラブホテルのシャワーでお互いを刺激しあった
りすると、痣はそれだけで赤く光り出すのだった。
いや、光っているように見えたのはわたしだけかもしれない。
だが少なくとも、赤くケロイド状になって熱を持つのはたしかだった。
激しい摩擦の中でお互いの脚がこすれ合うと、痣はそれを拒否するかのように、赤
く腫れあがって光り出す。
そんな不快な感触に気づかぬはずはない。
交わった男たちはみな、潮が引くようにすーっとわたしから離れていった。
何も言わずに連絡をくれなくなったり、急に忙しくなったするのだけれど、原因は
痣だって、わかりすぎるほどわかっていた。
味がなくなったガムを吐き捨てるみたいに、捨て台詞を吐く男もいた。
顔も服のセンスも性格もすっごく好みなんだけど。おれさ、あの痣だけが、どうし
ても、ダメなんだよ、って。
一番聞きたくない言葉を聞く前に、どうして自分から去ってゆけなかったのだろう。
肌の感触なんて、ただそれだけのもののはずなのに。
意を決して病院に行った。
場所が場所だけに脚を開くのもためらわれたが、先生はそれも構わずに先生は眼鏡
ごしに痣をじっと覗きこんだ。
「ああ、これは癌じゃないですよ。癌はこんなふうにはならないんです。いちおう
検査はしてみますが、おそらく何かにかぶれただけでしょう」
ほっとした。
だがその時の痣は、明らかに猫をかぶっていた。セックスをする時は真っ赤になっ
て怒るくせに、先生の前では何事もなかったように薄茶色にひんやりとしているのだ。
「でも先生。いつもこんなんじゃないんです。ときどき腫れて真っ赤になるんです」
ほう、それはどんな時に。先生は、首をひねりながらカルテに何か書き込む。
セックスをするときに赤くなるんです。脚が擦れるときはいつも、怒ってるみたい
にガチガチに固くなって。それで暗闇の中で、ぼんやりと赤く光ってるみたいに見え
るんです、なんて言っても、けっして信じてはくれないだろう。
「シャワーを浴びてたりすると赤くなって」と言うと先生は、
「ああ。そういう刺激には弱いかもしれませんね」と素っ気なく答えた。
まあ、とりあえずは様子を見ようということになって、その日は看護婦さんが薬を
塗って、痣をガーゼで保護してくれた。
「ここだと歩くときに不便でしょうね」と優しく言いながら、薬を塗りほぐしてく
れる。
いや、それよりセックスのときの方が不便なんだけどな、などと考えていると、小
柄な年輩の看護婦さんは、
「でもね、いい形をしてるわ。ちょうどさかながくっついているみたいで、かわい
らしい感じよ」と言った。
きみ、それは不謹慎だよ、と先生が短く咎める。
だけどわたしは、この痣を嫌がる人間ばかりじないんだとわかって、ちょっとばか
りほっとした。
それで、もういいや、と思って、結局、病院には行かなくなってしまった。
わたしはもう、身体のラインのぴったりとわかるミニのワンピースを着ることでき
なくなった。
仕事の後に寄り道する場所もなく、早い時間に部屋に帰る。
最初は何をしたらいいのかと途方にくれることもあった。だが、自分の部屋とは何
もしないでもいい場所なんだとだんだんと思い出してきた。
部屋にいる時間は、静かで。わたしは翻訳ものの分厚い小説を読んだり、ずっと見
てみたかった昔の映画を見てみたり。そんなふうにして毎日を過ごした。
痣は、いつのまにかひとまわり大きくなっていた。
膝の上から性器の真際まで、ほっそりしたさかなのような形をしている。性器にか
みつこうとしているのが頭で、膝のあたりがしっぽ。これがただの痣なら、なかなか
スマートないい形の魚なのだが。皮膚全体が凹凸に赤く膨れ上がってるので、そこま
で見栄えはよくない。それでもわたしは、わたしのさかなをだんだん可愛らしいと思
えるようになっていた。
さかなは、化粧用の保水ローションをつけると喜んだ。がちがちに固い痣が、筋肉
の力を抜いてゆくように柔らかくなってゆく。さかなはそんな時は、泳ぐように鮮や
かに身体をくねらせた。
わたしのさかなは「ローマの休日」を見たり、ジョン・アービングやカート・ヴォ
ネガットの小説を読むのを好んだ。そんな時はぽっと熱を持つみたいに痣が温かくな
る。
わたしの魚は喜んでいる、と思った。
それは、家族とかペットに頼りにされているような感じで、なんだかふわりと嬉し
かった。
そんなわたしにも恋人が現われた。
わたしはもう、ぴったりと胸のラインのわかるワンピースも着ていなかったが、そ
れでも男は、わたしを好んでくれた。
大柄だが無口で口数が少ない分、言えなかったことがフワフワまわりを漂っている
ような、そんな感じの男だった。
男は自分の好きな本を貸したいと言っては、と何度も部屋に訪れる。それは聞いた
ことのない作家の本ばかりだったが、どれもわたしの身体のサイズに合わせたかのよ
うに、ぴったりくる本ばかりだった。
男はいつも玄関で、部屋に上がりたさそうな素振りを見せた。だが、それはけっし
て言葉にならない。散らかってるからここでごめんね、とわたしが言うと、男はあか
らさまにがっかりして、それでもそのまま何も言わずに帰ってゆくのだった。
抱かれたくないわけではなかった。わたしのさかなが嫌われるのがこわかったのだ。
だけど男は今までとは違うタイプで、もしかしたらそれくらいのことは許してくれる
かもしれない。いや、そういうことはない、誰が見ても嫌なものは嫌なのだと。シー
ソーのようにわたしの気持ちは行き戻りしたが、わたしは気持ちがいつのまにか男の
方にかなり傾いていたのに気づき、ある日、一大決心して男を部屋に上げた。
男は壊れ物を手の平にのせるように注意深くわたしを抱き寄せた。男の手の平や指
や額は、ひんやりした夜風の中でうっすらと汗ばんでいた。
わたしは、求めてゆく男の身体をいったん離して、 脚の痣を見せた。
男は少し驚いてしばらく考え込んだ。言葉にならない部分に悪意のないことを空気
の中に感じながらも答えを待っていると、男はこう言った。
「構わないよ、見かけに惚れたわけじゃないから」
と男は言った。
その日わたしは何年かぶりにセックスをした。
男がわたしに入ってゆくと、内側から身体がきゅんとなるような気持ちのよさが走
った。それはわたしの記憶してたセックスの何倍もわたしを溶けさせていった。
ゆっくりと男が腰を動かすたびに、わたしの内側は幾億もの組織を総動員して、そ
れを受け入れ、包み込み、踊り狂った。
「雪乃さんの、さかながしっぽ振って喜んでるよ」
男はそう言って、少しだけ身体をずらした。男がわたしの中に入ったり出たりする
たびに、わたしの魚が、それを何度も受け入れては飛び跳ね、歓喜するのが見えた。
それからわたしたちは結婚して、一緒に暮らした。
ヒデユキという名のその男とわたしの生活は概ね静かだった。
ヒデユキはあまり喋らなかったし、それでも言いたいことはいつも男のまわりに漂
っていたので、あまり会話する必要がなかったのだ。わたしたちは静かに食事をして、
静かにセックスをした。読みたい本があると別々の部屋にこもり、別々の本を読み耽
ったりもした。
だが世間というものは、誰もが何も言わなくても理解しあえるほどうまくはできて
いない。
ヒデユキは大柄なわりには繊細で、会社で嫌なことがあると傷ついて、まわりに雲
が垂れ込むような空気をまき散らしては黙り込んだ。わたしはそんなヒデユキを見る
のが嫌いではなかった。強さとか格好のいいところとかはいろんな男が見せてくれた
けれど、弱さを感じさせたのはヒデユキだけだったからだ。
ヒデユキは嫌なことがあった日は、なぜか必ず派手なアクションものの映画をレン
タルしてくる。わたしはそういうものは好きではなかったが、それでも一緒に見て退
屈するほどではなかった。
だがわたしのさかなはそれを嫌った。
爆音が炸裂するシーンになると、わたしの痣は固くなって、きゅーんと縮こまるの
だった。
ヒデユキは映画を見て気持ちが昂ると、わたしを求める。
映画の主人公のように獲物を追う者の目をして、わたしにしがみつき、そして激し
く腰を打ちつけてくる。
わたしの子宮はあいかわらず無条件に潤い、磁場を求めるように一番感覚の鋭い場
所に男を導いてゆき、辿りついた場所が快感で壊れそうになるまで何度も男を求める。
だが、そんな時も、わたしのさかなは固くなって、真っ赤に光りながらヒデユキを
拒否した。
あるいはヒデユキは、弱さの裏返しとして、何かを征服したかったのかもしれない。
だけどわたしのさかなは、何かに征服されるのなんて大嫌いだった。
結婚生活は一年と持たなかった。
「きみのさかなはおれを嫌っている」
そう言ってヒデユキは出ていった。
あるいはそれは、わたしが拒否しているってことなのだと、彼は思ったのかもしれ
ない。
そうして今年わたしは三十になった。バツイチで独り者の三十女だ。
仲の良い友人たちが結婚して子供に手がかかる年令になると、外出する機会もめっ
きりと減った。わたしは買い物に寄る以外はほとんど外に出ない。仕事が終わるとほ
とんどの時間を自分の部屋で過ごした。
部屋に帰るといつも、スーツを脱いでスリップ一枚になった。
スリップ一枚で、膝をたてて、時間を忘れてさかなを撫でまわす。
仕事で疲れた日には、さかながむずがるような気がした。それで、さかなを撫でな
がらテレビを見たり、話し相手がいるかのようにひとり言をいくつも言ってみたり、
そうするうちに、何もしたくなくなって、何時間もそのままでいたりするのだった。
ヒデユキのことも、よく思い出した。思い出すとまた、悲しかった。
だが悲しみは、時がたつにつれてだんだんと質を変化させてゆく。過去の悲しみは、
甘美なものを胸にしまいこんでいるような、優しい気持ちにもさせてくれることも知
った。
わたしの両親は幼い頃に離婚していた。わたしを養うために必死で働く母の姿は、
時には重荷となった。だからわたしは早くに家を出ていて、早く誰かと一緒になりた
かった。
だけど。そんなささやかな生活も。痣のせいで、すべて消え失せてしまったのだ。
お風呂あがりに、全身鏡に裸の自分を映してみた。
ここ数年体重はほとんど変わらないが、胸の張りが衰えた。きゅんと宙を見上げて
いた乳房は、今は少しだけうつむきかげんだ。その分下腹部や腰回りが丸くなった。
きれいな三角形に密集している陰毛だけは、昔と変わらない。その陰毛の真際には、
赤いさかなが口をあけて迫ってきていた。脚を少しだけ外向きにしてみと、さかなの
全体像が、入れ墨を施したように鮮やかに張り付いていた。
わたしは鏡の前に座りこんで、保水ローションをつけながら、わたしのさかなをゆ
っくり撫であげた。
さかなは、ああ、気持ちいい、とつぶやく。さかなはいつもそうだ。わたしの身体
を水槽がわ りにして、自分だけの世界を泳いでいる。
「あんたはヒデユキが嫌いだったの?」
いつものひとり言をわたしがつぶやくと、その日さかなは、目をつむって少し考え
るような仕種をした。
「そうだなあ、最初は嫌いじゃなかったけど。慣れてくると、あいつもただの男だ
ったんだよなあ。見込み違いだったね」
「ただの男はあんた、嫌いなの?」
「大嫌いだね。おまえの連れてくる男は。みんな中身がからっぽじゃないか。ただ
ただ、摩擦するだけで気持ちよくなれるなんて、どうかしてるよ。そりゃ、ヒデユキ
は、最初は嫌いじゃなかったさ。だけど、あいつは、うるさい音のする映画を見たり、
欲求不満の固まりみたいなセックスをするようになった。おれはただ、静かに泳いで
いたかっただけなんだ。他人の快楽のためのセックスの道具にされるなんて、まっぴ
らごめんだね」
「結局。あんたって、セックスが嫌いなのね。だから、ずーっとわたしの邪魔ばか
りしてきたんだ」
「そんなことないよ、気持ちのいいことなら何だって好きさ。おれが好きなのは、
何も考えなくて純粋に気持ちいいセックスだけなんだよ。ああ、だけど、ガキのセッ
クスも嫌いだね。はじめっから空っぽなのはダメさ。大人が好きなんだ。きちんと考
えられる人間が、考える装置をはずしてから自分を裸にしていくみたいな。そんな瞬
間の人間のかたちが見えるようなセックスが好きなんだ」
そんなセックスしたこともない癖に。痣は馬鹿げたわがままばかりを言う。
さかなはわたしの代わりに、好きなことばかり言って。結局それで何もかも邪魔し
ているだけなのだ。
わたしは、脚を広げて、自分の性器を指で触れてみた。
そこはひんやりとしていて、わずかだけど心地よく潤っていた。
中を静かにかきまわしてゆと、わたしの潤いは指にピタピタとまとわりついてきた。
するとそこはだんだん温かくなってきて、潤いの水が次から次に溢れてきた。
「何、やってんだよ。自分がどういうふうにしたいかも知らないくせに」
「うるさい。何だかわからないけど、こうしてみたい気分なのよ」
あるいはわたしは、さかなを虐めたかったのかもしれない。さかなが快楽に押しつ
ぶされる瞬間を、この目で見たかったのかもしれない。
入り口についてるクリトリスを中指で静かに転がしてみた。小刻みに静かに転がし
てゆくと、奥の方がキュッキュッと小刻みに震えて、ただの気持ちよさが、波のよう
に膨れあがって、足の指の先端まで震えるみたいなすごい感触が走った。ああ、と、
われ知らずに小さな声が漏れる。するとさかなは、水の中を泳ぐように鮮やかに尻尾
をふった。
目の前の鏡に映して、大きく脚を広げてみた。
さかなは今にもわたしの性器の真際に口を開けている。さかながわたしを舐めてゆ
く。ぴちゃぴちゃっていう音に、もっと、もっと、ってわたしが反応した。
さかなが入りきれない奥の方まで、自分の指を中までぎゅっと押し込んだ。はげし
くそれを突き動かした。
我慢できなかった。一番奥にある、わたしの快感に発火させたくて、指を二本に増
やした。両側の壁を押し崩して、脚をぎゅっと広げて、腰を浮かせて、それでも届き
きれなくて。
ふらふらになりながら、近くにあった携帯用のへアースプレーの缶を見つけだして。
それをぎゅっと自分の中に押し込んで、スプレー缶の底がようやくわたしの一番奥
に辿りついて。鏡の前で大きく脚を広げて、なんていやらしい格好なんだろうって思
うと、その痴態を喜ぶみたいにさかなは激しくクリトリスを舐めまわして。
わたしは狂ったように脚を広げて、鏡の中で、何度も何度もスプレー缶をわたしの
子宮に叩きつけた。
内側の壁が崩壊するみたいにして激しい爆音が聞こえた。わたしの中が裂けて、今
までに味わったことのない、めくるめく感覚が訪れて。
さかなが宙を飛んだ。
皮膚が引きつれて、飛び出すようにして、さかなは快感に飛び跳ねた。
さかなの大好きなローションを塗りながら、わたしはさかなを撫であげた。
さかなは放心したように目をつむっていた。
「なあ、おれって一体何なんだ。おれは、おまえやおまえの男を見て、いろんなこ
と感じてきた。なのにいつまでたってもただの痣のままだよ。おまえは、同じ身体を
持っているのに、おれの考えてることが全然通じない。だって、痣なんていらないっ
て、ずっと思ってたんだろう?」
「そうだね。ずっと、消えて欲しいって思ってた。でも、もう、いいんだ。わたし
にはもう、あんたが邪魔に思うような男もいないし。それに、少しばかりは言いたい
こともわかるようになってきた。わたしは、寂しかったり一緒にいたい男がいたりし
ただけで、でも、自分がもっともっと、ほんとに望みたいことを、知らなかったのか
もしんない。わたしが感じられないものを感じてくれたのは、あんただけだよ。だか
ら、痣があるわたしも、今は、嫌いじゃないよ」
「そうかい? おまえにそう言われると、ちょっと安心するかな」
わたしのさかなはそう言うと、ぽっと赤くなった。
わたしの身体と言葉と感情のあいだは。今も隙間だらけなのかもしれない。
だから。わたしのさかなはそこに、住み着いたんだろう。
ならば。
さかなと一緒に。
わたしは、どこかの男と、そんなふうに交わる日を夢みよう。
そんなことを思いながら、わたしはさかなを抱くようにまどろんでいった。
こがゆき